EP5-3 事故
遊園地に着いた二人は、その雰囲気に圧倒されていた。
「見てこれ! すごい! シャーくんや!」
楓が、入り口あたりを指さした。
そこには入場してくる客たちを迎える、この遊園地のキャラクターの一人、鮫の「シャーくん」が居た。
シャーくんは、様々な海洋生物がキャラクターとして登場するCG映画の主人公だ。
映画のあらすじはこうだった。
主人公のシャーくんは、ホホジロザメでありながら殺しを嫌っていて、殺すのではなく命を活かす道を探す、という旅に出た。
しかし、生まれながらにして本能に刻まれた肉食の欲求は、ことあるごとにシャーくんを苛む。
さらに、他の肉食鮫との関係が悪化したり、美味しそうに丸々太った鯵の「アンジ」がシャーくんを慕ってしきりに後をついてきて肉食の欲求に駆られたりと、様々な困難が彼を待ち受ける。
シャーくんは本能に打ち勝ち、己の道を見つけ出すことができるのだろうか。
という、なんとも、口で説明してみるとヘンテコなストーリーだった。
「ジン兵衛もおる! はぇー、近くで見ると迫力あってかわいいなあ!」
ジンベエザメのジン兵衛を見つけて、楓はさらにはしゃいだ。
「大きさとかは、モチーフになったの生き物に忠実だから、さすがにジンベエザメは大きいね……」
「ひえええ、こんなおっきいサメがおるんかいな! もう海に行かれへん」
「海水浴場みたいなとこにはいないし、基本的に穏やかだから、落ち着いて」
「はぁー、そうなんか。浅見くん、物知りやなあ」
楓に褒められて、浬の気分は少し浮ついた。
我ながら、単純だと思った。
「相原さんは、遊園地とかよく来るの?」
「最近はあんまり来てなかってけど、昔は家族で良く来てた。今行ったら、一番下の弟のリオが、泣くわ叫ぶわで大変やろうなあ……」
「へえ。大変そうだけど、いいね、そういうの」
二人はそんなことを話しながら、チケット売り場で入場券を買い、大きなジンベエザメが大口を開けて待ち構える入口へを向かった。
正直、悪趣味なのではないかと思ったが、楓のほうはと言うと、「おおー、すごい、食われてるで!」とご満悦の様子だった。
中に入ってからの時間はあっという間だった。
入り口前でパンフレットをもらい、どの乗り物に乗るか計画を立てる。
浬たちは乗りたいアトラクションをいくつかピックアップし、空き時間を見ながら、相手そうなところへ並ぶ。と言う動き方をすることにした。
比較的待ち時間の少なそうなアトラクションを優先的に狙ったが、それでも待ち時間は三十分ほどはあった。
しかし、浬は気にならなかった。
待っている間も二人の会話はほとんど尽きることなく、それどころか話す度に楓の服の好みや最近見る動画の好みなどを知れるため、浬は待ち時間のほうが楽しい、と思うことさえあった。
楓が好きな服はシンプルで合わせやすい服。とりわけワンピースを良く着るのだという。
最近よく見る動画は、犬や猫などの動物の動画。特にずんぐりとしたシルエットの動物がたまらなく好きなのだという。
また、お昼過ぎに行われたパレードでは、パフォーマーのお姉さんが助手を募集したとき、楓はちびっこに混ざり背伸びをして手を上げていた。
結局指名はされなかったが、楓は、それはちびっこに負けないほど本気で悔しがっていた。
そうしているうちに、時間は午後六時を回り、日は傾き始めていた。
アトラクションに乗れるのは、あと一つか二つと言ったところだろう。
園内の休憩スペースに座り、二人で何に乗るかを話し合っているとき、楓がふと浬の背後に視線を向けて、指さした。
「あれ、乗らへん?」
楓が指さしたのは、
ぼろっちい見た目が不安を掻き立て、そこらのジェットコースターよりもスリルがある、と評判の乗り物だった。
「そうだね、乗ろう」
並んでいる人も少なく、十分ほどで乗れそうだったのも魅力だった。
並んでみると、思ったよりもすぐに順番は回ってきた。
浬と楓は、最も怖いと評判の一番前の席だった。
隣同士に座りながら、二人は安全装置や車体をあちこち触っていた。
車体は木造で、何かの拍子に壊れて空中に投げ出されるのではないかと二人を不安にさせたし、体を固定する安全装置は、自動車のシートベルトよりも気持ちちょっと固いくらいに見えて、余計に不安になった。
「これ、ほんとにぼろっちいね」
「う、うん……、なんていうかこう、命の危険を感じるような怖さやんな……。」
「それでは、天空の旅をお楽しみください」
車体の作りの古さとは対照的に、スタッフの伸びやかで明るい声が響いた。
それが、余計に二人を不安にするのだった。
*
「またのお越しをお待ちしておりまーす!」
スタッフの声が響く。
ジェットコースターを降りた二人は、いくらかげっそりして見えた。
「ほんとに、怖かった……」
「何回か車体浮かへんかった!? 絶対浮いたと思うんやけど!」
浬が振り向くと、二人が乗っていたジェットコースターの入り口に表示されていた待ち時間の表示が「点検中」に変わるのが見えた。
「あれ、もしかしてほんとに故障してたんじゃ……」
「う、うそー……」
浬は自分の乗っていた車体が事故を起こしていたらと思うと背筋が凍ったが、気にしないように努めることにした。
二人はとぼとぼと歩き、そして互いに顔を見合った。
そして、お互いの顔の血の気のなさに笑った。
「あっはっは! 浅見くん、すごい顔してるで」
「相原さんこそ、あはは、真っ青だよ」
やがてひとしきり笑った後、浬は肩にどっと疲れが乗るのを感じた。
「……ちょっと早いけど、そろそろお土産を見て帰ろっか」
「そうやね、そうしよっか……」
どうやら楓も、同じ気持ちだったらしい。どこかぐったりしていた。
「その前に……、ち、ちょっとトイレ行ってきていいかな」
楓は顔を赤くして言った。
「う、うん、じゃあここで待ってる」
そうして、楓は先ほどのおんぼろジェットコースターのコース下を通ってそそくさとトイレに向かった。
浬は待っている間、パンフレットを見ながらグッズ売り場の場所を確認することにした。
(えーっと、こっちはSF系が多いけど、相原さんの好み的にはこっちかな?)
浬は動物や車などをモチーフにしたキャラクターが集まるコーナーに狙いを定め、現在地からの道のりを確認した。
ふとパンフレットから顔を向けると、楓が戻ってくるのが見えた。
好みに合いそうなグッズ売り場を見つけたからそこに行こう、楓に言おうと浬が一歩踏み出した瞬間、それは起きた。
ガタン!
なにかが外れたような大きな音がした。
周りは騒然としていた。
誰かが金切り声を上げて上空を指さした。
浬が釣られて上空を見上げると、信じられないようなことが起きた。
停止していたジェットコースターの一部車両が外れ、今にも落ちそうになっていたのだ。
「相原さん! そこ危ないからこっちに来て!」
浬が楓に向かって駆け出し、上空に注意を向けるように促した。
楓は、目を丸くして、思わず立ち止まった。
その瞬間だった。
細い鉄の連結部分のみでかろうじて繋がっていた先頭車両が、ついに落下した
「あ――」
浬は声にならない声を上げた。
楓はその瞬間、両手を天にかざした。
一瞬のことでよくは見えなかったが背中からは、淡く光る翼が生えているように見えた。
浬はそれを見た瞬間、あるものが楓の姿と重なった。図書館で読んだ資料。
背中に翼を生やした、男。木をなぎ倒し、山を裂く力を持った男――
ガシャーン!
耳をつんざくような轟音を鳴らして、車体が地面に落ちた。
「相原さん!」
浬は駆けだした
最悪のケースが脳裏をよぎった。
浬は地面にぶち当たりへし曲がった車体に隠れた部分を透かし見た。
楓はそこにいた。
先ほどよりもさらに真っ青になった顔で、へたり込み、ただ茫然と座り込んでいた。
「とにかく、ここを離れよう! また落ちてくるかもしれない」
浬はそうして、ふらふらと立つ楓の体を支え、ジェットコースターから離れた位置に移動した。
*
少し歩いて休憩スペースに着いた浬は、空いている席に楓を座らせた。
「大丈夫……?」
浬は楓の表情を伺った。
あれだけ怖い目に遭った後なのだ、腰が抜けたようになって当然だ、と浬は思った。
しかし、楓から返ってきたのは、予想と違った言葉だった。
「使えなくなってた……力……。制御できない……」
浬は、楓の言葉について、何のことか意味をはかりかねていた。
しかし、やがて一つの答えにたどり着いた。
浬は思い出した。
出会ったときそばに転がっていた、粉々に砕けた電柱。
図書館で見た、白い翼を持った、何かを壊す力を持った男の話。
体育館で見た、壁を破壊してしまうほどの力。
ひょっとすると楓は、あの図書館で読んだ資料の男と同じ境遇なのではないか。
その考えがふとよぎったが、浬は頭を振って振り払った。
そんなこと、現実にあるわけない。
それに、今まで見てきた出来事や、翼の生えた楓の姿は非現実的で、そちらが夢であったと考える方が、よっぽど筋が通っているように感じた。
不意に、楓が何かに気づいたように、はっと顔を上げて、ぱっといつもの明るい表情に戻った。
その表情はどこか歪んでいるようにも見えたが、浬にはそれを楓に伝える勇気はなかった。
「ご、ごめんごめん。あまりのことに腰抜かしてもうてー……」
楓は立ち上がって、浬の腕をぐいと引っ張った。
「さ、あとはお土産買って帰ろかー!」
*
家に着いた後、浬はベッドに寝転がって、グッズ売り場で買った車のキャラクターのキーホルダーを手でもてあそんだ。
頭の中は、浬の目の前で起きた事故と、楓の見せた暗い表情のことでいっぱいだった。
(相原さんは、もしかして本当に……)
一度は打ち消したはずの、そんな考えがぐるぐると頭の中を回った。
楓は、あの図書館で見た資料の男のように、力を持っていて、そして力を失くした。
考えれば考えるほど馬鹿らしい妄想であるような気がした。しかし、どうしてもその考えをぬぐい去ることができなかった。
そうして浬はぼんやりとした頭で考え続け、やがて浅い眠りに落ちた。
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