第6話

 雨が多い、梅雨という時期に差し掛かった。空はどんよりと昼間でも暗く、気持ちを闇に巻き込んでしまう。


 あれから、彼とは毎週末、必ず会っている。彼とただただ、過ごす日々は、私の心を柔らかく溶かしてくれた。


〝特別〟


 その言葉が私を救ってくれた。


 その言葉で、私の闇も病みも、どこかへ消えていってくれた。




 今日は日曜日。彼は今週、忙しいのだろうか、連絡は特になかった。


 私は雨がとにかく落ちる地面を、自分のアパートのベランダから眺めて、空と同じ気持ちに染まろうとしていた。

 毎週末会えていたとしても、こういう日もある。誰だって連絡できない日も、余裕のない時もある。

 だから、今週は自分の時間を過ごして、来週を待てばよい。


 でも、わかっていたとしても、どこか、私は会いたくて、きゅっと胸が詰まり、落ち着かない。


 恋はそんなに、自分でコントロールできるほど、楽で簡単ではない。


――――ピロリン


 しかし、そんな気持ちを救うように、彼はまた現れる。



 スマホの画面には。



〝今から会える?〟


 

 彼からのメッセージ。



〝会いたい〟



 そう、私は急いで返事を打つと、すぐに返事が来た。



〝今から行くから待ってて〟



 そして、三十分後、私の部屋のインターホンが鳴った。



――――ピンポーン



 ガチャリと開ければ、紫陽花が似合いそうな彼がいた。髪の毛から雫を垂らして、絵になるような彼だった。


「来ちゃった。今週連絡できなくてごめん」


 そういう彼は腕に掛けた袋を、ほいっと私に渡す。


「これ、ケーキ。食べて」

「あ、ありがとう!あ、部屋、そんなに綺麗でもないし、何もないけれど」

「よきです、むしろ急にごめん」



 今週も、彼は私の前に現れてくれた。びしょ濡れになって、急に現れた。



「あ、今温かいの出すから、待ってて。あとタオル使って、駐車場、コインパーキングはどこ止めたの?近くにあった?」

「近いから大丈夫」

「ほんと?めちゃくちゃ濡れてるけど」

「ほんと」


 ザアーザアーと降る雨の音を部屋に響き渡らせながら雨が強くなる。彼はびしょ濡れなのだが、どこに車を止めてやってきたのだろうか。外の雨が強すぎたのだろうか、彼の優しさだろうか。


「はい、はちみつレモン」

「ありがとう!それ好き、あ、タオルありがとう」


 彼は身体を拭いてから、私のベッドに腰かけて、作ったホットはちみつレモンを、手に取り飲んでいた。


 そして、飲み終わると、髪を湿らせたまま柔らかい笑顔で言った。


「会いたかったよ」


 私はそう言われて、思わずぎゅっと彼を抱きしめた。


 だって、私の方が会いたかったから。


「ごめん、システム関係の仕事でさ、トラブルで時間が取れなかったんだ」

「忙しいのに来てくれたの?ちゃんと寝てた?寝不足でしょ?」

「秘密」

「嘘だ、目のクマがすごいよ」


 彼はシステムエンジニアの仕事をしている。夜遅い月は、カップラーメンばかりだと言っていた。私は、そんな彼が心配だった。


 ご飯は食べているか、寝られているか、いつも気になっていた。


 そして、そんな頑張る特別な彼が、私を強くしてくれた。まだ、頑張ろうと、思えていた。


 ぎゅっとしたまま、しばらく私はそこにいた。彼の嘘は優しくて心配だ。でも、そんな嘘も温かい。

 小さな部屋で、彼の体温を感じていた。彼の胸の中で、ただただ、温もりに包まれる。


 こんな時間がいつまでも続いてくれればいいのに。私は、今、幸せだ。


 すると、私のあごに、たったひとつの手がやってきて、ぐいっと私を持ち上げ、彼は突然キスをした。


「んっ!?」


 びっくりして、私は真っ赤になって見ると、彼が私に囁いた。



「ダメ?」



「だっっ、ダメじゃない」

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