リオルク様からの贈りもの

 リオルク様との約束を控えた数日前。わたしが寮に下校をすると、事務室から出てきたティモーゼ夫人に呼び止められた。


 なんでもわたし宛に届け物とのこと。

 お父様だろうか。わたしは一緒に帰宅をしたソーリアやデイジーと顔を見合わせた。


 一度事務室に引っ込んだティモーゼ夫人は大きな白い箱を抱えて戻ってきた。真新しい箱はとても大きくて、夫人の顔が隠れるほどだ。


「まあ、大きな箱ですことね」

 ソーリアが感嘆の息をはいた。


「まったく。こんなにも大きな荷物を送ってよこしてきて。これの他にももうあと二箱あるのだから、あとで取りに来なさい」

「えっ! まだあるのですか?」


 ありがたいことに、箱の両端をソーリアとデイジーが持ってくれた。


 ティモーゼ夫人は驚くわたしに片眉を器用に持ち上げた。四十を過ぎたであろう年齢の彼女は女子寮の監督員を務めている。つねにきっちりと頭の後ろでまとめた赤茶の髪は好きがなく、笑うことも滅多にない。

 大切なお嬢さんを預かっているのだから、と規則にとても厳しいお方だ。


「ええ。そうです。いくら婚約者だとはいえ、このように浮ついたものを贈ってよこすだなんて、あなたからも一言意見を言っておくことね。卒業パーティーはまだ先だというのに」


「婚約者って」

「差出人はリオルク・デュマ・フロイデンですよ。まったく、まだ学生だというのにこのようにちゃらちゃらとしたものを贈ってよこすだなんて」


 ティモーゼ夫人が小言を漏らすのは、箱に書かれてある文字が、メルデンでも有名な仕立て屋のものだからだろう。


 たくさんの女性たちが社交シーズンにこの店でドレスを仕立てたがる。

 それくらい有名な店で、現にソーリアの目が箱に釘付けになっている。


「あなたたちの本分は勉学に励むこと、ですよ。それを分かっているのですか」

「はい。あの、すみません」


 居たたまれなくてわたしは頭を下げた。

 早くここから逃げ出したい。学園の下校時間なのだ。少なくない生徒たちが玄関広間からすぐの事務室前にいるわたしたちの言動に耳を傾けている。


 現に「リオルク様からの贈りものですって」「ドレスらしいわよ」「見せつけてくれちゃって」などというひそひそ話が聞こえてくる。


「まあまあ、ティモーゼ夫人。あんまりカッカなさると、眉間の皺が増えましてよ」

「なっ――」


 ソーリアのとりなしに、ティモーゼ夫人が気色ばんだ。


「さあ、わたくしたちが大きな箱を運んで差し上げますわ。フレアはもうあと二つの箱を引き取ってきなさいな」


 なぜだかソーリアが仕切り出した。けれども、この場から逃げる段取りを作ってくれるのはありがたい。


「待ちなさい。わたくしはあなたたちに学生としての」

「ティモーゼ夫人、箱はどちらですか?」


 このまま彼女のお説教に捕まりそうになっていたわたしにかわって、別の友人がずいっと前に出てくれた。

 すっかりペースを崩されたティモーゼ夫人から、わたしたちは無事に届いた箱たちを手に入れたのだった。


  * * *


 みんながこんなにも協力的だったのは、親切心よりも好奇心の方が大きかったようだ。

 わたしたちの部屋に集まった一年生たちの興味は今しがた受け取った化粧箱に注がれている。


「早く開けてごらんなさいな」


 ソーリアが待ちきれないとばかりにわたしを急かしてくる。


「う、うん……」


 わたしはゆっくりとした手つきで化粧箱にかけられているりぼんを解いていく。

 それにしても、リオルク様は一体どういうつもりだろう。どうしてこんなにもド派手なものを贈ってよこしたのか。それにティモーゼ夫人にも一言申したい。もうちょっとひっそりと手渡してほしかった。


「今週末は二人でお出かけなのでしょう?」

「その前にドレスの贈りものだなんて。まるで恋人同士のようね」


「あら、フレアとリオルク様は婚約者同士じゃない。本物の恋人だわ」

「そういう意味ではなくって、舞台や小説の中の、主人公たちのような、って意味よ」


 同級生たちがうっとりとした声を出すなか、わたしはおそるおそる箱のふたを開けた。


 確かにわたしたちは婚約者同士だけれど。

 多分に思惑の絡んだ関係だと思う。互いに静かな学生生活を過ごすための防波堤。


 なのにリオルク様はどうしてこうもマメにわたしに構うのだろう。


 姿を現したのはライラック色の日中用のドレスだった。春を先取りするかのような淡い色のドレスはレースがたっぷりとあしらわれている乙女チックな意匠。


「素敵」

「絹だわ。それにレースもとっても繊細で素敵」


「こんな素敵なドレス、わたしも婚約者から贈られたいわ」

「そのまえにまず婚約者を見つけることからでしょう?」

「それは言っちゃだめなんだから」


 わたしが呆然としている後ろで同級生たちが再び騒ぎ出す。


 確かに、ドレスはとてもきれいでうっとりしてしまうくらいの出来だった。首元まで詰まった襟には幾重にもレースが縁取りされている。胡桃ボタンもドレスと同じ布が使われていて、腰から下の切り替えにはたっぷりとドレープが取られている。


 靴と帽子もおそろいで、これを身に付ければ、なんの取り柄の無いわたしでもいっぱしの淑女になれるのでは、と思わせるような可憐さがある。


「フレアにぴったりね」

「リオルク様は本当にあなたのことがお好きなのね」


 再びうっとりした声を出す同級生たち。


「え、ええ……と」


 わたしは曖昧に口角を持ち上げて固まってしまう。

 きっと幼なじみの気安さもあるのだと思う。


「さすがはフロイデン公爵家。あの仕立て屋にまで伝手があるとは。とはいえ、わたくしだってお父様にお願いをしてすでにあの店で仕立てる予約をしているのですわ」


「お父様、というのが悲しいところよね。ソーリア」

「別に構いませんわ。わたくし、婚約者には憧れておりませんもの」


 つん、とすました顔を作るソーリアはどちらかというと新しいドレスが羨ましいようだ。


 ティモーゼ夫人が苦言を呈するのもなんとなく分かる。

 年頃に片足を踏み入れたわたしたちの年頃にとって、ドレスは甘いお菓子のように誘惑めいている。

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