幕間 あの影は一体?

 六月に入り、じめじめとした寝苦しい夜が増えてくるようになってきたころ。


 浬は帰りを急いで、自転車を力いっぱい漕いでいた。


 この日、休日で暇を持て余した浬は、家から少し離れたところにある漫画喫茶で時間をつぶしていた。


(この時間は明かりも少なくて、ちょっと雰囲気あって怖いな……)


 時間は午後十一時。

 高校生が何の連絡もなく出掛けるには、かなり遅い時間だ。


 浬が漫画喫茶で学校でも話題になっている漫画を何冊か読んだ後、時計を最後に確認したのが午後七時。どうやらそこからぐっすりと寝込んでしまったようだった。


 浬はしばらく自転車を漕ぎながら、周囲を見た。

 この辺りは住宅街ではあるが、人通りが少なく、自転車を漕ぐ音だけがカラカラと響いた。

 立ち止まってスマホで現在地を確認した。ちょうどひとつ隣の駅の周辺だった。


(そういえば、この辺りは相原さんが住んでいるところだったよな……)


 浬は地図を見ながら楓の住んでいる家を想像した。

 何かの偶然で、ばったり会えたりしないだろうか、と淡い期待を抱いた。


 と、そこで浬は、目の端に何か動くものを見つけて、背筋を凍らせた。

 人影だった。

 この遅い時間だ。変質者であったとしてもおかしくない、と浬は思った。


 暗闇に目を凝らし、姿を捉えようとする。

 影には、見覚えがあるような気がした。


 影が、ちょうど街灯の下を通った。


 小さく、細い体。肩までの髪の毛。あたりをきょろきょろと見回している。

 目は赤く腫れあがって見える。遠目でよく見えなかったが、泣いているようにも見えた。


(あれはもしかして……、相原さん?)

 浬は、息をのんだ。


 この時間に、女の子一人で危ないのではないか、と浬は思った。

 浬は声を掛けようか迷ったが、迷っているうちに楓は、再び闇に消えていった。


(こんな時間に、高校生一人で出歩くなんて危ないじゃないか……、って僕も同じか)

 そう思いながら浬はスマホで時間を確認した。


「やば、帰るころには日が変わってしまう」


 浬は足に力を込め、全速力で漕ぎだした。


 *


 浬は結局、息も絶え絶えになりながら、何とか日が変わる前には家に帰ることができたが、その日母親にはこっぴどく叱られることとなった。


 叱られている間も浬の頭の片隅には、暗がりで見た楓の泣いているような顔が浮かんでいた。

 たった一瞬見えただけだったが、その表情は浬の脳裏に焼き付いて、しばらく離れなかった。

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