幕間 楓の夢。恐ろしい夢。
「破滅が始まる」
声が楓の頭の中で響いた。
夢の中で、今自分が夢の中だと自覚するのは、楓にとって珍しいことではなかったが、今回はこれまでと夢の内容が違っていた。
楓は、体が深い闇の底に沈んでいくのを感じていた。
深い、深い、海の底に落ちていくような感覚……。
体は錆びついた機械のように凝り固まっていて、動かしにくかった。
「
また、声が聞こえた。
木をこすり合わせたような掠れた声。
いつの間にか楓の体と意識は分離したようになっていた。
目の前に、ぐっと歯を食いしばっている自分の姿が見える。
真っ暗な空間に、すっと何かが浮かび上がった。
気付けば、相原楓は、森にいた。
「あれ、私、こんなところで何を……」
「早く、うちに帰らなきゃ……」
楓は、森の中にあった木の一つに手を触れた。
すると木はまるで霧のように揺らめき、手をすり抜けた。
不意に、目の前を何かが通った。
楓は顔を上げた。
森に、雨のような何かが降っている。
手を差し出して確かめる。
赤くて、冷たくて、そして熱いて。
赤褐色の、どろどろとした血の色をした雹。
雹は、燃えていた。
突然、目の前の木が燃え始めた。
炎は広がった。
ぱちぱちと音を立て、うねる炎の波はその森全体を包んだ。
「いやっ……」
楓は駆けだした。
真っ暗な地面を、走る、走る。
足元がふわふわする。
速く走り去りたいのに、うまく走れない。もどかしい。
ちゃぷ、ちゃぷ、と水音がして、立ち止まる。
水?
いつの間にこんなところに来たのだろう。目の前には、暗闇の中で、ぼんやりと海が浮かび上がっていた。
楓は海に何かが浮かび上がっているのを見た。
まとわりつくような波に押し流され、何かが流されている。
「魚……? 死んでいる……」
楓は走りだした。どこに向かって走っているのかは分からなかった。
そういえば、無性にのどが渇いた。
川が流れている。
恐る恐る楓は川に近づき、それをすくって、口へ運んだ。
が、それが喉を通る前に、楓は思わず吐き出してしまった。
「コホ、コホ……、苦い……」
水は、苦かった。
楓は立ち尽くした。
何だろう、夢なら醒めてほしい。
何もなく、いつもの日常に、戻ってほしい。
楓は、空を見上げた。
空には、星空があった。
銀砂を撒いたような、広大な星空。
夜空に、一筋の光が駆けた。
流星。
そのうちの一つが、閃いた。
強く光り、次第に大きくなる。
轟音をあげて、巨大な隕石が降ってきていた。
「あ、ああ……」
眼前に迫る隕石。
なすすべなく、立ち尽くす。
まばゆい光に包まれて、楓は目を閉じた。
*
楓は最悪の気分で目を覚ました。
体が、頭が、鉛のように重い。
汗をびっしょりかいている。
頬を、涙が伝った。
どうやら泣いていたみたいだった。
(いつもと違う夢だった)
楓は夢のことを思い返した。
これまでのただ警告するような夢とは違い、楓に直接襲い掛かるような夢だった。
こんなことは初めてだった。
楓は、頭を振って、夢のことを忘れようとした。
(きっと、もう一度寝れば忘れる……)
楓は重たい体をベッドに潜りこませ、もう一度眠ろうとした。
しかし、その日はなかなか眠れなかった。
楓の頭の中では、重く、どろどろとした腐敗した沼のような黒い感情がぐるぐると回っていた。
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