Ep7-4 ステージが終わって…

 文化祭のすべての催しが終わり、片づけの時間となった。


 浬は、全身を充実感をみなぎらせていた。

 浬は自分が行うべき片づけを手早く終わらせ、校舎裏で人を待っていた。


 日は傾き始めていた。


 と、そこへ。


 楓がやってきた。


「おまたせ」


 と楓は言った。

 昼間の暴力的な日差しは弱まり、涼やかな風が吹いていた。


 着いてすぐに、楓は話しはじめた。


「浅見くん、私のこと好きって言ってくれたよな」

「うん」

「初めて言われたから、めっちゃ嬉しかった」

「うん」

「でも、ごめん」


 楓は息をのんだ。

「私、多分もうすぐ居なくなるから」


 浬は一瞬、時間が止まってしまったような感覚になった。


「私の命は、私のものだけど、私“だけ”のものじゃない」


 楓は、ため込んだものを一度に吐き出すように、口を開いた。


「最初の時、私言ったよね。私は黙示録<アポカリプス>だって。


 この体も、この気持ちも、全部この私、相原楓のもの。それは間違いない。


 でも、命は違う。私の中に、誰かがいるの。


 お母さんに聞たんだけど、私、生まれるとき、ほとんど死んでしまう寸前だったんだって。


 でもなぜか、急に息を吹き返して、元気になった。


 私には分かるの。私の中には私じゃない誰かが一人いて、その人のおかげで、私は今生きている。


 私はね、ほんとは居ちゃいけない存在なの。


 夢の中で、誰かが私に言うの。私の存在は、歪みだって。


 私、最近ずっと変だったでしょ? ごめんね。


 私もうすぐ居なくなるんだって、そう思ったら、ちょっと感傷的になっちゃった」



 楓は話をやめることなく、話し続けた。

 滔々と流れる水のように、言葉が湧き出ては流れていった。


 楓は気づいているのだろうか。

 切々と自分のことを語っている間、口調まで変わってしまっていることに。


「ステージの上で、浅見くんアドリブ入れたでしょ? 『好きだ』って」


 楓は泣いていた。


「演技してるうちにだんだん感情移入してきちゃって……、だから浅見くんにそう言われたとき、嬉しかったなぁ……」


 浬は何も言わず楓を抱き寄せた。




 その時だった。


 ドン、と大きな爆発音が響いた。


 その音を聞いた楓は、弾かれたように駆けだした。


 浬も、その後を追った。


 いくつか角を曲がる。やがて楓は旧校舎の前で立ち止まり、見上げた。


 校舎が、燃えていた。


 しばらく、楓はその場に立ち尽くしていた。

 炎が巨大な生き物のようにうねりながら校舎を飲み込んでいた。


 *

 ぱちぱちと乾いた音を立てながら、校舎が燃えている


 大口を開けた赤い獣のような炎にのまれた建物を見上げながら、浬と楓は立ち尽くしていた。

 そばに、氷の塊のようなものが転がっていた。

 氷の塊が、燃えていた。


「燃える、雹……」


 浬は小さくつぶやいたが、炎の音にかき消されてしまった。


「昨日まで……」


 楓は、息を詰まらせながら悲痛な表情で話を始めた。


「昨日まで、心のどこかで期待してた。もしかしたらぜーんぶ私の勘違いで、偶然で、ほんまは何も起こらんのちゃうかって。でも、違った」


「相原さん……」

 かける言葉が、見つからなかった。


「前に、夜中に私を見たって言ってたよなあ」


 浬が漫画喫茶で居眠りして、帰りが真夜中になった日のことだった。


「……私、あの時、死のうとしててん」


 楓が声を詰まらせながら言った。


「でも、できんかった。どこにも行きたくないなあって。みんなに、私のことを覚えててほしいなあって……


 嫌やぁ、ずっとここにおりたいよう……」



 楓は、浬の胸に顔をうずめた。楓の小さな肩は、小刻みに震えていた。

 小さな頭はあまりにも頼りなく見えた。


 この小さな体に、こんな大きなものを背負い込んでいたのか、と浬は思った


「こんなことなら、付き合わなければ良かった、好きにならなければ良かった……!」


 不意に、つっと刺すような愛しさがこみ上げた。

 楓を守ってあげたい、笑顔にしてあげたい、という気持ちが浬の中にふつふつと沸き上がった。

 しかし、浬にはその方法がなかった。


「付き合わなければ良かったなんて」


 薄暗い闇の中、浬はそっと楓を抱きしめた。

 これが浬にできる精いっぱいだった。


「そんな寂しいこと、言わないでよ」

「ううっ、浅見くん……、浅見くん……!」


 二人は、しばらくそのまま抱き合っていた。

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