EP7-3 文化祭本番、そして……
文化祭当日。
良く晴れていた。
秋らしからぬ熱気をもった日差しが、明るく地面を照り付けていた。
朝、三組は準備のために体育館に集合することになっていた。
「おお、体育館ってこんなに暗くなるもんなんだなぁ」
柴山は、呑気な声を上げた。
館内の遮光カーテンはすべてぴったりと閉じられていた。
それを見た苅間は、
「うんうん、これなら、劇中の照明がよく映えそうだねー」と満足げだった。
全員が集合した後、苅間によって集合時間や解散時間、それぞれがやるべきことなどの最終確認が行われた。
運命の本番まで、残るは四時間ほどとなった。
*
午後までは、柴山と他のクラスの出し物を巡った。
柴山は両手いっぱいにアイスクリームやホットドッグなど出店で買った食べ物を抱えてながら歩いた。
「集合時間までに食べきっとけよ。飲食禁止だぞあそこ」
と浬が言うと柴山は、
「ほう、ふふにはへる」と口に食べ物をほおばったまま答えた。
体育館に向かいながら、浬はパンフレットを見ながら、自分たちの一つ前の出し物を確認した。
「あ、最初は四組なんだ」
浬たちの一つ前、つまり一番最初の出し物は、四組だった。
演目名は、「マッスルミュージカル」
「……なんていうか、ごほ、四組らしいよなあ」
柴山がほおばっていた食べ物を強引に飲み込み、むせながら言った。
その後はパンフレットを見て、「いやいやこの時代にマッスルって……」と笑っていた
集合時間になった。
浬たちが体育館に着くと、もう観客席はかなり埋まっていた。
観客席の脇に座っていた苅間が、二人に向かって手招きした。
どうやらそこが各クラスの待機場所らしい。
「ちょっと遅いよ! ギリギリじゃん!」と苅間が言った。
「ごめん、シバケンがずっと焼きそば食ってて」
柴山は気まずそうに顔をしかめていた。
やがて、四組のステージが始まった。
蓋を開けてみると、内容は、実に単純明快だった。
身体能力を生かした、個人技。
それも順番に披露していくだけというとてもシンプルなものだった。
四組を代表する何人かがステージの両袖に立ち、左右から順番に特技を披露する、という内容だった。
お世辞にも凝った構成とは言えない内容であったにもかかわらず、会場は盛り上がった
逆立ちの姿勢のままハンドウォークで二本の平行棒の上を行き来しながら渡って見せたり、
ステージの端から端までをひたすらバク転で横断して見せたり、
突然寝転がったと思えば突然上半身を起点として足を振り回しながら回転したり。(ウィンドミル、というらしい)
「おい、おい、おい、おおおおおおおおお!」
ステージ下に座った四組の残りのメンバーによりコールが、体育館に響いた。
体育会系らしい、野太い声だったが、それに引っ張られたのか、観客たちも歓声を上げた。コールと歓声が入り混じり、それがまた、ステージの一体感に拍車をかけていた。
出番を待っている緊張と、ステージの上から伝わってくる熱気に浬は血が沸き立つのを感じた。
剛田が最後に、音楽に合わせて自在なリフティングを披露した後、ステージは終了した。
若い肉体がステージの中を躍動する、生命力の溢れるステージだった。
四組のメンバーが舞台に並び、お辞儀をした。
観客席からは吹き荒れるような拍手が巻き起こった。
中央にいた剛田はこれ以上ないくらいの笑顔だった。
やり切った、という充足感が体中を満たしているような顔だった。
「負けてらんねーな」
柴山が浬の胸をとん、と叩いた。
「次は二年三組で、エンリエッタです。どうぞ」
進行役の生徒の声が聞こえた。
浬たちはステージに向かった。
ステージが明るくライトアップされる。
舞台上から見ていると、ステージは大げさなほど光に照らされていた。
ステージと観客席が光によって遮断されているように見えた。
音楽が流れた。
友人役の二人が出てくる。
そして、浬の出番が来た。
『おお、良く来てくれた! だが、お前がどうしてここへ?』
その初めのセリフを言った瞬間、浬は演技しているという感覚を失った。
まるで自分ではない、他の誰かが用意した器に、自分という存在が溶け出していくような感じがした。
自分自身を、俯瞰してみているような感覚があった。
演劇は、滞りなく進行した。
浬は、役に没頭しながら奇妙な心地良さを感じていた。
役を演じている最中なのにもかかわらず、周りの景色が良く見えていた。
いろんな音が、遠くに聞こえていた。
自分の体が、まるで自分のものでないように、浬は感じていた。
身体が勝手に動き、周りの様子がよく見える。まるで時間を止めてじっくりと観察しているような、そんな感覚。
話がクライマックスに向かって徐々に盛り上がってきたとき。
その瞬間、体育館のすべての明かりが消えた。
*
舞台袖にいる苅間マリカは、パニックに陥っていた。
「停電してる!」
誰かが観客に聞こえないように抑えた声で嘆いているのが聞こえた。
それを聞いて苅間は、頭を抱えた。
「もう青山くんのことに続いて、なんでうちのクラスだけこんなトラブルばかり! 呪われてるの!?」
「呪われてるとしたら、あんたの日頃の行いだよ」
「チカ、ひどいー!」
近田は妙に落ち着いた様子で、苅間に語り掛けた。
「この中でも、浅見くんや楓たちは演技を続けている。今あんたがすべきなのは、この舞台をを精いっぱいやり遂げること」
近田の落ち着いた口調に、苅間は平静を取り戻した。
「……うん。うん、そうだよね。ありがとう、チカ。みんな頑張ってるんだから」
苅間は観客席を透かし見た。
カーテンは風に揺れ、ちらちらと太陽の光が観客席に漏れているのが見えた。
幸い、観客は演出と勘違いしたのか、混乱した様子はない。
演者たちも、なんとか練習通りの演技が出来ているようだった。
苅間が、舞台袖にいた柴山に話しかけた。
「ねえ、照明の代わりになるようなものないかな。最後のシーンさえライトを当てて見せることが出来れば、舞台としては成立すると思う」
柴山はしばし考えたが、やがて何かを思いついたように、ピンと指を立てた
「あるじゃん、ちょうどいいのが」
柴山は、そう言って観客席の天井あたりを指さした
その方向を見て、苅間ははっとした。
「たしかに、ちょうどいいかもしれない。 ……でも、うまくいくかな」
「やるしかねえだろ」
「だね。シバケン、位置は私が指示するから、そっちは頼んだ」
「おうよ」
柴山はそう言うと、舞台袖から降りていった。
*
浬は演技をしながら、妙に落ち着く感覚を覚えながら、あたりを見回していた。
遮光カーテンから陽の光が漏れている。
体育館全体を縦断するように差し込む陽光は、誰かれ構わず体育館の中へ降り注いでいた。
ライトアップされているときには断絶されていたように見えたステージと観客席も、いまやうっすらとした曖昧な境界しか持たなくなっていた。
カーテンは風でわずかに揺れ、線のようになった光が室内にちらついていた。
ある意味、観客と一体化しているような、そんな感覚さえあった
不思議な一体感があった。
もうすぐクライマックスだ。
もうすぐ、楓を抱きかかえ、スポットライトを一身に受けるシーンが来る。
この停電だ。光はないだろうが、そのまま続けよう。
見てくれている観客がいるのだから。
『お前はずっとそこにいたのだ!』
浬は自分のセリフを、どこか遠くに感じていた。
『ああ、エンリエッタよ!』
一つセリフを言うごとに、観客席の視線が自分に集まるのが分かった。
次が、本来ならばスポットライトが当たるシーンだ。
『ああ、俺はなんて馬鹿なことを! こんなにも、近くにいたというのに!』
浬は、楓を抱きかかえた。そして、
『好きだ』
台本にないセリフが口を衝いて出た。
その瞬間、二人に光が降りそそいだ。
「まぶし……」
楓が小さく声を漏らした。
スポットライトが当たったのだ。
浬は、なるべく顔を動かさないように、目線だけで光源を追った。
そこには、体育館の二回に立ち、遮光カーテンを開け放っている柴山がいた。
柴山は観客席の横で身をかがめながら指示を送る苅間に向かって、小さく指でVの字を作っていた。
楓を抱きかかえた姿勢のまま、音楽が流れた、徐々にカーテンが閉まっていく。
楓の顔がかなり近いところにあった。
呼吸の音が聞こえる
唇はやはり震えていた。
楓は、緊張で乾いているのか、しきりに唇を湿らせていた。
そして幕が完全に降りた瞬間。
浬は自分の唇を、楓の唇に重ねた。
幕の外からは、地鳴りのような拍手の音が反響して聞こえてきた。
*
「もう、最っ高! 感動した!」
舞台袖から降りると、苅間が涙を流して迎えた。
「みんなありがとう、いろいろ想定外のことが起きたけど、皆の協力もあって最高の舞台になった」
苅間は集まった三組のメンバーに向かって言った。
浬は、楓の方を向いた。
楓も、浬を見ていた。
楓は、浬に向かって腕をまっすぐ前に突き出した。
浬はつかの間、何をすればよいか迷ったが、やがて自分も拳を突き出した。
楓はぐっと力を入れ、互いの拳を突き合せた。
二人とも、笑っていた。
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