EP9-2 別れ

 校舎の屋上に着いた時、浬は楓を見つけた。

 屋上からの景色を眺めるようにして、じっと立ち尽くしていた。


「ごめん、待った?」


 浬は、まるでいつも通り待ち合わせをしていたかのようにふるまった。

 いつも通りに振舞えば、本当にいつも通りの日常が帰ってくるような気がして。


「ううん、待ってないで。でも、ありがとう」

 楓は浬の方を振り向き、空っぽな笑顔で答えた。


 待っていない。

 楓の言葉が、浬の胸に深く突き刺さった。


「ほんとに、ありがとう。これでもう、思い残すことはないや」

 楓は再び浬に背を向け、屋上の柵の向こう側に広がる景色を眺めた。

 あちこちが折れ曲がり歪な形になった雲が空に浮いていた。



 楓の言葉を聞いて、浬は内臓が締め上げられるような気がした。


「思い残すことがない」というのは、つまり、未練がないということ。

 この状況で楓がそう言いだすということは……。


 楓は自分を犠牲にしようとしている。そのことが浬は分かった。


 実際に何をするつもりで、それによって楓がどうなってしまうのかは分からないけれど、もう今までのように普通に話したり一緒に帰ったりすることはできなくなる。そんな予感がした。


 背を向けたまま、楓が言う。湿っぽい声。

「ほんとは、もっと早くに死のうと思ってた。でもな、怖くて死に切れんかったんや」

 泣きじゃくる楓。


 浬は思わず駆け出し、楓を後ろから強い力で抱きしめた。

「死ぬのは誰だって怖い」


 浬は、抱きしめた腕から、楓の体温が伝わってくるのを感じた。


「でも、みんな自分の力で、一生懸命生きるんだよ」

「ありがとう……浅見くん。」


「だって、結末が初めから決まってることなんて、無いと思うから」


 辺りに、低く振動するような音が鳴り響いた。


 浬は、空を見た。空からは、巨大な隕石が迫ってきていた。

 あれも実は、氷でできているのか、もしれない。

 空を覆いつくすような、巨大なエネルギーの塊が、うなりを上げで地上に向かってきていた。


「私、もう行かなきゃ」

「嫌だ!」


 振り払おうとする楓を、浬は離さなかった。

 隕石は、次第に大きくなり、空を覆いつくすような大きさになっていた。


 その時、浬は腕に抱いた楓が小さく震えているのに気づいた。

 泣いていた。


「嫌だ。一人になりたくないよう……、浅見くんと離れたくないよう……」

 楓は、後ろから回された浬の手をぎゅっと握った。

 手は、熱かった。


「一人にさせないよ。絶対」

 浬は、屋上の縁に立って、楓の手を強く握り返した。

 恐怖にすくむ脚を必死に抑えながら、


 浬は前に倒れた。


 楓と浬の体が、宙に放り出された。


 風が二人を吹き付けた。


 その瞬間、二人は、空気が振動するのを感じた。


 辺りは、一面、まばゆい光に包まれた。



 大きく地面が揺れる。

 まばゆい閃光が、あたりを包んだ。

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