第45話 “獣”の証明

「どうか、なされたのです?」

「ああ言え、よく知っている知人に似ていたもので―――」


「あら、まあっ、うふふふ……そんな事を言われたのは初めてです。」


“純潔”そのものを現わす「白」―――それでいて神に仕える事に身も心も捧げた「聖職者」―――法衣。

“治す”為、“癒す”為、“蘇生よみがえらせる”為に使用する―――錫杖。

その心象イメージとしてのどれもが、その彼女を「聖職者」足らしめていました。


だが、しかし―――


「気を付けろ……こいつ、澄ました顔をしてやがるが、血の臭いがプンプンとしてやがるぜ。」

「ほう、犬だけあって一応は鼻は利くようだな。」


「てめッ…このヤロウ!犬は関係ねえだろうが!! それにオレは犬じゃなくて狼だ!」

「あらあら、まあまあ、随分とまた愉快な方達ですのね。」

「フン―――だがお前、今否定しなかったな? お前から血の臭いがしていると言う事を。」


そう、その女の聖職者からは、聖職者としてはあまりにも相応しくはない、似つかわしくはない血の匂いと言うものが漂っていました。

とは言え疑われた事を、否定すらしようともしない―――ならばこの女の聖職者は??


「ああ―――その事ですか……あなた方もご存知ではありませんか? この町近辺で、何者か同士の小競り合いがあった事を。

わたくしは、その最中さなかに出てしまったおびただしい犠牲となった者共の御霊みたまを鎮めるため、少しばかり尽力をしていた次第。

それによって血が付着してしまい、このままでは皆様方には申し訳ないものと思い、血を洗い流す為に水浴みをしたものでしたが―――どうしてか、血の臭いと言うものは落ちないものなのですねぇ……。」


女の聖職者から血の臭いが漂っていた理由は、判明しました。

けれどなぜか、どこか嘘を吐いているような―――? いやけれど、聖職者が嘘を吐いてもいいものなのか……


「お前ら、騙されんな! こいつは明らかに嘘を吐いてやがる……このオレの鼻は正確なんだ―――この女が漂わせている臭いは、さっき付着ついたもんじゃねえ!! 明らかにそれより長い時間……血が流れる場所で立っていられた者の臭いだ!!」


“狼”や“犬”の嗅覚は優れている―――しかもベルガーの嗅覚は人狼の中でも一際目立ったモノだと言えました。

そして女の聖職者の嘘を暴いたベルガーは、感情のままに飛びかかった―――


「クス。   クス。   クス。 あらあら、誤魔化しきれませんでしたか……わたくしの「お芝居」完璧だと思いましたのにねえ。」


一般的には、「魔法職」……特に「魔術師」や「僧侶」の類は防御力も低く、また攻撃力も低い。 その中でも「僧侶」の類は傷付いた者を片っ端から回復する為に、最初に片付けてしまわないと非常に厄介である事を、シェラザードは知っていました。

しかも彼の者達は、加えるかのように“後衛”―――“前衛”には出てこない……だから当然、その場は女の聖職者(?)しかいないから、すぐさま人狼の爪牙にかけられ……?


「あらあら、躾のなっていないワンコですね。」

「(な……に?!)このっ……!オレの事を犬と間違えるんじゃ―――」


「あら、では「お手」は出来ますか?「ちんちん」は?「お座り」も出来ますよねぇ。 ではもう一つ“芸”を教えてあげましょう―――それは、「伏せ」DEATH!」


人狼の、爪や牙は、女の聖職者には届かなかった―――届かなかったばかりか、首根っこを掴まれ、強制的に地面に“伏せ”させられた。

これで判った―――この女の聖職者から漂っていた血の臭いは、つい先程付着ついたモノなどではない事を。


「判りましたか?これが「伏せ」というものです。 そちらの……飼い主のエルフさんも、よく覚えておくといいですわ。」


今、この女の聖職者によって地に伏せさせられているベルガーも、シェラザードの親衛隊になるよう魔王からの推薦を受けられるだけの実力は保有していた。

ただ、そんな彼でさえも軽く手を捻るかのようにしてしまう。

もう、この女の聖職者の事を、「ただの」だとか「普通の」だとか思わない方がいい―――「聖職者なりをした何者か」それが正しい認識の仕方……

それによって一気に現場は色めき立ちました。 ただ、今は―――仲間を人質に取られているようなもの。 迂闊な行動は、仲間の死を意味する。


「フン、おい犬っころ、お前の尊い犠牲は無駄にはしない、安心して逝けや。」

「てっ―――てんめぇ~?このっ―――!」


「あらあらあら、なんと美しい仲間意識なのでしょう。 下手をこいたバカな仲間は見殺すのが最上の選択。 そこのあなた?あなたの判断に選択は、間違ってはいませんわ。

けれども、例えそうであったとしても仲間を「見棄てる」ことは、あの方はしませんでした。 わたくし達のヘマでわたくし達が窮地に陥ったとて、あの方はわたくし達の窮地に駆け付けてくれたものでした。

そう……あの方―――このわたくしがお慕い申し上げている『魔王』であり、このわたくしの愛しき旦那様……! 嗚呼……愛しの君よ、あなた様は今どこに?」


その者の口から紡ぎ出される言葉こそは、「不純」であり「不徳」そのもの。

しかし―――仲間と言うものがどうあるべきかは判っていた……そしてまた、紡ぎ出される、目の前にいる「魔王」以外の「魔王」の存在。

だからこそ―――……


「少しあなたに訪ねたい、あなたが言っている「魔王」とは、『蒼嵐の君』の事か。」

「『蒼嵐の』? (……)ああ、あの者の事ですか。 いいえ?違いますよ。 とは言え、あの者の請願でわたくしたちは今、動いている。 ゆえに、わたくしも「請願」以外の事は極力避けているのです。

してや―――お前に連なる者には手を出すな……とのお達しもあります。 けれどまあ、飛びかかってきた者には(脊髄)反射的に反応してしまうのも、無理もない話し。 そうは思いませんか?」


、判った―――この女の聖職者(?)には、手を出してはならない。 もし手を出そうとするなら、警護対象者であろうが、主人よりきつく言い聞かせられていようが、無条件脊髄反射で襲い掛かる獰猛な“獣”―――その類である事をカルブンクリスやシェラザード達は理解しました。


とは言え、この獰猛な“獣”―――女の聖職者なりをした者が、最近になって巣食ったと見られるこの教会にカルブンクリスたちが足を運んできたのは、この“獣”を相手にする為にではありませんでした。

そう―――ここには……


「ああ、あなたの言う処ももっともだ。 それでもう一つ、不躾なのは判ってはいるが、私のもう一つの質問に答えてはもらえないだろうか。」

「構いませんよ。」


「この町の近くで小競り合いがあったのは判っている。 だけどあの場所には私の所有物である一体の人形が無かっただろうか。」

「人形……ああ―――の事ですか。」


「ご存知なのか?!」

「ええまあ、珍しいものだったので、このわたくしがここまで持ち運んだのです。」


「そうだったか……!なら引き渡しを―――」

「それはなりません。」


「(えっ、)なぜ?あの人形の所有者は私なのだぞ?」

「所有者は誰なのか……それはさしたる問題ではないのです。」


魔王カルブンクリスが、かかる異変の折に魔界へと戻るまでの間まで行動を共にしていた存在。 その事を敢えてカルブンクリスは「人形」と言いました。

ただ……それはほんの一部でしかない、今回の魔王軍の中でも、その存在について知っているのは一握りのごくわずかでしかない。

それを、そうおいそれとまだ味方でもない者に対し知らせるのもどうかという話し―――けれどしかし、なのだとしても、その“獣”の女の聖職者は「返還」を“良し”とはしなかったのです。

それにしてもなぜ―――? それは……


「このわたくしがここへと持ち運ぶ―――以前からなのですが、この“玩具おもちゃ”実に気になる《興味を引く》音を奏でていましてね? その音は恐らく必要ではない者までも誘い《いざない》込むモノ……だとすればあ?」


その“獣”の女の聖職者の証言で、カルブンクリスは理解をしました。


「(“警告エマージェンシー”を発出していた? しかし、以前私達に反撃を試みた者達のレベルから換算しても、那咤だけでも十分事足りるものだと思っていたのだが……それに緊急停止をしたと言う事は、私達の計算以上の“化け物”が現れ―――た??)」


言い得て妙―――カルブンクリスのその予測は、ほぼ当たっていた。 那咤にプログラミングされたモノよりも遥かに危険性が及ぶものと感知し、緊急停止を余儀なくさせた。

ただその場で放置しておくのも―――と言う事で、“獣”は近くの町の教会まで持ち運んだ……その際でも、一種異様な光景―――「化け物が化け物のむくろを“ずるずる”と引き摺りながら運んでいる」。 そうした表現が妥当なら、この町の住人達の怯え様も想像がつく……だとて、「返還しない」という理由にはなり得ませんでした。


けれどそう―――“獣”は……“化け物”は、狙っていた。

ただ、狙いとしていなかったものも、呼び込んでしまおうとは。


「クス。   クス。 クス。 ようやく来ましたか、わたくしが信奉し敬愛申し上げている『魔王』様への供物が……」


「神」への、或いは「魔王」に祈り、願いが叶うようにするのには“供物”は必要不可欠。

しかしながら“獣”の女の聖職者が崇めるのは『魔王』でした。 そして彼の『魔王』に捧げられる憐れなる“供物”の内容は―――


「(ラプラス?ラプラス……だ、と?)」

「(しかもこいつらっ―――!)」

「(ああ…どうやら標的は私達ではない。)」


そう、“獣”の女の聖職者が崇める『魔王』への供物とは、この地に置き去りにされた那咤の破壊と回収を目的とした「工兵」を中心とする一隊でした。

だからと言って……『破界王ジャグワー・ノート』には、そんな事は関係ない―――……更に言えば、例の信号を補足し、“集結コード・アッセンブル”していた者達に関して言えば、象が蟻を踏みつぶすが如く……だった。


「ぐあっ??!な、なんなんだこの……圧迫感!?」

「一体どこのバカだ……私達もいるのに重力魔法を使っているヤツは!」

「いや……違うぞ? これは……ッッ、魔術などではない、魔術ならば移動はしないハズ!!」


『(ち)お前か―――わたくしが為する事を邪魔立てしてくれおってぇぇ……』

『う、ふ、ふ、ふ、ふ。 そんな言葉はないじゃない?大切な仲間が多勢の敵に襲われていようとした処を、私の慈悲で救い出して差し上げたのですよ? それをあなたの下劣な神は、こんな慈愛の手を差し伸べている私に対し唾棄すると言うかあぁぁ!』


『黙らっしゃい!この者共はわたくしが最も敬愛する『魔王』様へ捧ぐ供物なのです! それを邪魔立てするとは、お前も供物にしてやるぉうかああ!『静御前』!!』

『出来るものなら、やってみなさいな『破界王ジャグワー・ノート』。 そう……「出来る」のでしたらねええ!』

『静まらんか、『静御前』に『破界王ジャグワー・ノート』。 それにこの者達では供物にもなりませんぞ。』


『それもそう……ですわね、『覇王ウオー・ロード』。 お前の言うとおりだわ。 やはり供物は数よりも質、上等な供物の質を以てわたくし達の『魔王』……『人中の魔王』様への供物と致しましょう♡』

『ふん、また命拾いをした様ね。 まあ精々、限られた短き生を謳歌するがいいわ。』


「悪夢」―――ただ一言で説明せよと言うならは、そこには「悪夢」と言う表現技法がしっくりくるものでした。

しかし……この三者はいったい何なのだろうか? 人の“”でも役職の“”でもない呼び方『破界王ジャグワー・ノート』『静御前』『覇王ウオー・ロード』。

それに、とても仲間とは言い難かった……互いを敵視する者達もいれば、相手への尊敬のリスペクトすらも見せない者。

それでもシェラザード達が共通して得た認識―――この三者三様こそは“化け物”級の強さを持っている……


その“化け物”達が、挙ってこの地一ヶ所に集結してしまっていると言う、危険。



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