EP8 決意

 文化祭の翌日。


 浬は休日のほとんどの時間を、ベッドの上で過ごしていた。


 ベットに寝転がりながらスマホを触っていると、「会える?」と短いメッセージが楓から届いた。


 浬は身を起こした。

 そして自転車にまたがり、楓に支持された場所に向かった。


 *


「ちょっと、抜け出したくなっちゃった。……なんて」

 待ち合わせた公園に着くと、楓は浬を見るなりそう言った。


 肌寒い夜だった。


「ごめん、おまたせ」

「ううん。じゃあ、ちょっと歩こ?」


 浬は適当な場所に自転車を停めて、楓の横に立った。

 二人は歩き出した。


 お互いに一言も言葉を発することなく、二人はしばらく歩いていた。


 *


「なんだか、随分変わっちゃったね」

 しばらく歩いて夜景が見える場所に着いたとき、楓は景色をぼんやりと眺めたまま言った。

 公園は他の土地よりもやや高いところにあり、そこからは街が一望できた。


 変わった、とは何のことを言っているんだろう、と浬は思った。

 この光景?

 それとも、自分たちの関係?

 考えても、答えは出てこない。


「ねえ、浅見くんは、私が居らんくなったら寂しい?」

 楓は、返答を待たずに次の質問を投げかけた。


「もちろん、寂しい。いやだ。考えたくもない」

 浬は言った。その言葉は一切の打算がない、素直な言葉だった。。


 楓は優しく笑った。

「ふふ、ありがと。……じゃあさ、私が居なくなるのと、私以外の全員がいなくなるの。どっちがいい?」


 浬は、まるで心臓を鷲掴みにされたようにその場で硬直した。

 答えられなかった。

 浬の中では楓のことはこの上なく大きな存在になっていたが、だからと言って、簡単に答えられるようなものではなかった。


 答えられないまま、沈黙が流れた。夜の公園に、虫の鳴き声だけが鳴り響いた。


「うん、分かった。ありがとう変な質問して、ごめんなあ」

「えっと……」

 浬は焦って何かを答えようとしたが、言葉にならなかった。

「無理しなくてええよ。良かった」

「良かったって?」


 良かった。この言葉がうまく消化できない。


「もし浅見くんが、世界の誰よりも君の方が大事、なんて適当なことを言ってたら、ビンタしちゃうとこやった」

 そうして、楓は無理やり顔を引き延ばすようにして笑顔を作った。

 浬が嫌いな表情だった。

 少しでも触れてしまえば脆く崩れ去ってしまいそうな、そんな儚い笑顔。


「ちょっとだけ、わがままになってもええかな」

 楓の言葉に、浬は頷いた。


「抱きしめて」

 楓はそう言って、手を広げた。


 浬は、慣れない手つきで楓を抱きしめた。

 楓の体温を感じた。

 肌寒い夜の空気で冷えた体に相原さんの体温が染み入った。


「浅見くん、ちょっと耳かして」

 浬は、楓に言われるがまま、顔を寄せた。


 そのとき、


 浬の唇に柔らかいものが触れた。

 楓の体温を感じた。


 浬は目を見開き、腹の内側がかっと熱くなるのを感じた。

 楓の香りが、感触が、温度が、浬の頭にこびりついて離れなかった。


「舞台の時の、仕返し」

 相原さんは頬を染めて、顔いっぱいに笑顔を咲かせた。

 本当にその場が少し明るくなったのではないか、そう思わせるほどの華やかな笑顔だった。


「ありがと、これで決心ついた」

 楓は、吹っ切れたように言った。

 すがすがしい表情だった。


 浬は、何も言えなかった。


 *


 そのとき、空に一筋の星が流れた。


 やがて一つの線は束になり、いくつもの星が流れては消えた。


 流星群だった。

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