誕生日の贈りものについて

 郵便ボックスを開けると手紙の他に小包が入っていた。

 寮には、生徒一人一人に鍵付きの郵便ボックスが割り与えられている。わたしに届く手紙の大半は投資関連のもの。


 我が家の教育方針は少し、いや、だいぶ変わっていて、子供たちは十歳になるとまとまったお金を与えられ、増やしてみろと言われる。


 父も叔父も同じように育てられてきて、それは他のバルツァーと名のつく親族も同じこと。


「あら、リオルク様から恋文?」

「違うわ。父の商会関係のお手紙と、これは……おば様からだわ」


 軽口を軽く受け流しながら、小包をひっくり返して差出人を確認した。


「いつもお菓子を送ってくれる?」

 一緒に下校をした友人たちも同じように手紙を手に持っている。


「うん。今回もきっとお菓子だと思うわ」

「あなたのおば様は、あの『幸福色』のオーナーなのでしょう。わたし、あそこのお菓子大好きよ」

「ありがとう。おば様も喜ぶわ。あとで一緒に食べましょう」


 わたしの言葉に友人たちがきゃーと盛り上がる。


 お父様の従姉妹であるおば様も子供の頃貰ったお金を運用して増やして、大人になると大好きなお菓子をたくさん食べたいという理由から、優秀なお菓子職人を雇い店を開いた。


 今は女実業家として市内に数店舗それぞれコンセプトの違う菓子店を経営している。


「そういえばわたしもお父様から頂いたビスケットがあるのよ」

「わたしは差し入れじゃないけれどね。自分でこの間買っておいたチョコレートがまだ残っているわ」


 階段を上がりながらわたしたちはお菓子談議に興じる。

 それぞれの部屋に一度戻り、わたしは他の荷物を置いて、室内着に着替えた。


 今日はソーリアが先に帰っていて、今の長椅子に座りファッションプレートをめくっていた。彼女を誘うと「ダイエット中なのですけれど、どうしても、というのなら出て差し上げてもよろしくってよ」と言って立ち上がった。


 一緒に廊下に出て、わたしたちは友人の部屋へと向かった。

 寮の部屋はどこも同じつくりだけれど、各部屋それぞれ居心地がよくなるように手を加えている。それは居間のクッションカバーだったり、暖炉の上の花瓶だったり、様々だ。


 招かれた友人たちの専用居間でわたしたちは夕食前のささやかなお茶会を開いた。

 おば様からいただいた小包を開けると、中からは愛らしい絵が描かれた缶が現れた。

 中にはクッキーやチョコレートがぎっしりと詰まっていて、わたしたちは歓声をあげてしまう。


「すごいわ」

「美味しそう!」

「幸福色の詰め合わせ缶は数量限定なのよ。予約しないと買えないのにさすがはフレアだわ」


「わたくしも、ここのお菓子は好きですわ。まあ、わたくしの家だってお得意様なのだから、限定商品だって簡単に手に入りますけれどね」


 紅茶を飲みながら、わたしたちはそれぞれお菓子に手を伸ばす。

 上等なバターの香りが口の中でふわりと広がり、わたしはうっとりしてしまう。


「あ、手紙が入っているわ」


 おば様からだろう。何だろう。

 わたしは手に持っていたクッキーの残りを口の中に放り込んで、手紙を読んでいく。


「……」

 読み進めるうちにわたしの顔から血の気が引いていく。


「どうしたの、フレア。黙り込んじゃって」

「あら、何か変なことでも書いてありましたの?」


 ソーリアが訝し気な声を出した。


 おば様からの手紙には『そういえば、あなたの婚約者のお誕生日、もうすぐじゃない。学生だから当日デートは出来ないだろうから、一番近い休息日にうちのサロンの特別室を開けておいてあげるわよ。かわいいフレアのために特別なケーキを用意してあげる』と書かれてあった。


「……誕生日、忘れていた」

 ぼそりと呟くと、その場にいる全員が互いに顔を見合わせた。


「ええと、どなたのをですの?」

「……リオルク様」


「えぇぇっ⁉」

 わたし以外の声が見事に合わさった。


「ま、まあ。それはいつですの?」

「ええと、確か三月十三日だって書いてある……」


 おば様の手紙にはご丁寧に、しっかりとリオルク様のお誕生日の日付が入っていた。


 わたしは気が動転してしまった。どうして、こんなにも大事な日を忘れてしまっていたのだろう。幼少時に喧嘩をして絶交してから、リオルク様とはほぼ交流が無かったのだ。

 失念していても仕方がない。


「もうすぐじゃない!」

「大変っ。婚約者だもの。贈り物を準備しないとだわ」

「そうよね。貰ったのだから、わたしも何か用意しないとよね」

「まあフレア。わたくし何も聞いていなくってよ」


 う……勢いに任せて要らぬことまで口走ってしまったようだ。わたしは取り繕うように笑顔を浮かべたが、私以外の三人は追及の手を緩めてはくれなかった。


 わたしはしっかりと、ブローチとりぼんを頂いた旨、白状する羽目になった。


「そういえば、あなた最近新しいリボンをおろしていましたわね」

 さすがはソーリアだ。しっかり気が付いていたらしい。


「あの青いリボン……青ですわね。リオルク様の瞳の色も、濃い青でしたわね」

「自分の瞳の色と同じだなんて、素敵ねぇ」

「羨ましいわ」

「え、そういう意味なの?」


 今更ながらにわたしはびっくりした。


「交換日記だって、しっかり青色の表紙なのに、何を今さら言っていますの?」

「そういえば……」


 今の今まで何にも気が付かなかった。


「ちなみにバンドには薄茶色のガラス玉が飾りとしてついていますわよね」

 ソーリアがにんまりと瞳を細くした。


「え……っと」

「あなた、そのことにも気が付いていませんでしたの? お互いの瞳の色で固めた交換日記で親密さをこれ以上なくアピールしていたというのに」

 ソーリアは容赦がない。


「わわ、わたしはそんなつもりじゃ」

「じゃあリオルク様の独占欲ってこと?」


 きゃぁぁ、と歓声が上がった。


「独占欲?」


 まさか、そんな。


 全員の瞳が爛々らんらんと輝いている。みんな、何か勘違いをしている。あれは多分、わたしに対する気遣いとかそういうもので。


 絶対にそれ以上のことなんて無いのに。


 ソーリアたちがそういう方向に話を持っていくから、単純なわたしは、もしかしたら少しはリオルク様に想われている? だなんて、考えてしまいそうになって、慌ててぷるぷるといきおいよく首を振った。


「今はそれよりも、リオルク様への贈りものを決めることの方が大事だわ」

「きみの瞳の色のものならなんでも」

「わたしを貰ってください、リオルク様!」


 わたしが話の軌道修正を試みると、この部屋住まいの二人が寸劇を演じた。ひしりと抱き合うパフォーマンス付に、わたしの体温がますます上がってしまう。


「そんな展開にはなりませんっ!」


 恥ずかしくって絶対に無理に決まっている。だいたい、わたしをもらってくださいなんて、どういうこと? それではまるで、本当の恋人同士だ。


「これが一番しっくりくるじゃない」

「ねぇ」


 揶揄からかわれているこちらの身にもなって欲しい。


「男性への贈りものねえ。お姉様は婚約者にどんなものを贈っていましたかしら」


 ソーリアが宙に目を向ける。


 他の二人の友人もそれぞれ「わたしの知り合いはどうだったかしら」「お母様はお父様にステッキを買っていたわね」と語り合う。


「ここは学生なのだから、無難に文房具がいいんじゃない?」

「それがいいわね」

「なにかロマンスが無いですわね」


 十六の少女たちの想像力はそれなりに限界値が低くて、四人そろって首をひねった。

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