はじめての彼女はアホかと思ったらアポカリプスでした。

キリン🐘

Ep1-1 浅見浬は不幸な目に遭った

 爽やかに晴れた春の通りを、浅見浬あさみかいりは鼻歌交じりに歩いていた。

 新学期にふさわしいと言える、活力に溢れた朝だった。


 浬は、その爽やかな空気を全身にため込むように深く息を吸った。


(よし、今年こそ、いける)


 浬は自分を鼓舞するように、胸をトン、と叩いた。

 彼なりの決心だった。


 この時決心したのは、「今年こそ彼女を作るぞ」というものだった。


 浬は、これまで恋人というものが出来たことがなかった。


 それどころか、異性と親しく話したこともろくにない。

 恋人はおろか、異性の友達すらろくにいなかった。


 そんな生活を続けてきたため、恋人なんて実はこの世に存在していない、嘘っぱちの存在なのではないか、などと浬は考えたこともあった。

 要するに、モテなかったのだ。


 しかし、そんな日も終わり。

 今日からは、新しい自分になる。

 浬は、目に強い決意を光らせていた。


 この春休みに遊び惚けていた同級生を尻目に、浬は努力を積み重ねた。


 これといって特に目立った特徴のない浬が唯一、人より優れていたこと。

 それは他人の真似をすることだった。

 その特技を生かして、恋愛ドラマや恋愛本 (恋愛をうまく運ぶ方法について書かれた本) の内容やセリフを、この春休みの期間に徹底的に叩き込んだのだった。


 目を閉じると浬の脳内に、机の上に積まれた大量の恋愛バイブルが目に浮かんだ。


 浬は、これから始まる新学期を前に、期待に胸を膨らませていた。




 そのとき、



「うわ、うわわわわ!」



 地面が揺れた。

 地震だ。それも、結構大きい。


 浬は立っているのが辛くなり、その場に座り込んだ。


 近くにある塀が、電柱が、木が、揺れている。

 浬は不安になった。


(もしかして、彼女ができる前に、僕はここで死んでしまうのだろうか)

 浬の脳裏に真っ先に浮かびあがったのは、死への恐怖ではなく、恋人ひとりまともに作れない自分に対する嫌悪感だった。

 こんな時ですら、そんなことを考えてしまう自分にまた、嫌気がさした。


 しばらくすると地震は止み、まるで何事もなかったように日常が帰ってきた。

 恐怖ですくんだ足を奮い起こし、浬は立った。


「こ、怖かった……」


 脚が震えて、ただ立つのにも時間がかかった。

 しかしそんな浬を、さらなる不運が襲った。


 バキバキバキ


 木がへし折れるような音と、何かが破裂するような音が聞こえた。

 浬は立ち止まり、周囲を見回した。


 浬は、目を疑った。

 先ほどの地震で揺れていた電柱が、浬を目がけてまっすぐ倒れこんできたのだ。


 徐々に近づいて大きく見える電柱を目の前にして、浬は自分が冷静にいるのに気が付いた。

(ああ、こうやって僕は死んでしまうのだな)

 自分は今、倒れてくる電柱を前に立ち尽くしている。


 浬は、そっと目を閉じた。

 まぶたの裏の真っ暗な視界に、小さいころから今までの思い出が、駆け巡った。


 おいしいものを食べた、面白い本を読んだ、友達と公園で遊んだ。

 なんてことない。これまで大事なものだとはつゆほども感じられなかった思い出たちが、まるで宝物のように光り輝き、現れては消えていく。


 これが走馬灯なのか、と浬は妙に腑に落ちた気分になった。



「危ない!」


 どこからか声が聞こえて浬は目を開けた。

 最後に見たのは、自分を抱きかかえる女の子の姿だった。


 辺りに、何か白い羽根のようなものが浮かんでいた。

 電柱の、埃か何かだろうか。

 浬はふわふわと漂う何かをみて、そう思った。


 そして次の瞬間、グシャ、という硬いものがへし折れる音が聞こえて、浬は意識を失った。

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