文房具店デート
メルデン中心部は相も変わらず賑わっている。大通りには多くの人々が行き交っているし、交通の量も多い。
馬車から降り立ったわたしはリオルク様に手を引かれて文房具店へと足を踏み入れた。
歴史のあるこの店は王都内にいくつか支店がある。今訪れているのはその本店だ。
文房具類の他に書籍も扱っているため、吹き抜けの店内はさながら宝箱の中のよう。
大きなガラス窓から自然光が射しこみ、誇りがキラキラと舞っている。らせん階段を上るごとに、目に飛び込んでくる品物が変わるため、わたしはここに来るたびに胸を弾ませる。
「ディティ、好きなものを選んで」
いまわたしたちは帳面売り場にいる。
布や革張りの装丁の帳面は作りも丁寧だ。女の子が好みそうな明るい色の花模様やストライプ模様は目にも鮮やか。
反対に暗い色の皮張りの帳面は、きっと年配の男性が使うのだろう。わたしのような小娘には敷居が高くて、手に触れるなどもってのほか。
可愛い模様には心惹かれるのだが、今日の目的は日記帳。
「ええと……、本当にするのですか? 交換日記」
あれはお父様流の冗談ではないのか。
「当たり前だ。ディティと交換日記が出来るなんて、世界中でただ一人、俺だけの特権なのだから」
そんな特権誰も欲しがらないと思う。なんて突っ込みをわたしは心の中だけでした。
「リオルク様も日記を書くのですか?」
「もちろん。ディティは俺の何が知りたい? しばらく言葉を交わしていなかったし、今の俺たちに必要なのは互いの時間を埋めることだと思う。もちろん俺はディティのことなら、大抵のことは知っているけれど。時間割はもちろんのこと、好きな食べ物も苦手な教科も癖も仕草も何もかも」
にこやかに冗談を言うリオルク様である。
緊張しているわたしを和ませようとしてくれているのかもしれない。
「すごいですね」
「ああ、引かないでほしい。別にそこまで詳しいというわけではない。もちろん知らないことだってたくさんある。例えばディティが寮でどんなふうに過ごしているか、までは知らないんだ」
「普通はまあ、そうですよね」
「だから日記には寮での出来事を書いてくれると嬉しい」
寮での生活か。例えばどんなことだろう。わたしは日々の生活を思い浮かべてみる。朝起きて、三人で他愛もないことをしゃべりながら身支度をして。朝食のパンに蜂蜜入りのパンが出てきたらちょっと嬉しくって。でも、ゆで卵は好きじゃないからスクランブルエッグのほうがいいな、とか残念に思ったり。
そんなことを日記に書いてもつまらないと思う。
考え始めると、何を書いていいのか難しい。
「……日記に書くようなことが思い浮かばないのですが……」
「ディティの思うままに書いたものが読みたいから、深く考えなくて大丈夫だ」
「逆に、リオルク様は何を書く予定なのですか?」
参考にしたくて質問をふってみた。
「そうだなあ……。俺がどれだけディティのことを考えているか、とかだろうか」
日記なのだから冗談を書け、という例なのだろうか。
遠目から見ている分には分からなかったけれど、彼は真面目な顔をして冗談を言うのがお好きらしい。
「真面目に答えてください」
このくらいの抗議は許されるだろう。こっちはわりと真剣に悩んでいるのだ。
リオルク様のペースにはまってしまったわたしは、交換日記を書くという以外の選択も選んでいいということを失念している。
「俺は真面目に答えている。さあ、ディティの気に入ったものを選んで」
とはいえ、リオルク様だって持つことになるのだから明るい赤とか黄色の花や蝶々の模様は選ばない方が無難だろう。
男性が持っていてもおかしくないもの。皮の装丁は気後れしちゃうからごめんなさい。
わたしは比較的目立たない黄土色の装丁の帳面を選んだ。
「これはディティの好みじゃないだろう?」
「そんなこと」
「俺に遠慮をするのなら、俺が選ばせてもらう」
なぜだかそんな結論になってリオルク様が一冊の帳面を選び取る。深い青色のチェック柄だ。
確かにこれなら男性が持っていても目立たなさそう。
「これでいい?」
「はい」
わたしが頷くとリオルク様が嬉しそうに目を細めた。
「あとはバンドを買おうか。それとおそろいのペン軸もほしい」
リオルク様がわたしの背中に腕を回して誘導をした。
彼は絶対にわたしの心臓が破裂しそうなくらいドキドキ脈打っていることなんて知らないのだろう。
こんなにも素敵に成長をしたリオルク様がどうして今、わたしのとなりにいるのだろう。考え始めると分からなくなる。
わたしとなんて婚約をしてもなんのメリットも無いだろうに。
幼なじみって、楽なのかな。彼だって勉強に専念したいはず。けれどもきっと公爵家の嫡男であるリオルク様にもたくさんの縁談が湧いているのだろう。
一から誰かと関係を築いていくのは大学進学を控えたリオルク様には手間なのかもしれない。その点、わたしなら少し空白期間があったとしても、幼なじみと言えなくもないし、わたし自身持参金目当ての縁談に埋もれて溺死する寸前だった。
寮生活は平穏だけれど、生徒だって家庭の台所事情は様々だ。中には見栄のために学園に入学をした貴族の家の息子もいたりして、実際そういう男子生徒から話しかけられることもあった。
「これなんかいいね。どう思う?」
「はい! それでいいかと」
つい考えにふけっていたわたしはぶんぶんと頭を上下に振った。
帳面を閉じておくためのバンドには薄茶のガラスの飾りが付けられている。
「じゃあ次はペン軸だ」
またもリオルク様に促されて売り場を移動。
文房具はお互いに勉強の際に使うものでもあって、ペン軸の好みやら、どのメーカーのインクが好きかなど、それなりに会話が弾んだ。
わたしが好きだというインクの色をリオルク様が試すと言って買ってみたり、わたしは封蝋印コーナーに目移りしてみたり。
するとなぜだかリオルク様が「そうだ。ディティ宛にだけ使う封蝋印を特注しよう」と言い出して、わたしは慌ててしまった。
リオルク様はもしかしたら、両方にとってそれなりに利用価値のある婚約に感謝をしているのかもしれない。
互いに婚約者でいるうちは、のんびり平穏な学生生活が送れる。大人からしたらそんなことと思うのだろうが、わたしたち学生にとっては重要なのことなのだ。しがらみのない、子供でいることのできる貴重な時間。
とくにリオルク様のように、将来歴史のある公爵家を継ぐ身であればなおのこと。
帰りの馬車の中で、リオルク様はさっそく買ったばかりの帳面を開き、最初のページにさらさらと署名をした。彼に促されて、わたしも名前を書く。
二人の名前が横並びに並んでいて、ほんのこれしきのことに、妙に心が騒いだ。
「じゃあさっそく、今日から始めようか。まずはディティから」
「えぇっ」
そこは年長者であるリオルク様からにしてほしかった。どんなことを書いていいのかさっぱりわからないから、内容を参考にしたかったのに。
しかし、こういうときいつも自分の意見を引っ込めてしまう
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