第2話 あなたが自分の名前を忘れてしまったと言うなら、思い出すまで叫んであげる……あなたが、あなた自身であるその名前を

羽をもがれ傷ついた小禽王女によく似た奴隷を、大金をはたいて購入した者達は足早にエヴァグリム王国場所から遠のくと、その奴隷にせられていたかせを取り外すのでした。


「ひとまずはこれでよろしいでしょう……それでは私は、この方にかけられている『従隷じゅうれいの紋』を解除する為に必要なアイテムを取り揃えて参りますので、後の事はあなたに一任しますね。」


悪友よきとも”の身柄確保できた……しかし、いまもって反応はとぼしいまま。

今もその目は宙を見ているかのようであり、表情も“ない”まま―――

ほんの少し前までは、ほのかに恋心を寄せる幼馴染の取り合いで火花を散らし合っていたのに……けれども、それで通じ合った“絆”。

『一人の異性を取り合う』それは……『お互いがその異性の事を好き合っている』―――に於いて共通している感覚であり、共有できる感情だった。


それが今では―――


「ご主人―――様……?」

「私はあなたの『ご主人様』なんかではないわ―――私の事を、もう忘れたの?」

「申し訳……ございません―――こ、このふ、不出来な奴隷めを、ど、どうかお許しになられて下さい……。」

「違うわ―――あなたは誰の奴隷でもない!しっかりしなさい!!」



あんなにまで自己主張の激しかったあなたが……

それに……なんだろう―――この喪失感……

張り合いがない……だって、いつもあなたと私とは―――……



目の前の奴隷に対しても、何の命令も発さない―――無闇矢鱈と当り散らさない……その事に目の前の奴隷は、逆に自分を買ってくれた『ご主人様の一人』に心配をしてくれたものでした。


けれど―――



違う……本当のあなたはこんなのじゃない―――けれど恐らく、強い影響を及ぼしている原因が『従隷じゅうれいの紋』と言うモノなのだとしたら、ササラがきっと解決をしてくれるに違いがない……



しかし、―――けれどササラがクシナダに後事こうじたくしたのは、ある意味で間違いではなかったのです。

それを証拠に、その日ササラが彼女達のもとに戻ってくることはありませんでした。


とは言っても―――……


「あの―――……」

「いいのよ、先に寝なさい。」

「でも……奴隷である私が、ご主人様であるあなた様よりも……」

「いいから、寝なさい―――!」

「(ビクッ!)は……はい―――申し訳ありません……では、お先にお休みをさせて頂きます……。」



              何を、やっているんだろう……



自分の意のままにならないからと、少しばかり強めに言葉を発してしまったことで、ビクつき怯えた表情となるエルフの奴隷。



そんなつもりなんてなかったのに―――……

それに、どうにも調子が狂ってしまう、明日ササラが戻ってきたらこの状況の打開を図る為にどうすればいいかを相談しよう。



しかし―――原因を解決する為にと、出掛けて行った【黒キ魔女】は戻ってこなかった……それが2・3日ではなく、一週間経っても。

その事に対してまたも悪い予感がよぎってしまう、そうした思案顔を覗き込まれ、またしても気遣われてしまう。


そこでクシナダは―――


「シェラ!しっかりして?!! 私が知っているあなたは、そんなのじゃない!!」

「(……)『シェラ』? それが私の名前……? ありがとうございます、そんな素敵な名前を私めにお与えになって下されて……。」

「何を言っているの! あなたは元からその名前なのよ? 『シェラザード』!!」

「シェラ……ザード―――」

「ええそうよ!あなたは『あなた』でしかない―――エヴァグリム王国王女シェラザード……そして、私達のクランの仲間のシェラザード……そして―――私の……ッ!憎くて愛おしくて仕方のない恋敵シェラザード!!」


『名前』とは、個人がこの世に生を受けた瞬間から、世界との契約をする為の最初の“縛り”であり“ちぎり”とも言えました。

その『名前』を奪われた―――と言う事は、ある意味で個人が個人ではなくなる瞬間とも言えたものだったのです。

名前を失った者は、他者・他人に従い、隷属れいぞくせざるを得なくなる―――そう言った『強制』の意味合いも強く含まれていた為、ササラはある意味賭けたのです―――この二人の強き絆に。


        * * * * * * * * * *


そして―――……


「あ……あれ?ここは―――……?」

「シェラ??」

「クシナダ?どうしちゃったの、泣いたりなんかして……」

「ああっ―――良かった……戻ってきてくれて……」

「なっ―――なんだよ、鬱陶うっとうしいなあ、それに……なんだって?『戻ってきた』??」

「あなた……何も覚えていないの?」

「『覚えて』~って……うわ?!何だこのクソダッセエ~~服!!」

「仕方ないじゃない、だってあなた奴隷だったのよ?」

「ふあっ?!私が奴隷??! ナニソレ……笑えねえ冗談なんデスケド……。」


『名前』を取り戻せたからか“縛り”がけ、知っている“悪友よきとも”へと戻った彼女―――そして、戻った途端に『あのやり取り』…以前ならば“イラッ”とはしたものの、今となってはようやく『調子が戻ってきた』という感じがした。


『ああそうだ、やはりあなたとはこうでなくては―――』


すると、こうなる事を予期していたからか、シェラザードが自我を取り戻せた途端に……


「ウフフフッ―――どうやら私の賭けは当たったようですね。」(ムヒ☆)

「ササラ?えっ?どう言う事??」

「あの……ササラ―――折角シェラの為に『従隷じゅうれいの紋』を解除させるための素材集め……」

「私は、何もしていませんよ。」

「えっ―――」

「シェラさんにかけられていると言う『従隷じゅうれいの紋』と言うのは、私の想像上の産物でしかありません。」

「そ……そんな??」

「けれど、かくたる個人が奴隷としてとらわれる時、おおむね『名前』を抜かれます、ではそのかくたる個人を取り戻す為にはどうすればいいか―――それはクシナダさん、今あなたが示して見せたではありませんか。」

「私が―――……」

「何度も―――、何度も―――、諦めることなく『名前』をぶ。 それもお互いの絆を深く高め合った者同士の間で……所詮私如きがシェラさんの名前をんだ処で元に戻る確率は“ゼロ”に近かったでしょう。」

「そっか―――そう言う事だったんだ……。」

「どうしたの?」

「いや、道理でね―――私が寝ぼけてる間、私の名をやかましくび続ける声がしたんだ。  その声のお蔭で、私は自分を取り戻すことが出来た……ありがとう―――やっぱあんたは、私の最高サイッコーの友人だよ。」


ササラが、シェラザードにかけられていると言う呪縛じゅばくたぐいく為にと、一旦彼女達の前から去ったのにはこうした理由があったからなのです。

そう、ササラは賭けていたのです。 かつての自分達の仲間の中で、誰が一番シェラザードと絆を深めていたのかを。 そしてシェラザード自身も『ある者』の手によりその名前を奪われ……記憶も封じられた処で奴隷商人たちの手に渡り、その存在価値をおとしめられてしまった……けがされてしまっていたのです。

そうした、無意識の闇にとされてしまった時から幾許いくばくかが過ぎた頃、自分の名を……諦めることなくぶ声に、覚醒めざめることが出来た……


の、―――――――――


「けぇ~~どさぁ~やっぱ私の名を呼んでくれるのは、ヒヒイロの方が良かったわあ~~」

「(……)は?   は??   はあああ~~~???」

「そぉ~れがさぁ、蓋開けてみりゃあんたクシナダカヨ―――全く世の中、そんなに甘かないってかあ~~?」

「ねえササラ……今すぐこの奴隷、クーリング・オフ出来ないモノかしらねえ?」


ヤレヤレ―――お二人とも、素直ではありませんねッ☆(ムヒヒッ)


やはり、『戻ってきた調子』と言うのならば、こうした『調子』の方が相応ふさわしかろう―――と、丁々発止ちょうちょうはっしは繰り広げられました。


けれどした瞬間に―――


『けど、今回ばかりはあんたのしてくれたことに、感謝しなくちゃね……ありがとう―――私の真友……。』


それは、王女の顔に限りなく近づいた瞬間にささやかれた、お礼の言葉なのでした。




つづく



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