EP1-3 突然呼び出された
浬は三組に振り分けられていた。
これから一年間使う教室をまじまじと見たが、早めに家を出たからか、教室にはまだほとんど人がいなかった。
浬は未だにひりひりと痛む頬をさすりながら、今朝のことを考えた。
相原楓。
去年はクラスこそ違ったが、彼女の話は浬も聞いたことはあった。
ものすごくアホっぽい、という話。
彼女はそそっかしいし、突拍子もない発言をすることもある。
頭が悪いというわけではないが、どことなくふわふわしている。
それが浬の、楓への印象だった
しばらくそうやって自分の考えにふけっていると、教室の扉が開いた。
楓が、教室に入ってきた。
彼女は浬の姿を見るとぎょっとした様子で、立ち止まった。
そして、なるべく目を合わせないように浬の一つ前の席に座った。
浅見浬と、相原楓。出席番号は一つ違いのため、彼らの席は前後だった。
なんとなく気まずい空気が流れた。
浬は、なるべく楓を見ないようにしていたが、ガタガタという音が気になり、何をしているのかを様子を伺った。
楓は何かを書いている様子で、手の動きから察するに、授業の予習、と言うわけではなさそうだった。
そしてしばらくして、動きが止まったかと思うと、楓はガバっと後ろに振り向き、浬をまっすぐ見た。
「あのさ……!」
楓はそう言って身を乗り出し、浬の机に両腕を置いて寄り掛かった。
「う、うん、なんでしょうか」
浬はしどろもどろになって言った。
今朝のことでどことなく気まずさを感じていた浬は、楓と距離を置こうと考えていた。
しかし、そんな中楓の方から話しかけられ、浬は不意を衝かれたような気持ちになった。
楓は、自分を落ち着けるようにコホン、と一つ咳払いをして、話を切り出した。
「浅見くん。今日の放課後、ここに来て」
と、楓は言った。
そして、唖然としている浬の顔を覗き込んだ。
「聞いてる? 放課後、ここに来てほしいねん」
楓はポケットから四つ折の紙切れを取り出すと、浬に手渡した。
浬は渡された紙を見て、余計に困惑した。
そこにはガタガタの線で書かれた地図 (おそらく校舎の地図だ)が書かれていて、目的地らしき地点にはでっかい星型のマークが書かれていた(おそらく旧校舎の屋上を指している)。
星印には、矢印をつける形で、「昼休み、ここで待つ」と真っ赤なペンで書かれていた。
まるで宝の地図か、決闘の挑戦状みたいではないか。と、浬は思った。
「えっと、昼休みと放課後、どっち?」
浬はおずおずと聞いた。
楓は先ほど「放課後」と言っていたが、紙には「昼休み」と書かれていた。
「あ」
楓は、浬が開いている地図に顔を寄せて覗き込み、間の抜けた声を上げた。
黒く、艶やかな楓の髪が浬の目の前で揺れた。
華やかな柑橘系の匂いが、浬の鼻をくすぐった。
これが女の子の髪の匂いなんだろうかと、浬は一人で胸を高鳴らせた。
「ごめん、そっちは間違い」
楓は手紙 (と呼んでよいものかは怪しい)を浬からひったくり、ボールペンで「昼休み」と書かれた部分を塗りつぶしてしまった。
そしてその上に、おおきく「ほうかご」と書いた。
「昼休みで。……あぁ、また言い間違えた! 放課後ね、放課後。間違えんといてや!」
楓はそう言い放って、教室から出ていった。
教室の外で友達を見つけたのか、彼女の元気な声が浬のいる教室まで聞こえてきた。
浬は呆然として、先ほどまで楓がいた場所をぼんやりと見た。
楓が腕を置いていた場所には、まだ柑橘系のいい匂いが残っているようなそんな気がした。
浬は胸が高鳴るのを必死に抑えようと、ぶんぶんと頭を振っていた。
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