リオルク様からの贈りもの2
「まったく、仕方がありませんから休息日当日は、わたくしがお化粧をしてさしあげますわ」
「ありがとう、ソーリア」
「もっともっと女を磨かなければドレスに負けてしまいましてよ」
彼女の優しさに嬉しくなってしまう。
気高く常に自分が一番でないと気が済まないソーリアにしてみれば、リオルク様から贈られたドレスに注目が集まるのはちょっと面白くないことに違いない。
それを押してでもこうしてわたしのことを思ってくれる心に、ほわほわしてしまう。
「もしかして、これを着てお出かけなの?」
「え、ええ」
頷くと、キャァァァという黄色い悲鳴が上がった。
「どこに行くの?」
「リオルク様のお誕生日の贈りものを買いに行くんでしょう?」
とはデイジーだ。わたしはざっくりとした目的だけ同室の二人に話していた。
「何を買うの?」
年頃の女の子たちの、恋の話に対する熱意はどうしてこんなにも強いのだろう。すぐに結託をしてわたしを追い詰め始める。
こういうのは、自分が輪の中心でないとわくわくするのだけれど。自分が追及される側になると、とんでもなく胃がキリキリしてしまう。
「うっ……それは」
「それは?」
みんなの瞳が
この手の会話から一歩引いているはずのデイジーでさえ、興味ないとは言っていない、という顔付きでわたしたちの会話の行方を見守っている。
「あ、の……リオルク様が、一緒に写真を撮りたいって……。だから、その。お出かけは写真館に」
しどろもどろに白状すると、またまた黄色い悲鳴が上がった。
「ちょっと、うるさいですわよ」
大盛り上がりな女子一同を
いつの間にやら、ヒルデガルドさんが仁王立ちしていた。
「あら、あなたをご招待した覚えはございませんことよ」
彼女の天敵でもあるソーリアが即座に応対する。
「わたくしだって、別にフレアディーテのことなんて、ちっとも興味ございませんことよ。けれども、部屋の外までうるさい声が聞こえてきますのよ。あなたたち、淑女という言葉の意味をもう一度習いなおしたほうがよろしいのではなくって?」
うっすらと赤みがかった金色の髪の毛を優雅に払いのけたヒルデガルドさん。
同級生たちは一様に肩を小さくすくませた。
ヒルデガルドさんはわたしのほうをじっと見据えた。わたしは視線の鋭さを前に、思わずぎゅっと強くドレスを握った。
「フレア、だめですわよ。ドレスが皺になってしまいますわ」
「あ……」
わたしの仕草に気が付いたソーリアがそっと、わたしの手の上に彼女のそれを置いた。
「騒がしくしてしまったのは謝りますわ。今後は大人しくフレアたちとお話をしますから、あなたはもうお引き取りになって?」
「ふん。言われなくてもそうさせていただきますわよ」
ヒルデガルドさんがふいと横を向く。
「けれども、わたくしフレアディーテに一言言いたいことがありますの」
「え……」
「まあ、あなた、フレアをいじめる気ですの?」
ソーリアが声を跳ね上げた。
指名をされたわたしはおろおろしてしまい、ヒルデガルドさんから視線を外してしまう。
そんなわたしの態度がいけなかったのだろう。
「わたくし、あなたと昔ご一緒したことがありましたのよ」
「あなたとフレアが?」
ソーリアが息をのむ。そしてそれはわたしも同じだった。
「わたくしもうっすらとしか覚えていなかったですけれど。昔、フロイデン公爵家に及ばれしたことがありますの。同世代の子どもたちが仲良く遊んでいましたわ。わたくし、お母様からリオルク様とよくよく仲良くするようにって言い遣っていましたわ」
ヒルデガルドさんの台詞を聞きながら、わたしの脳裏にうっすらとある記憶が蘇る。
たしかに覚えている。小さな頃、大勢の子どもたちが大きな部屋に集められていた。お菓子やジュースがたくさんあって、それからおもちゃもたくさん用意されていた。
同世代の子どもをあんなにもたくさん見るのは初めてのことで、わたしはリオルク様にずっとしがみついていた。
「けれども、リオルク様はいつも一人の女の子に張り付いていましたわ。今思えば、あれはあなただったのでしょう?」
ヒルデガルドさんの言葉を受けて、わたしはゆっくりと頷いた。
たぶん、いや、間違いなくそれはわたしだと思う。まだ絶交宣言をする前のことだと思う。
「今のあなたも昔のあなたもまったく変わらないですわね。いつも誰かにかばって守ってもらって」
「――っ……」
その言葉はわたしの胸をまっすぐに突き刺した。
「リオルク様にずっと守ってもらって、それを当然だとびくびくして。腹立たしいったらないですわ。そりゃあ、わたくしたちも嫉妬混じりにあなたにたいしていじわるをしてましたけれど」
ヒルデガルドさんは最後はばつが悪そうに、ごにょごにょと付け足した。
わたしはなんとなく思い出した。
たくさんの子どもたちはいくつかのグループになって遊んでいた。わたしは同じ年頃の女の子たちと一緒に遊んでみたくなった。
リオルク様を交えて遊んだのを覚えている。
けれども。他にも……。
うっすらと覚えているのは、数人の女の子たちから、こっちに来ちゃだめ、などと一人取り残されているわたしの映像。
「昔のことは、その……覚えている限り、わたくしもいじわるを言い過ぎたと思いますわ。きっと嫉妬をしてしまいましたのね。あなただけがリオルク様の特別でしたから」
ヒルデガルドさんが早口にまくしたてた。
遠い昔のことを言われて、わたしは何て言っていいのか分からなくなった。
「ようするに、ヒルデガルドは昔フレアをいじめたってことなのですわね」
ソーリアが要約すると、ヒルデガルドさんが「そんなにも強くではないですわ」と反論をした。
「と、とにかく。わたくしが言いたいのは、フレアディーテは今も昔も、リオルク様に守られているばかりで、そんな女性はフロイデン公爵家に相応しくないってことですわ」
「あなた、ご自分の過去の所業を棚に上げて」
「ほら、今だって反論をするのはソーリアではなくって。わたくしは、フレアディーテに対して話をしているのですわ」
「うっ……」
びしりと指さされて、わたしは一歩後ずさる。
「このような弱気で泣き虫な女に負けただなんて、悔しいですわ。もっと、ちゃんと反論をすればいいのに、あなた、まだ何も言えないんですの?」
「ご、ごめんなさい」
「わたくしは謝罪が聞きたいのではありませんわ!」
ヒルデガルドさんはぴしゃりと言って、踵を返した。
部屋の外へ出る間際、彼女が振り返った。
「それでも……昔のことは、謝っておきますわ」
きまり悪そうに、口早に話したヒルデガルドさんは今度こそ、わたしたちに背を向けて部屋から出ていってしまった。
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