EP4-2 剛田との勝負!
「じゃ、一旦この並びでやってみよかあ!」
楓が、元気に号令をかけた。
前列の中央にバレーボール経験者の近田が立ち、その両サイドを浬、柴山の男二人が埋める。
そして、後衛に楓と苅間を置く、というフォーメーションで練習は開始された。
「じゃ、トス上げるから打ってみて」
近田が手でボールをもてあそびながら言った。
扱いは巧みで、浬は、ひょっとしたら中学時代、近田は意外といい選手だったのではないか、と思った。
「じゃあ、俺からな!」
柴山がいきり立って名乗りを上げた。
「分かった。いくよ、はいっ」
近田が軽やかなタッチでボールを上げる。
「うおー!」
柴山が落下点に向かって走り込み、ジャンプした。
そして、柴山は
ネットに突き刺さった。
「のわわわ!」
「何してんのよ、あいつ」
反対側でボールが来るのを待っていた苅間が、笑った。
「ちぇ」
柴山は不服そうだった。
「じゃ、次、浅見」
次は浬の番だ。
浬は、ひそかに自信があった。
浬には、他人の真似をするという隠された特技があったからだ。
「いくよ、はいっ」
チカがボールを上げた。
浬がボールに合わせて踏み込む。
浬は昔、漫画の中でスパイクのコツについて書かれてあるのを読んだことがあった。
頭の中のイメージは完ぺきだった。
(えっと……、たしか、腕を振り子のように使ってタイミングをとって……、片足ずつ入って両足で……)
ぐっと身をかがめて、腕を後ろに引き、ジャンプの体勢を整える。
「跳ぶ……!」
身体が宙に浮いた。
タイミングも完璧。
浬は腕を引き絞った。
……しかし、高度がまるで足りていなかった。
振り抜いた腕は空を切り、ボールは力なく落下した。
「あちゃー。でも、浅見くん、フォームは完璧だったよ!」
楓の励ましに、浬は肩を落として答えた。
「ありがとう、相原さん、でも……」
「フォームは良くても、ジャンプ力が全然足りてないね」
近田が容赦なく言った。
「う、うん、自分でもよく分かってる」
浬はがっくりと肩を落とした。
浬と柴山の二人はしばらくスパイクを練習したが、一向に上達する気配はなかった。
「男二人はダメ、と。残るは女子二人だけど……」
近田は反対側でスパイクが来るのを待っていた楓と苅間を見た。
隣のコートから転がってきたボールを投げ返すのでさえ四苦八苦する苅間と、楓のちょこんとコートに佇む姿を見て、近田はため息をついた。
「うーん、厳しそうかな」
隣のコートでは、剛田のチームが練習していた。
先ほどからバチン、バチン、と大きな音が鳴り響いていた。
「げぇ、こんなの勝てっこないぜ」
と、柴山がさらに肩を落ち込ませた。
「初めからあきらめてたらあかんよ、絶対に勝つつもりでいかな!」
「そんなこといってもよ……」
柴山は何か言いかけたが、楓の目が真剣だったのを見て、言葉を飲み込んだ。
「ま、やってみるか」
その時、笛が鳴った。
「じゃあこの組み合わせ通りに試合してくれー。今日は時間が少ないから、ミニゲーム一試合で終わりかな」
体育教官がホワイトボードに書かれた組み合わせ表を指さしながら言った。
「げ」
苅間が、短い悲鳴を上げた
相手は、剛田のいるチームだった。
*
7-0
結果は、惨敗だった。
何とか近田が奮闘し、剛田の激しいスパイクを拾ったり、トスを上げたりしたのだが、肝心のスパイクを打つ人がいない。
しかも、近田がレシーブをしたのではトスをする人がいない。
近田以外がまるで活躍できず、何もできずに負けてしまったのだった。
あまりに早く試合が終わったので、他のチームの試合が終わるのをしばらく待たなければならないほどだった。
チャイムが鳴り、他の生徒たちがぞろぞろと教室へ引き返していくなか、楓は立ち尽くしていた。
よっぽど悔しかったのだろう、と浬は思った。
帰り際、四組の生徒と話しながら歩いていた剛田が、楓と軽くぶつかり、楓はしりもちをついた。
「おっと! 悪いな、おちびさん。足元をあんまり見てなかったもんで」
「おちびさん? 足元?」
楓は怪訝そうな顔をした。
剛田はそのことを気にする様子もなく、楓に手を差し伸べた。
「大丈夫か、ケガとかしてねーよな?」
「……ああ、うん。ありがとう、大丈夫」
楓が差し出された手を掴もうとしたその時、
「良かった。せっかく今後も試合すんのにさ、ケガのせいで負けたーなんて言われても後味悪ぃしな」
と、剛田は言った。
楓の肩が、ピクリと動いた。
「……私らは負けへんで」
楓は声を押し殺して言った。
浬や柴山たちは、その様子を肝を冷やす思いで見ていた。
剛田は、楓の言葉に、けろっとして答えた。
「おいおい、今日の結果を見ただろ。次も俺らが勝つに決まってんじゃんか」
剛田は楓を諭すようにそう言って、そして笑った。
多分、剛田に悪気はないのだろう、と浬は思った。
剛田の言っていることは正しいし、今日の結果を見れば百人中百人が「剛田たちが勝つ」と答えるだろう。
だけど、楓の気持ちも分からないでもなかった。
「剛田の言い方、……ちょっとむかつくぜ」
柴山が言った。彼も浬と同じことを考えていたようだった。
まるで、自分たちの負けが決めつけられているような言い方に、腹を立てていたのだった。
「ほら、立ちなよ」
剛田が、大きな手を差し出した。
手は大きく、広げれば楓の頭を鷲掴みできてしまうほどの大きさがあった。
楓が、小さな手を差し出した。
そして
ペシン
「あ……」
柴山が、小さく声を漏らすのが聞こえた。
楓は剛田の手を振り払い、睨みつけたのだ。
「次、戦うときは覚えとき! 私らが絶対に勝つから!」
剛田は一瞬、驚いたように目を丸くしていたが、やがて好奇心に満ちた目で楓を睨み、薄く笑った。
「そうこなくちゃ……!」
剛田はくるりと背を向け、ひらひらと手を振った。
体育館の扉が閉まる直前、剛田は吐き捨てるように言った。
「楽しみにしてるぜ」
バタン
体育館に残ったのは楓と、そのほか何人かの三組の生徒のみとなった。
取り巻きーズの二人と柴山が、楓を囲んだ。
「ちょっと楓、何言っちゃってんの!」と、近田チカ。
「そうだよ、楓! 勝てるわけないじゃん!」と、苅間マリカ。
「だって……」
楓は、さっきまでとは打って変わってしゅんとしてしまった。
なんとなく、茹でた後のほうれん草みたいだな、と浬は思った。
「やる前から結果が決まってるなんて、そんなことないと私は思うから……」
あまりの落ち込みように、浬はいたたまれない気持ちになり、助け舟を出した。
「僕も、相原さんと同じ意見だ」
柴山は、ぎょっとして浬を見た。
かまわず、浬はつづけた。
「確かに、今日はこっぴどくやられた。だけど次の結果はやってみないと分からないよ」
浬の言葉に、楓の目がみるみる潤んでいくのが見えた。
「浅見くん……!」
近田と苅間も、その様子を見て反省したのか「ごめん、言い過ぎた」と謝った。
「よっしゃあ、じゃあ次の授業までにみんなで練習やあ!」
楓は気を取り直したようで、背筋をピンと伸ばした。
「練習って言ってもどこで……」
苅間がそうつぶやいたのを見て、柴山は得意げにニヤッと笑い、ポケットから何かを取り出して、苅間に突き付けた。
「今日の放課後。バレー部はヨソの大きい体育館で練習するからここは空いてるみたいだけど……、どうする?」
それは、体育館のカギだった。
浬は、柴山の周到さに舌を巻いた。こういう時、柴山は驚くほど行動が早い。
「あんた、いつの間に」と、苅間。
「こんなこともあろうかと、先生に言って借りておきました」
柴山は得意げな笑みを崩さず、大仰なお辞儀を返した。
「仕方ない、付き合ってあげるわよ。負けっぱなしはムカつくしね」
近田が観念したように言った。
「みんな……!」
楓は、感動に打ち震えているようだった。
「おーし、じゃあ放課後、よろしくなあ!」
そう言って楓は全員の手を順番にぎゅっと握っていった。
柴山、近田、苅間と、順番に握手していく。
最後は、浬だった。
「浅見くんも、さっきは助けてくれてありがとな」
楓は、浬にしか聞こえない声量で言った。
先ほどまでの元気いっぱいの楓とは違って、ドキッとするような、いじらしさがあった。
「うん。絶対、次は勝とうね」
浬は、緊張しながらも、力強く手を握り返した。
そしてその日の放課後、浬たちの秘密特訓は始まるのだった。
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