二人きりでお出かけです
カラカラと車輪の回る音が聞こえてくる。
馬車の中に二人きり。なんだかとても気まずい。
だって、わたしの中でのリオルク様との思い出は、幼少時の喧嘩で止まっているから。
ずっと謝りたいと思っていた。だから、まずはきちんと謝罪をするところから始めないと、前には進めないとわたしは考えていた。
「あ、あの」
「どうした、ディティ」
勇気を振り絞って口を開くと、甘い声色の返事が返ってきた。
学園では人の目もあるし、わたしはとにかく目立ちたくなくてリオルク様から逃げ回っていた。それなのに、どうしてだか彼はわたしの行く先々に現れて、最近はすっかり彼を交えた四人で昼食をとることが普通になりつつある。
昼食時も登下校時も基本的はソーリアとデイジーがいてくれる。
二人きりという空気に早くも怖気づいて、わたしは次の句をどうするか
「あの。今更なのですが、昔、喧嘩をしたときに、もう口を利かない、なんて言ってしまってごめんなさい。ずっと、謝りたくって」
最初の言葉が出てくると、そのあとは最後まできちんと話すことが出来た。
けれど、自分で言うのもあれだけど、本当に今更過ぎて顔から火を噴きそうだ。
「確かにあのときはショックだったけれど、それはもういいんだ」
「で、でも。詳しい理由はもう思い出せないのですが、わたしの方から一方的にということはなんとなく覚えているんです」
「あれは俺にも原因があったんだ。まだ、俺も幼くていろんなことが甘かった。だから、こっちのほうこそ許してほしい」
「そんな。許すだなんて、わたしのほうこそ……ずっと、その」
さすがに嫌われている思っていたとは口にできなかった。
馬車の中に沈黙が訪れる。
すると、隣に座るリオルク様の手がわたしの手に添えられた。手袋をしているはずなのに、妙に彼の熱を感じ取ってしまう。
「今、ディティは俺の婚約者でいてくれる。それだけで十分だ」
「あ、あの。婚約者って……本当にわたしが?」
実はまだ何かの遊戯の一種ではないかと疑っていたりする。
「もちろん」
リオルク様はとてもよい笑顔と声で言い切った。
「で、でも」
「ディティは昔言っていただろう? 将来は俺と結婚をしたいって」
「えええっ! そそそれ、いつのお話ですか」
「最初にきみが俺の花嫁さんになりたいって言ったのは四歳のときだった。俺はもちろん、即オーケーした」
それはもしかしなくても、子供の頃によくある、その場限りの口約束というやつなのでは。
幼なじみあるあるだと思う。四歳の頃の話なんて、世間ではカウントしないはず。
「ええと、別にわたしはもう分別のある年なので、子供の頃の口約束を盾に結婚なんて迫ったりしませんよ?」
なんとかそれだけ言うと、リオルク様がわたしを真顔で見ろした。
紺碧の瞳の中に、得も知れぬ感情が覗いていて、どうしてだか目が離せなくなる。
それを知りたいと思うのに、知ってはいけないのだと心が
どうしてだろう。リオルク様が知らない男性のように感じた。
けれど、それもほんの一瞬のことだった。
リオルク様は、すぐにふわりと微笑んだ。
「きみが忘れていても、俺が全部覚えている。今はただ、俺の婚約者でいてほしい」
リオルク様がわたしの薄茶の髪をひと房掬った。
「それに、俺ならきみを不届き者から守る盾になれる。さすがにフロイデン公爵家との縁談をぶち壊してまでディティの持参金を当てにしようとする馬鹿はいないだろう」
「それは……」
蜂蜜のように甘い声を出されてしまい、腰の後ろがぞくぞくとしてしまう。ずっと会っていなかったうちにリオルク様はとんでもない色気を身に付けてしまっていた。
隣から駄々洩れのそれに、わたしの声がかすれてしまう。
「本当はすぐにでも結婚契約書に署名をしてほしいところなんだけど、さすがに両方の両親にも止められてしまってね。学生という身分は厄介だね。すぐにでもきみを攫ってしまいたいのに」
なにやら物騒な台詞が続けられているのだが、耳の近くにかかる吐息の破壊力にやられてしまい、まったく頭に届いていない。
「ディティ、ずっとずっと耐えてきたんだ。それも全部、きみとの約束があったからだ。だからきみを遠くから見守るだけでも息をすることが出来た」
じっと瞳を見つめられ、至近距離で超絶美形を拝む羽目になったわたしの心臓が臨界点を突破してしまった。
ふやけてぐるぐると視界が回る。
どうやらわたしは目を開けたまま、別の世界にトリップしてしまっていたようで、次に気が付いたときには王都の老舗文具店に連れて来られていた。
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