EP1-2 相原楓と出会った

「ぐえっ」


 息が詰まるような衝撃を腹のあたりに受けて、かいりは目を開けた。

 目の前には、先ほど見えた女の子がいた。

 彼女は膝立ちになって浬の胸に両手を当て、心配そうに顔を覗き込んでいた。


 心臓マッサージをしてくれたのだろう。

 そのときの衝撃で、浬は目を覚ましたのだった。

 彼女が押していたのは胸ではなく腹だったが。


「おおお、良かった、気が付いた」

 浬が目を開けると、女の子はぱっと明るい表情を浮かべた。

「傷がないのに意識が無かったから、病気かなんかかと思って心配したんやあ」

 女の子は笑った。華やかな笑顔だった。


「ああ、ありがとう。何ともないみたい」

 どうやら浬は、外傷ではなく、恐怖で気を失ってしまったようだった。

 同じ年くらいの女の子に助けられて、心配までされてしまう自分を情けなく思ったが、まずは何事もなくてよかった、と浬は考えることにした。


 ふと、倒れかかっていた電柱はどうなったのかと気になって見てみると、すぐそばで粉々に砕け散って転がっていた。


「あれ、君……」

 浬は女の子をまじまじと見た。


 見覚えがあった。

 肩までで切りそろえた黒い髪。ツンとした唇。

 丸っこい目と小さい鼻が印象的な小柄な女の子。


 相原楓あいはらかえで


「えっと、相原さん?」


 彼女は同じ高校に通う同級生だったので、浬は何度か学校で見たことがあった。


 名前を呼ばれて、楓はぎょっとして飛びのいた。

「うわわ、なんや浅見君かいな! こりゃまずいとこ見られてもうた……!」

 彼女はそう言って、しまった、と目を丸くした。


「見られた?」


 浬は首をかしげながら、楓を見た。

 見られたとは、何のことだろう。


 浬は少しの間考え、ある答えにたどり着いた。

(なるほど。気を失う前に見た、あの白くてふわふわしたものは……)


「大丈夫。なんにも見えてないよ。ギリギリ見えなかった」

「ギリギリ?」

 楓は何のことかピンと来ていない様子で、首をかしげた。


 浬は、うんうん、と頷いていた。

 本当に惜しい。浬はそう思った。

 惜しいなぁ、もう少しで、見えたのに。


 浬の視線は、楓のスカートに釘付けだった。


 楓は、しばらく何のことか分からない様子で、きょとんとしていたが、しばらくすると、浬の視線に気づいた。顔を赤くしてスカートをグイっと下げた。


「そのことちゃうわ! アホ! 心配して損した!」


 そう言って浬の頬にありったけの力を込めて平手打ちをかますと、猛然と走り去っていった。


 後には、乾いた春風が肌を撫でる感触と、頬の痛みだけが残った。

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