EP1-4 愛の告白かと思ったら

 放課後。

 その日は結局授業がすべて終わると、かいりは速足で、言いつけ通りに指定された屋上へと向かった。

 今はほとんど使われていない旧校舎の階段をのぼりながら、「なんで初日からこんなにしっかり時間割組まれてるんだろう」と浬は思った。


 階段を上がり、屋上へつながる扉を開いて、浬は息をのんだ。

 屋上には何もなく、一面が夕焼けに照らされていた。そこには、ただ見渡す限りオレンジ色の街並みが見えた。


 浬にとっては、同い年の女の子に話しかけられる、というだけで心臓が跳ね上がるほどの出来事だった。

 そのうえに、「放課後ここに来て」なんてことを言われたのだ。

 浬は、今までと変わらないと思っていた退屈な日常が、急に鮮やかな色彩を持って浮かび上がったように感じた。


(なぜ急に呼びだされたんだろう)


 浬は今朝から、ずっとそんなことを考えていた。

 楓と二人きりで会うほど、親密な関係であるわけでもない。また、ビンタされてしまうようなことはあったものの、人気のないところに呼び出されて怖い人に無茶苦茶にされる、なんて程の事でもない。

 それに怒っているなら、普通に話しかけてきているのもおかしい。


 放課後、人気のないところへ女の子に呼び出される。

 これはもしや。一つの考えが浬の頭によぎった。


(このシチュエーションはもしかして……、告白!)


 浬は、浮かれるのと同時に、悩んだ。


 もし告白だったなら、なんと返せばよいのだろうか。


 相原楓。同級生。

 ちょっとアホっぽいところもあるけど、元気で、まっすぐで、とても魅力的な女の子であることは、浬も認めていた。


 欲を言うと、すらっとして、しなやかで、物腰柔らかな優等生のような子が浬の好みであった。背が低く、どちらかと言うとお転婆っぽい楓は、タイプとしては正反対だった。


(でも、まあそれでもいいかな)

 浬は呑気にそんなことを考えた。


 もし、告白だったならOKしよう。そう思った。


 浬は自分自身に拍手を送って祝福した。

「おめでとう、浅見浬。君にもようやく初めて彼女が――」



「およ」



 不意に楓の声が聞こえ、浬は体をびくつかせ、振り向いた。


「浅見君、早いなぁ…!」

 先に着いて、僕を待つ予定だったのだろう。楓は浬をまじまじと見ながら、ただでさえ大きくてまるい目を、さらにまるくしていた。


「あ、う、うん。それで、何の用かな?」


 浬の声は、上ずっていた。

 落ち着け、落ち着けと自分にいくら呼び掛けても、心臓は彼の意思とは関係なく、強く、早く脈打った。


 浬は、頭の中にある恋愛の教科書のページを勢いよくめくった。

 恋愛本、恋愛ドラマ、恋愛映画などの、理想の誰かになりきれば、この鼓動も収まるのではないか。そう思った。

 しかし、今まで学んできたことが何の役にも立たなくなるほど、浬は緊張してしまっていた。もはや楓の目をまともに見ることが出来なくなっていた。


「実はな、浅見君に聞きたいことがあって……」

「き、聞きたいこと?」


 間違いない、告白だ。浬は確信した。

 浬の心臓は、胸を突き破って出てきてしまいそうなほど、うるさく拍動していた。

 自分の心臓の鼓動を聞いて初めて、「自分は緊張しているのだ」ということに気が付いた。


 対する楓のほうはというと、自然体に見えた。多少緊張している様子こそあったものの、顔には笑みすら浮かべていた。

 傍から見ると、どっちが呼び出したのか分からない。


 辺りは風の音が聞こえるほどに静かだった。

 しばらく、二人の間に沈黙が流れた。

 浬は、楓が話始めるのをじっと待っていた。


 やがて彼女は、深く息を吸った。そして、意を決して口を開いた。


「えっと、誰にも言わんといてほしいんやけど……」

「うん」


 来る。

 浬は身をこわばらせた。


 だれにも言うものか。

 想いを伝えてくれるのだから、自分も相応の誠意で答えよう、そう思った。


 しかし、楓の放たれた言葉は、まるで予想していなかった言葉だった。



「私な、黙示録<アポカリプス>なんよ」



 照れくさそうに、楓は言った。

 夕下がりの朱色に染まった校舎。この世界には二人しかいないのではないかと思わせるほど、あたりは静かだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る