第11話 生きてこそ

「待って!リリア―――」


その日の始まりは、この絶叫に近いホホヅキからの懇願こんがんでした。


「お願い……私謝るから―――あなたの事を無視するような態度に出た事、謝るからぁ!」


折角戻ってきてくれたと言うのに、―――

『清廉の騎士』としての装束を纏い、またしてもスオウから出て行こうとするも、大切な人を前に泣き崩れ、すがり付いたとしても出て行く足を止める事など出来はしない……そんな事は、判っていたとはしていても―――

けれど、そんな状況をさすがに看過出来ないでいたか…


「――――――…。」

「(……)ニル、か―――すまない、私の後を追わさないよう抑えていてくれねえか。」

「(!)ゴメンなさい―――ゴメンなさい……私謝るから、だから出て行かないで!

私の事を嫌いになっちゃったの?だったら私直すから……だから……ね?お願い―――お願いよおぉぉ……」


{全く―――似ちまってるよな……}

{ああ―――全くだ、恐ろしい程によく似ている、まあ“おや”“子”ともなれば当然か……}


自分“達”の前で醜態しゅううたいを晒し上げるホホヅキ―――そしてそんな彼女の“子供”こそクシナダ……

大切な人が自分の前から去った時―――また、去ろうとした時……全く同じ状況モノを目にしてしまっていた。



  あれはシェラザードの時―――     そして今度はリリアの時―――



けれどリリアは、振り返ることなく前へと進む。

そしてまた置いてけ堀を喰らわされたあとで…


「(……)ニルヴァーナひとつだけお答えを……」

「―――なんだ。」

「私は……悪い女なのでしょうか。 本当は、嬉しかったのです。 無事に帰って来てくれた―――私の下へと帰って来てくれた……まずはそこの処を喜ぶべきだったのに……急に私の事を置き去りにした事が憎らしく思えて……つい、あんな態度を取ってしまった……自分の非を認め、私に許しを求めるあの人の態度に……そんな態度がまたいとおしくて……これを断ればまた来てくれるもの―――と、つい、慾を出してしまいました。 嗚呼―――だからまた、置き去りにされてしまったのですね、私がこんなにも、性悪なものだから……―――」


ホホヅキの“非”は、自分を非を素直に認め何度も謝罪の機会をうてきた者に対し酷い仕打ちをしてしまった事。

だから自分はそっぽを向かれ、嫌われてしまったものだと思い込んでしまった―――


けれども―――……


「いや……そなたに“非”は、全くない―――」

「では、なぜ―――!?」

「その事が判らぬそなたではあるまいに……」


ホホヅキがニルヴァーナに求めたかった答えこそ、『ああその通りだ』だったに違いはない、けれども出された答えは、期待していたモノとは全く別物でした。

『肯定』―――あんなにも酷い仕打ちをしてしまった自分が、『正しい』と言われてしまった……そこで答えてくれた者に対し疑問を投げかけた時、『本当は気付いているはずなのに』と、言われてしまった……



      ああ―――その通りだ……   本当は……あの人は―――



         * * * * * * * * * *


一方、すがり付いてきた者を突き放し、スオウから出奔してきた者は。


「―――征きましょうか。」

「……―――ああ。」

「その様子では、また置き去りにしてきたのですね。」

「……―――ああ。」

「良かったのですか、それで。」

「私はな…ノエル―――あの子の事を死なせたくはない…」


そう発せられた言葉を耳にし、背筋に冷たいモノをはしらせる一人の忍。



まずい………… これは、本格的にまずい―――…… !!



にも描かれてあるように、リリアの口癖はお世辞にも『綺麗』『上品』とは言い難いものでした。

『口汚く』ののしり―――あざける、傭兵稼業としての口癖ソレ


だがしかし、ノエルはこの時感じてしまいました。 『―――


そう……『元に』―――『傭兵団頭領』……ではなく


詰まる話し、今、ノエルの鼓膜に残る違和感こそ、その正体でした。

そう、どちらかと言えば『ローリエ』や『シェラザード』に近かった。

『ローリエ』と『シェラザード』の共通点―――両者どちらとも『王女』。


そう、その時発せられたリリアの口調こそ―――


『リリア』と言う人物の元々の身分、それはヒト族の一地方の領主に仕える、『武術指南役』。 そう、元々の彼女こそは身分ある家柄の出身だったのです。

つまりは貴族たちと同じレベルそう変わりはない……だから元々のその言葉遣いは―――


「私とあの子は、同じ時に産まれたの、私の家系は以前話してあげた事もある様に、古くから地方領主だった主家の武術指南をして生計を立てていたの。 けれどあの子は、そんな私の家が抱える『神官』の家系出身でね、同じ年頃の女の子と女の子、同性同士仲良くなるのにはそう時間はかからなかったよ。 けれどね、私の家は私の家で培ってきた武を頼りとしてきた…私自身の師である父からしごかれ、生傷の絶えなかった私を甲斐甲斐かいがいしく手当をしてくれた……そんな、私よりも女の子らしい女の子、それがホホヅキだった―――本当のことを言っちゃうとね、惚れたのは私の方からなんだ……それがホホヅキの方にも火を着けたみたいで―――そこからだったよ、同じ性なのに深く求められてしまったのは。

その責任は火を着けてしまった私の方にもある、酷い奴だよね……私って、こんな私を―――まだ愛してくれる一人の女の子を……」


ノエルが―――が、たった一つ心配した事、それがリリアが『元に戻ること』。

『傭兵団頭領』だったあの頃に―――、『傭兵団頭領』となる以前の彼女に。

その言葉遣いは清廉潔白そのもので、どんな場にも出しても可笑しくはないモノだったのに、その言葉遣いはどこか優しげに……聞こえたもの―――だった、のに…………


「そこに隠れているの―――出てこい!   ≪古廐薙こくてい 巌崩いわおのくずし天崩無衒てんほうむげん≫」


リリアが修めた武術―――こそは、型にはまった『道場剣法モノ』ではない、他者を、他人を、殺める事だけに特化したる『殺人剣』…


ノエルが唯一心配していた事は、『元に戻ってしまう』事。


人をあやめる事に何の躊躇ためらいもなく振り下ろされる刃―――


リリアの『殺意の間合』に入れば、誰彼だれかれ構うことなく、その剣の露―――刀の錆とされてしまう……それは、『味方』であっても同じ事。


ノエルがリリアの独白以前に飛び退いたのは、自分の生命を護る為。


刹那―――秒にも満たない時間ときのはざまに展開された『殺意の結界』内にいた者は、そのことごとくが屍山血河しざんけつがを築く材料にされました。


「はあ~~~全く、『戻っている』なら戻っていると、一言言っておいてくださいよ、危うく死ぬところでした……。」

「悪かったわね、けどもう長い付き合いなんだし、言わなくたって判ってるでしょ?」

「(……)本当に悪人ですよ、あなたって―――この私だからこそ察知できていましたが、私以外だったらどうするつもりだったんですか。」

「ん~~~それはノエルだから……なんじゃないかな。 それにならなければ、心配かけちゃうじゃない―――私が好きなひとに。」


{*この時、『もうお前ら結婚しろ』と思いながらも、口にしなかったノエルは―――賢明。}




つづく



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