EP6-1 配役
遊園地での事故に巻き込まれて以降、二人の関係は変わらず順調であったが、「黙示録」というものについて話すことは一切なくなった。
もともと頻繁に話題に上がっていたわけではなかったが、今の浬にはそれが触れてはいけない、口に出してはいけない禁忌のように感じられていた。
口に出してしまえば何かを壊してしまうような気がした。
浬は、もやがかかったようにぼんやりとした頭で、遊園地での楓の様子を思い返していた。
「はい、じゃあ演劇で! 決定しまーす」
苅間マリカの声で、浬の意識が引き上げられた。
苅間の声には多少の怒気が込められていた。
浬は周囲を見た。教室だった。
苅間が黒板の前に出て、なにやら話している。
浬はここでようやく文化祭の出し物をクラスで話し合っている最中に、自分が眠ってしまっていたことに気が付いた。
口々に「えー」とか「まじかよ」と言う声が飛び交った。
「みんなの投票で決まったことでしょ、文句言わない」
そういって苅間は、黒板に書かれた「演劇」の文字を赤いチョークで囲んだ。
なぜ苅間マリカが話を進めているのだろうと浬は思ったが、すぐに彼女が文化祭の実行委員という役割を(半ば強引に押し付けられて)引き受けていたのを思い出した。
バイトの先輩とうまくいってないからバイトに行かない口実が欲しい。たしか理由をつけて引き受けていた。
黒板には様々な催しものの名前が書かれていた。
演劇、コスプレ喫茶、占い、お化け屋敷……。
それぞれ名前の下に正の字が書かれていて、それを見る限り、どうやら僅差で演劇が競り勝ったようだった。
「じゃあ、演目は次のホームルームで決めるので、後はこの分担表のとおりにそれぞれ準備を進めていってください」
苅間がトントン、と黒板を叩いた。
それと同時に、授業の終了を知らせるチャイムが鳴った。
浬は、寝ぼけた頭で“分担表”と言われたものを探したが、結局見つけることができなかった。
*
「まじ、寝てたの? それはお前、才能だぜ」
柴山は高笑いしながら浬に言った。
「あんな騒がしい中よく寝てられたなあ! ……じゃあ、自分が何の係になったのかも知らねーのか?」
「うん、知らない」
「ほんとかよ……」
柴山は大げさに天を仰いだ。
そして、ため息交じりに言った。
「お前は、ふくしょく。俺と同じだぜ」
「ふくしょく?」
「そう、服飾。衣装を作るってこった」
「なんで俺が」
浬は裁縫が苦手だった。
家庭科の授業で裁縫を取り扱った時などは、二枚の布を縫い合わせるだけなのに十回以上は針で自分の指を刺し、「裁縫は自分の手を縫うもんじゃねーぞ」と柴山に散々バカにされたのだった。
「男子はみんな面倒くさがってやりたがらねーからな。余りモンの俺らがそこに入れられたってわけ」
「なんでもっと抵抗してくれなかったんだよ」
「したよ。だけどお前、いいか? って聞かれて返事してたんだぜ」
「なんて言ってた?」
「うーん、って」
「寝ぼけてるだけじゃんか」
「ははっわりー」
柴山は悪びれる様子もなく、軽い調子で謝った。
「まあ、いいじゃねーか。相原もいるし」
柴山の口から相原、という名前が聞こえ、どきっとした。
浬は、柴山のノートに書き起こされた、文化祭の役割表をまじまじと見た。
大道具、小道具、脚本など役割が書かれた項目の下に、名前が書かれている。
浬は服飾の項目を見た。
「えっと、浅見、柴山、近田、苅間……、相原」
その名前はあった。
心臓が脈打つのを感じた。
喜びよりも先に、うまくやれるだろうか、という不安が浬の胸を満たした。
「ま、お互いうまくやろうぜ」
そう言って柴山は浬の肩に手を回した。
「お互いってなんだよ」
浬は回された手を払いのけながら言った。
「あれ、言ってなかったっけ?」
柴山は、声を低めた。
「狙ってんだよ。……苅間のこと」
いかにも神妙な口調とは裏腹に、柴山は飄々としていた。今の状況を楽しんでいるように見えた。
この図太さが自分にもあれば、と浬は思った。
「だから、うまくやろうぜ。お互いな」
柴山が前方を指さしながら、浬の脇腹を肘で小突いた。
その指の先には、苅間と近田、そして楓がいた。
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