第10話 ノエルの「幸」と「不幸」

“前”『戦役』に於いては、魔王城への最終関門―――『最終防衛線ファイナル・ディフェンス・ライン』としての役割を見事に果たしたマナカクリム。

そのタウンの実質的な権力者である『ギルドマスター』……魔界の中でも『冒険者達の街』の一つとして知られ、地理的・地政学的にも重要な地点にあり、荒くれの冒険者達を統括するギルドの“長”ともなれば、小国の王程度の権力を有していると言っても過言ではありませんでした。


そして現在―――そのギルドマスターを務めるのは、その前身ぜんしんが『盗賊の首魁しゅかい』…であったとされている変わり種の『ノエル』と言う黒豹人くろひょうじんの女性でした。

職員からの信頼も厚く、誰からも慕われる人柄の彼女が―――その前歴ぜんれきが、他人の生命や財産を奪う事に躊躇ためらいを見せない非道の盗賊であったなどと、誰が信じるだろうか……それとまた一つ、この彼女があの『緋鮮の覇王』のPTの一員であり、350年前に魔王ルベリウスを討伐した事も……



ノエルは―――『忍』、それはいまもってしても……



「それでは今日はこれで上がります、あとはよろしくね―――。」



             『忍』―――とは……



「マスター、最近アガりが早くないスかあ?」

「ああーーー言われてみればな。」



              人の“影”―――



「けど、マスターにあんな過去があったなんてなあ~」

「ああ、あの伝説となっている『緋鮮の覇王ロード・オブ・ヴァーミリオン』のPTのメンバーだったなんてな。」



          “影”が……“表”へと出る事は―――ない



「それにしても……以前に盗賊家業をしていたことがボクにとっては……」

「何言ってんだお子ちゃまがよ!逆にそっちの方がシビれるじゃねえか。」


もし“表”へと出てしまえば、それは忍としては失格―――“前”『戦役』に参加する際、もう自分は戻らないものだろうと決心し、自分の経歴みのうちつまびらかにしたノエル……


けれど生き延びてしまった―――生き残ってしまった―――


『決死』『必死』の覚悟をしたにもかかわらず、生き延びて―――生き残ってしまうことで『生き恥』をさらしてしまった、一族の面汚し。

もし、ノエルの師である者が今の彼女を見て何と言うだろうか……



『必ずや死したる覚悟をもって戦場に赴くは、我ら一族のほまれ…また、信じて仕える主の為、忠義を尽くすのも、またほまれ…されど、『必死』を決意したにもかかわらず生きてその恥を晒すとは、我が一族の者にあるまじき行為! 恥を知れい!!』



ノエルは―――『緋鮮の覇王ロード・オブ・ヴァーミリオン』達と出会うまで、信じて仕える程の主君に遭遇であえていませんでした。

だから―――こそ、非道に手を染めることが出来ていた……

『盗賊稼業』とは、他者から一切合財の総てなにもかもを“奪う”事を生業なりわいとする者―――そこには情け、容赦も、してや憐憫れんびんすら持ち合わせていない―――他者の財産を、生命を奪う自分の目的を達する為なら、はだかる者を―――さえぎる者を―――邪魔する者を、そのことごとくを排除してきた……


それはまだ、年端としはも行かぬ子供が相手だったとはしても―――


おのが修めた業をよこしまに行使する―――しかしそれがおのが信念の為なら『それもまたし』とされてきた。


ノエルの信念―――それは……自分の幼い姉弟達の生命を繋ぐため……養う為


そして出会ってしまう―――心から信じ、また仕える『主君』に……


ノエルの『しあわせ』とは、『緋鮮の覇王ロード・オブ・ヴァーミリオンに出会い、そこで良くしてもらった事。

自分と同じような稼業―――『女傭兵』に、人形の様な『巫女』、自分の事をでまくる『エルフの王女』に、狙われていたのにいつしか自分の事を信頼しきってくれた『主君』……


その最初は自分の獲物だと見定めていた『黄金の剣』―――その剣に、一体何度この生命を救われただろうか……

ある時は『肉の盾』として人質とされた時、人質とした敵ごと両断―――された……?



            斬られて―――いない……?



「≪エセリアル・シフト≫―――我が剣の前で私の仲間を人質に取ると言う愚行が、いかに無駄か……思い知るがよい。」

「私の≪晄剣≫は、どんなモノでもブッた斬る―――そんな特性を持っちゃいるが……そんな器用な真似が出来るもんだとはなあ、世間は広いって事か。」

「大丈夫でしたか、ノエル―――……」

「まあ……私達の仲間を人質に取った時点で、こやつらの命運は尽きていると言えましょうが―――ね。」



            あの頃は……非常に良かった―――

あのPTなかでは、私は一人の“人”でいられた、これまでの流してきた他者の血が―――けがれが流されて行くようだった……



そこでノエルは、“じょう”と言うものを知りました。

ノエルの『不幸』とは、その“じょう”を知ったが為、“情”には成り切れなくなった……再び『盗賊の首魁しゅかい』としてのノエルに戻ることは出来なかった―――非“情”に成り切ることが出来なくなってしまっていたのです。


         * * * * * * * * * *

そして現在―――その“勘”を取り戻すためか……



           オイ―――ソノ荷物 オイテケ……



「ヒィッ―――!? だっ……誰だ?!」



         コレガ  サイゴダ……ソノ荷物  オイテケ



その日は―――しくも『新月』でした。

月明かりもなく、星明りの届かない、深い森の中―――

そんな闇のとばりなかで、不気味に響き渡る“声”……


         忍法『木霊』……それは、忍の術―――


何処からともなく聞こえてくる―――それが一方向からだけならいざ知らず、四方八方から聞こえてくる、その事に畏れをなし『闇商人』は荷を置いて行く事としました。


               ……が―――


「これで全部か。」

「ヒ……ヒイィッ! そ―――その通り…………で」(チラ)

「こちらを向くな。」

「お、お前―――いや、……!」


途端―――中絶する『闇商人ダーク・マーチャント』の意識、忍法『潜影せんえい』を使い、闇から闇―――影から影へと渡り『闇商人ダーク・マーチャント』の背後へと回る一人の忍、その商人が扱う商品は“普通”ではありませんでした。 時には『武器』であったり、時には『ご禁制』とされているモノであったり…


そして時には―――……



「こんな大逸れたモノをマナカクリムに運び込もうとは……」



一人の忍が口にした『こんな大逸れたモノ』とは、『薬』―――でしたが、普通の『回復薬』などではなく、むしろ中毒性のある“幻覚”や“混乱”を伴い、しかも常習性をも伴わせる『魔薬まやく』と呼ばれる類のモノ……そんなモノがここ最近マナカクリムで横行おうこうしつつあることを、“ある者”に小耳に挟まれてしまったのが彼らの運の尽きだったか。

そしてまた―――その『闇商人』が“チラリ”と見てしまった時、いつもギルドマスターの部屋で応接した、視た事のある姿…


『黒豹』の“耳”と“尾”―――瑠璃色の眸―――サラリと流れる黒髪…


言われるでもなく、一人の他者の生命を奪った忍者こそ、ノエルだったのです。




つづく



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