リオルク様への質問

 それからというもの、わたしの目下の懸案事項はリオルク様の誕生日をどう祝うか、になった。


 先月のわたしの誕生日のために贈り物を用意してくださったのだから、わたしだって何か返したい。


 しかし、これというものが浮かび上がらない。

 つくづく、わたしはリオルク様のことを何も知らないのだということを痛感した。


 幼なじみだと言っても、友人未満とあまり変わらないことにショックを受けている。


「ディティ、元気がないね。なにかあった?」

「ひゃっ」


 ぼんやりしていたら、リオルク様の麗しい顔が間近に迫っていて、わたしはびっくりして小さな悲鳴をあげた。


 今日は放課後、二人きりで勉強会。

 場所は図書館棟の自習室。リオルク様はわたしのために、お手製の単語テストを作ってきてくれて、わたしはせっせとそれを解いていたのだが、途中で手が止まっていた。


「い、いえ。なにも」


 わたしは慌てて切り替え、紙の上の空欄を埋めることに注力する。

 忙しいリオルク様が付き合ってくれているのだ。ちゃんと集中しないと。後半真面目に取り組んだおかげか、単語テストの出来は上々だった。


「うん。よくできている」


 リオルク様は蕩けるような笑みを浮かべて、わたしの頭をぽんぽんと優しく撫でた。

 なんとなく、子ども扱いをされているようにも思うけれど、こそばゆくてされるがまま。


「ほかに、なにか分からない課題とかある?」

「あ、そういえば」


 わたしは別の授業で少し難しかったところを質問しようと、教科書を取り出した。

 リオルク様は丁寧に答えてくれる。優秀で何を聞いてもきちんと分かりやすいように教えてくれるのだ。


「リオルク様は教師にも向いていますね」

「本当? きみ専属の家庭教師なら立候補したい」

「それはもったいない気が」

「俺が丁寧なのはディティにだけだ」

「またそんな」


 いつの間にか学園内でもディティと呼ばれるようになっている。恥ずかしいのに、彼だけが呼ぶディティという呼称に、胸の奥がむず痒くなるのも本当のところで。


「それで、何に悩んでいるんだ?」

「何もないですよ」

「ディティ」


 片付けをしようとするのに、静止させられる。


 二人きりの自習室は逃げ場がない。わたしの目をしっかりと覗き込む、彼の視線に捕らえられれば白状してしまうのも時間の問題だった。


 リオルク様の整った顔がすぐ近くにあるのだ。抗うことなんて、出来るはずもない。


「その……。リオルク様はもうすぐお誕生日ですよね」

「覚えていてくれたのか?」

「……はい」


 ごめんなさい。本当はおば様の手紙が来るまで失念していました。

 わたしは心の中で懺悔をした。


「……それで、その。わたし、男性に贈りものをしたことがなくって……」

「俺以外の男に贈りものをしたと言われたら、その男を抹殺しに行かなければならなくなるな」


「あ、でもお父様と叔父様にはありますけど」

「……それはまあ、致し方のないことだから我慢する」

「ありがとうござます?」


 あれ。どうしていまわたしはお礼を言っているのだろう。


「リオルク様が欲しいものを考え始めたら、ぐるぐると頭が回り始めてしまって。わたし、センスも無いのでさっぱり思い浮かばなくて」


 そうして本人を目の前に自分のダメダメっぷりを暴露することになるのだから、居たたまれない。もう一層のこと、リクエストをしてもらった方がありがたいのかもしれない。


「あの、リオルク様は何が欲しいですか?」

「そうだなあ……。俺としては今すぐに結婚契約書に署名をしてほしいところだけれど」

「えっ」


 すぐ隣で色気駄々洩れの声を出されてしまい、わたしはとっても狼狽うろたえた。流し目までされて、顔に熱が集まるのを自覚する。


「そうだな。あれがいいかもしれない」

「欲しいものがあるのですか? 自分で言うのもなんですが、わたし、投資でそこそこ資産を築いているので、多少高額な品物でも大丈夫です」

「投資……。ディティが?」


 リオルク様が目を丸くした。


「はい。我が家の教育方針なのです」

「……それは初耳だな」

「女性がお金を扱うことは、世間ではあまりよく思われませんから」


 わたしはそっと目を伏せた。いくら技術革新が起ころうとも、世間ではまだまだ女は男の一歩後ろについて寄り添うものだという考え方が根強い。おば様のように事業を興す女性は少ないし、大学へ進学する女性だって少数なのが現状だ。


「でも、ディティはきちんと成果を出しているんだろう」

「え、ええ。まあ」

「ならばもっと胸を張っていいことだ」


 どうしてだろう。リオルク様が何の含みもなくそんなことを言ってくれるから、わたしは単純に嬉しくなった。商家の娘に生まれれば、わたしのように数字に詳しい女性も少なくは無いのだけれど、貴族の家ともなると事情は違ってくる。


 お金のことを考えるのは男性の役割だという考えることの方が多いと聞く。


「ありがとうございます。お父様も、女性が金銭的に自立をすることは良いことだとおっしゃっていまして。わたしもその通りだと思います」

「……そうだね。俺はきみに逃げられないよう、頑張る」


「ええと?」

「いや、こっちの話。それよりも、欲しいものなんだけど」

「はい」


「物ではないんだ。いや、物ではあるのか。俺が欲しいのは、ディティと一緒に映っている写真だ」

「写真……ですか。写真機が欲しいのですね」


 それくらいなら買えるだろう。そのまえにいくらか株券を売らないといけないから、まず代理人に電報を打たないと。

 ああ、待って。まずは手持ちの株券の現在の資産額を確認しないといけない。


「違う、写真機じゃなくて、一緒に写真を撮りに行くこと。これが俺がほしいもの」


「わたしとの?」

「そう。きみとの」

「え、ええと」


 それではまるで恋人のようだ。二人きりで映る写真を想像してしまい、再び顔に熱が集まり出す。


「婚約者なんだから、二人きりで写真を撮ることくらい、当然だろう?」

「それは……そうかもしれませんが」

「そうだ。当日のドレスは俺が用意して届けさせる」

「そんなこと、させられません!」


「どうして。俺の誕生日の贈りものなんだろう? なら俺のお願いを聞いてほしい」


「いえ、そうだとしても。ドレスまで準備していただくのは」

「さて,そうと決まればさっそく手配をしないとな」


 リオルク様が立ち上がった。

 なにやら彼のやる気に火をつけてしまったようだけれど、これはわたしからの贈りものなんですよね? どうして彼が段取りを決めてしまうのか。


 結局わたしはリオルク様を止めることはできなかった。


 彼へのお誕生日の贈りものは、一緒に写真を撮るためにわたしが可愛く着飾ること、というものへと改変されてしまったのだった。

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