EP4-3 放課後秘密特訓!

 放課後、浬たち五人は、誰もいない体育館に集まっていた。


「ひゃあー、体育館に俺たちだけって、なんか新鮮だな」

 柴山が大きく伸びをしながら言った。

 誰もいない体育館に、声が響いた。


「さ、さっさと始めるわよ。男子二人、ポール持ってきて」

 近田がてきぱきと指示を飛ばした。


 ポールを立て、ネットを張り、すぐに準備は完了した。


「じゃあ、とりあえずアップがてら、ボールを上げましょうか」

 近田がボールを一つ取ってそう言うと、浬たちはぐるっと円になった。


 近田は、手始めに苅間の名前を呼びながらトスを上げた。

「こうやって、名前を呼びながらその人目がけてトスを上げるの。オーバーでも、アンダーでもいいよ」


 オーバーやアンダーとは、トスを上げるフォームのことである。

 オーバーは両手を上げ、頭の上でボールを手のひらで押すようにして打ち上げるような打ち方で、

 アンダーは、両手を体の前で組み、下から上に振り上げながら腕でボールをすくい上げるような打ち方のことである。


 再び近田にボールが渡った後、練習は開始された。

「いくよ、ほら、マリカ!」


 しかし、そう簡単にはいかなかった。


 ボールは、慌てて差し出した苅間の腕をすり抜け、地面に落ちた。

「うわわ、ごめん!」

「あやまらなくていーの。そのための練習でしょ?」

 近田は苅間に優しく微笑むと、ボールを拾い上げて再びボールを円の中心に向かって撃ちあげた。


 しばらく練習をしていると、苅間をはじめ、全員のボールの扱いがうまくなっていくのが目に見えてわかった。

 本人たちの頑張りもあるが、近田の教え方が、どうやら上手だったらしい。

「アンダーの時は、腕は固定して、膝を使って撃つの」

「ボールを真下で迎えすぎだから、体の前でボールを迎えるくらいの気持ちでやってみて」

「おおー、いいじゃん! 上手くなってる!」

 思いのほか、近田の教え方は的確で、浬たちのやる気を引き出すのも上手かった。


 やがて浬たちがある程度練習の成果に手ごたえを感じ始めていたころ、近田が言った。

「うん、この練習はこれでラストにしよう。集中してね」

 そう言って近田は、ボールを打ち上げた。

「いくよ。……マリカ!」


「おわっとと……! し、シバケン!」

 苅間が、慣れない動きで下からすくい上げるようにボールを打ち上げた。

 しかし、苅間の動きは、ラストということを意識して固くなってしまったのか、ボールはあらぬ方向に飛んだ。近田が小さく「あちゃー」と言ったのが聞こえた。


 しかし、柴山はボールの落下点に向かって猛ダッシュしていた。

「うおー、任せろー!」

 柴山は落下点に近づくと、滑らかに脚を畳み、スライディングしながらボールを拾った。

「ほらよ、浬!」

「やるじゃんシバケン!」

 苅間が興奮したような声を上げた。


 ボールはちょうど、浬の頭上に落ちてきた。

 浬は、近田の教えと、漫画で読んだバレーボールのコツを思い出していた。

 両手を上げ、ボールを迎える。

(えっと、人差し指と親指で三角形を作るようにボールを支えて、膝と肘を柔らかく使って……)

 浬は小さく飛んだ。

(ボールを、押し出す!)

 ボールは、緩やかな軌道で、楓に向かって浮かび上がった。

「相原さん!」


「楓、そのままスパイク!」

 近田がキレよく叫んだ。普段はなかなかみられない、気分が高揚した様子の近田だった。


「まかしとき!」

 楓が、飛んだ。

 体は勢いよく持ち上がり、やがて浮いたボールと同じ高さになった。

 楓が体を反らせた。

「ぬおおお!」

 腕を振り抜く。



 パアァーン!!!



 吹き荒れるような風が巻き起こり、強烈な破裂音が体育館に響いた。

 そして、ボールは体育館の壁にめり込んでいた。その後、床に力なく着地し、梅干しのようなしわくちゃになった姿で横たわった。

 ボールは、内側から裂けていた。


 体育館は一瞬、静かになった。


「う、うっそー……」

 近田が唖然としたようなつぶやきが聞こえた。


 楓はぺたんと座り込んだ。自分の手を見つめ、目を見開いて、

「こ、壊してしもた……」とつぶやいた。

 表情は暗かった。


「すっごいじゃん、楓―!」

 静寂を切り裂くように、苅間が大声を上げて楓に抱き着いた。

 楓は、ぐえ、と苦しそうな悲鳴を上げた。


「ほんと、あんなの初めて見た」

 近田があきれたように言った。


「ほんと、ジャンプもすげーし、相原はとんでもねー怪力だな」

 と、柴山。


 楓が、“黙示録”のことを気にしているらしいことは浬にはなんとなく分かった。

 浬は、座り込んだ楓に手を差し出した。

「うん、かなりすごかったよ」

「ほんまに、えらいことしてもたなぁ」

 楓は浬の手を力なくつかみ、うつむいた。


「気にすんな。センセーにはうまいこと言っといてやるよ」

 柴山は、陽気に笑っていた。


「うん、それに、落ち込む必要はないんじゃない?だって、この結果は…」

 浬は楓の手を掴んでいる腕に力を込めた。

「みんなの。もちろん相原さんも含めたみんなの、練習の成果だしね」


 楓は目を潤ませて浬を見た。

 そして、ぎゅっと、浬の手を握り返した。

「……うん!」


 楓がようやく笑顔になり、浬はほっとした。


 飛び切りの笑顔だった。

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