EP6-2 作戦会議 in ファミレス

 夏の気配が強まってきたころ。


 浬たちは学校の近くのファミレスに集まっていた。

 文化祭に備えて、同じ役割を持つ生徒たちで集まって打ち合わせすることになったのだ。


 浬の高校は、夏休み明けの九月中旬に文化祭がある。


 一応、学校側で設けられた準備の期間はあるものの、それで足りない場合は夏休みの間に下準備しておくのが通例となっていた。


 集まりにくくなる夏休みに入る前に、予定や方針などをすり合わせておこうというわけである。


 服飾を任命されているのは、浬、柴山、楓、苅間、近田の五人だった。


「あれ、苅間は?」

 集まったメンバーを見て、柴山が不思議そうに首をひねった。


 集まったのは四人。

 苅間マリカが欠けていた。


「マリカは、台本の打ち合わせしてから来るってさ」

 近田チカが、手に持ったスマホから目を離さずに言った。


 柴山は、眉一つ動かさずに、

「ああ、そういえば脚本も併任してたっけ。ま、先に入って待ってるか」と言った。

 声はいくらか落ち込んで聞こえたが、それを一切仕草に出さない柴山の様子を見て、浬は感心した。


(器用だな、シバケンのやつ……)


 そうして、四人は店内に入り、空いている窓際のボックス席に座った。

 座席は自然と、男女で分かれるような配置になった。


「こうして座ると、なんだか合コンみてーだよだなぁ」

 柴山が座席を見回して言った。


「したことないだろ」と、浬が軽く柴山の肩を叩いた。


「二人、漫才してるみたいやなあ」

 楓は二人の様子を見て、なぜか嬉しそうに拍手していた。



 席についてすぐ、柴山はメニューを取ろうとして、一瞬躊躇した。

「どうしよう、先食べちゃうか?」


 苅間マリカが来るのを待ってから注文するか、食べながら待つかを聞いているのだった。


「いいんじゃない? マリカだけ腹ペコで話し合いに参加させちゃおうよ」

 いかにも意地悪そうに、近田は言った。


 その様子をみて、楓は呆れたように言った。

「まーたチカはそんなこと言って。もうすぐ来るって言ってるし、ちょっと待っとこ」


 そういって楓は、手に持ったスマホの画面を近田に見せた。

 おそらく楓と近田宛に、苅間から同じメッセージが届いているのだろう。


 浬は、楓と近田のやり取りを見て関心したように言った。

「でも、三人ともほんと仲いいよね」


 浬の言葉に、楓が興奮気味に食いついた。

「そうやねん。チカとマリカがこれまた仲良くてなぁ!」

「誰が。マリカが突っかかってくるだけでしょ」

 近田が言った。色白な彼女の肌は、いくらか赤くなっていた。

 そしてそのまま、ぷいとそっぽを向いてしまった。


 浬と楓はお互い顔を見合わせた。

「な? 全然本人は認めへんけどなあ」

「素直じゃないね」

 二人は顔を見合わせたまま、笑った。


「はいはい、二人だけの空間禁止―」

 柴山が二人の視線を遮るように、手に持っていたメニュー表をぶんぶんと振った。


 近田は納得のいかない様子で言った。顔はまだ赤みが残っていた。

「私のことはどうだっていいでしょ、あんたたちだって、ずっと一緒にいるじゃない」

 そう言って近田は、浬と柴山を指さした。


「まあ、俺らは…」柴山は言った。

「腐れ縁みたいなもんかな?」と、浬。

「え、そうだったのか? 俺は親友だと思ってたけど」


 柴山が大げさに泣くような演技をして言った。

「ああ、親友だと思っていたのは俺だけ。俺はこんなに、浬のことを信頼して、好いているのに……」

「やめろよ、背筋がぞわぞわする」


「ほんと、仲良しなのね」

 浬と柴山の様子を見ていた近田が、あきれたようにため息をついた。


 その後は、少しの間気まずい沈黙が流れた。


 浬と柴山、楓と近田、浬と楓など、個別では親密に話すことはあっても、集まって話したことは、これまであまりなかった。浬はそのことに気が付いた

「そういえば、このメンバーで集まることって意外とあまりなかったよね」


「言われてみれば、そうかもな。バレーの時以来か?」

 柴山が言っているのは、体育の授業で四組とバレーボールで勝負したときのことだった。


「あー、あのときの楓、すごかったよね」と、近田。

「そうそう、体は小さいのに、ジャンプがすげーのなんの」

 柴山が茶化すようにして言った。


「あんまり褒めんといてや、照れるわあ」

 そう言いつつも、楓はまんざらでもない様子だった。


 浬は、その時のことを思い出した。

 勝てるはずないと思われていた相手を、力を合わせて打ち破ったのだ。


「またやりたいね」

 浬が言った。


「ほんと、あの相原のジャンプもっかい見たいぜ。まるで、背中に羽根が生えているみたいでよ」


 不意に聞こえた言葉に、浬は心臓が跳ね上がるのを感じた。


 ――まるで、背中に羽根が生えているみたい


 その言葉は、楓との間でタブーのようになっていた、あの水族館での出来事を浬に思い出させた。


 楓と目が合った。

 楓の表情からは、何を考えているのか読み取れなかった


 浬はつかの間、自分の考えに没頭した。


 あの時、遊園地で楓に何が起きたのだろう。

 なぜ、楓はあんなに愕然とした表情をしていたのだろう。

 楓は、何か知っているのだろうか。

 知っているのなら、なぜ教えてくれないのだろう。


 なぜ


 なぜ





「ごめーん、お待たせー!」


 浬の思考を引き裂くように、能天気な声が響いた。

 声の主は、苅間マリカだった。

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