EP2-3 ちょっと気になる昔話

「いやあ、浅見くんたちが手伝ってくれるのは助かるわあ」

 楓は手に抱えた本をどさっと机に置き、満面の笑みで言った。


「う、うん。僕たちにできることがあったら何でも言ってよ」

 浬はなるべく楓と目を合わせないようにしながら答えた。


 柴山は、浬の脇腹を小突いて、

「初デートが図書館とは、色気がねーな」と言って、くく、と喉の奥で声を立てて笑っていた。


 二人は結局、楓に見つかった後、「図書館で偶然楓を見つけて、何を読んでいるのか気になって観察していた」ということにしてその場を切り抜けた。

 柴山は「ま、俺は浬に付き合わされただけだしな」と開き直った様子だった。


 楓は、細かい理由は伏せていたが、黙示録というものについて調べていたと二人に言った。

 柴山は「黙示録に興味が湧くことなんてあるのか?」と不思議に思った様子だったが、事情を知っている浬は、「まぁ、そういうこともあるんじゃない」と、それとなく柴山をなだめたのだった。


 楓がため息をついていった。

「自分なりに頑張って調べてたんやけどな、普段本とか読まんから何が何やら分からんくて……」

「いきなり細かい文字が書かれている本からじゃなくて、最初はネットで調べた情報からとかでもいいと思うよ」


 浬はスマホを取り出し、検索結果の中からわかりやすく図解されたページを楓に見せた。


「お、おお、なるほどあ。思いつきもせんかったわ……。さすが浅見くんっ」

「べ、別にそんな大げさなことじゃないよ」

 浬は、楓にまっすぐな尊敬のまなざしを向けられ、こそばゆいような、照れくさいような気持ちになった。しかし、悪い気はしなかった。


 浬と楓は、肩を寄せ合って同じスマホの画面を見ていた。

 時折肩が楓に触れて、そのたびに浬の心臓はドクンと脈打った。

 柴山は、いつの間にかどこかに行ってしまったようだった。自分に気を遣ってくれたのかもしれない、と浬は思った。


「なるほど……。それで、この天使がラッパを吹くと、破滅がどんどん進行していくって、そういうわけやな?」

「うーん、厳密に言うと違いそうだけど……、大体はそんな解釈で良さそうな気はする」


 浬は、ふと、自分が楓と普通に話せていることに気が付いた。

 知っていることについて話すときは、普通に話せるのかもしれない。


「こういう予言とか、伝承って、解釈の幅があるから、厳密にこれ、って言えないものだから」

「はああ……、なんか浅見くん、賢そうに見えてかっこええなあ」

 そこまで言って、楓は顔を赤くした。

「いや、えっと、普段か賢くなさそうって言ってるんじゃなくて、こう、さらに賢そうってそういう意味で……」


 そこまで楓が言いかけて、柴山が二人の会話を遮った。

「おうい、向こうでなんか面白そうなの見つけたぜ……、って、もしかして邪魔したか?」

 柴山は、顔を赤くしている浬と楓を交互に見て、愉快そうに笑った。

「いや、うん、大丈夫……。何持ってきたの?」

「ああ、これな、この辺の地域の神事? っていうの? そういうのをまとめた資料らしいぜ」


 そう言って柴山は、穴を開けた紙に紐を通して綴じられただけの簡素なつくりの資料を広げた。

「ま、これはどっちかと言うと昔話っぽいけどな」


 三人は、顔を突き合わせて読んだ。

 読みにくい日本語が多かったが、文字の側に絵が描かれていたため、何とか絵本のように読めない部分を絵で補完しながら読むことができた。


 とりわけ目についたのは、白い翼の生えた男が上空に向かって手を掲げ、大きな隕石のようなものを何かの力でを使って砕いている絵だった。


 **


 遠い昔の話。


 不思議な力を持った男がいた。


 それは、小さいころから何かを壊したりすることが何かと多い男だったという。


 皆が彼のことを「穢れ」と呼び、忌み嫌ったために、彼は村から離れた山のふもとで一人暮らしていた。


 そんなある日、落石が男を襲った


 男は叫んだ。


「死にたくない」


 すると信じられないことが起こった。

 瞬きするような一瞬のうちに、落雷がおき、岩を跡形もなく砕いたのだ。


 それはまさに神業であった。


 それ以来、村に戻り、男はその力を村のために使った。

 岩を破壊し、森を焼き、山を裂き、平地を作った。


 村は栄え、生活は豊かになった。


 しかしある日、拳の大きさほどの巨大な燃える雹が降ってきた。


 男はためらわず、神業でひょうを砕いて見せた。


 その日以降、雹が降る頻度は次第に増していった。


 初めは拳の大きさだった雹は、次第に人の体を完全に押しつぶしてしまうほどの大きさになっていった。


 雹が降るたび、男は力を使った。


 そしてある時、男は力が使えなくなった。


 力が使えなくなっても燃える雹は降りやまず、三日三晩村に降り注ぎ続けた。


 一人、また一人と村人が死に、やがて男は悟った。


「ああ、俺が破滅を呼びこんだのだ」と。


 人であるものが人非ざる力を使い、神の怒りを買ったのだ。


 やがて残った僅かな村人たちは、男を生贄として捧げることとした。


 人の身に余る力を、恐れたのである。

 村人は男を縛り付けて村にただ一人残し、村を捨てた。


 男は、涙を流した。


 男は、ただ夢を見ていただけだった。


 ただ、仲間が欲しい。仲間とともに、豊かな生活を送りたい。


 そして、小さな山ほどもあろうかという大きさの雹が、空を覆った。


 雹が男や村を襲わんとするまさにその時、まばゆい光が辺りを覆った。


 その時、信じられないことが起きた。


 光が収まったとき、村は何事もなかったかのように以前の姿になっていた。


 そして、男もまた、初めから存在などしていなかったかのように村人の記憶から消え去っていた。


 やがて村人たちは、なぜ村を離れていたのかも分からないまま、村に戻って以前と変わりない生活を送ったのである。


 誰かが彼を思い出せるよう、この記録をここに残す。


 **


「ひええ、えらい悲しい話やなあ」

 読み終えた後楓はぶるっと肩を震わせて言った。


「シバケン、なんでこんなの持ってきたんだよ」

 浬はじっとりと柴山を睨んだ。

「あれ、こういうのを探してたんだと思ってたけど、違った?」

 柴山は、浬の思いのほか真剣な顔を見て、肩をすくめた。


 浬は、楓が出会ったときに見せた姿と、この男の話をどこか繋げて考えてしまい胸の内に黒くもやもやしたものが広がるのを感じていた。


 あるわけもない想像が、浬の脳裏をよぎった。


(せっかく仲良くなってきたころなのに、居なくなってたまるか)


 その時、図書館が閉めるアナウンスが館内に流れた。


 もうそんな時間か、と三人は時計を見た。

 時間は午後の七時五十分になっていた。

「もう遅いしさ、今日はこの辺にして帰ろっか」

 浬の提案の通り、三人は無造作に取り出していた本を慌てて片付け、帰路に就いた。


 帰り道、楓と家の距離が意外と近いことに気が付いた。

 最寄り駅はとなり同士。自転車に乗れば二十分ほどでお互いの地元まで行けるという。


 帰り道。

 三人は思わぬ話題で盛り上がった。地元の共通の友人の話だ。


「ええ、浅見くんあの子知ってたんや!」

「うん、塾が一緒だったし」


 そんな他愛のない話をしていた。


「じゃ、また明日―」

 そう言って浬と柴山は、楓に別れを告げた。



 浬は、既にこのとき、図書館で読んだ不思議な力をもった男の話をほとんど忘れしまっていた。

 ただ、楓と何事もなく世間話が出来た。その喜びが、浬の胸を満たしていたのだった。

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