第44話 ありったけの奥の手を持って宝物を探しに行くのさ

 勝手口から簡単に侵入出来たミゼットとムタ。

 こそこそと物色して回るのかと思いきや、堂々と邸内を闊歩する。


【邸内を歩き回っても不自然じゃない使用人がいる。油小僧だ。邸内中のランプの残油を確認して、尽きそうなら足して回る。】


 油つぼを持つムタが先行して歩き、ミゼットは背後に警戒しながら、距離をとって後ろを歩く。

 私邸はそれほど広くはない。

 しかし、ラウルによれば、窓もない袋小路がいくつもあるという。

 侵入者を追い詰める狩り場が。

 リベラ邸での捕り物の噂では、今まで逃げ果せた盗人はいないという。

 登る階段、開ける扉を間違えればすぐに行き止まり。

 そして、道を違える者は使用人にはいない。

 ムタはラウルから聞いた記憶を頼りに慎重に進んでいく。


(……怪しい場所は3箇所……。サロンと、クローゼットと、金庫……。一番近いのはサロン……。)


 慎重に、でも迅速に。

 ミゼットは背後をよく確認しながらムタを追う。


【邸内には聖人だけが使う通路があるみたいだ。誰もいないはずなのに視線を感じたり、突然背後に現れたりする。俺は一度だけ煙草をくすねに邸内に入った事があるが、秒で捕まって叱られたぜ。】


 あのラウルが後ろをとられた。

 それだけで、聖人が並ならない相手だとわかる。

 どこの部隊の脱走兵かはわからないが、一筋縄ではいかないだろう。

 ……と、気を張っていた時だ。


(……いますね。なるほど、本当に、いつの間にそこにいたのか…)


 ミゼットは立ち止まる。

 等間隔のランプの灯りは心細く、ぼんやりとしたオレンジの合間の半端な薄暗がりで、黒いタキシードは光沢も無く佇んだ。

 前にいるムタに危害を加えさせはしないと、殺気立って待ち構える。

 すると、その者は潜伏をやめて、わかりやすく足音を立ててミゼットの後ろに立った。


「元気そうだな、ミゼット。」


 聞き覚えのある声に、ミゼットは警戒も忘れて振り向いた。


「オスナ!」


 オスナと呼ばれた細身の男は歓迎するように両手を広げた。


「驚いただろ。」

「ああ!……ああ!まさか、またお前に会えるなんて……!」


 感極まったミゼットに、オスナは気まずそうに苦笑する。


「察しの通り、今の俺はリベラ邸の警備員なんだがな。」

「……ははは。その制服はリベラが着ろとでも?私の主も冗談好きだが、お前の主は上をいくな。」


 笑ってはいるが、ミゼットの表情は渋くぎこちない。


「いや……。」


 オスナは赤いポンチョの裾をつまみ上げて寂しそうに紋章を見る。

 腰に下げた使い古しの剣。

 つま先のはげた皮のブーツ。

 それらを同じように順繰りに注視するミゼットに、肩をすくめて見せる。


「……お前には、悪夢か。」

「……まあ、そうでもないさ。」


 ミゼットは懐から機械仕掛けの伸縮式の棒を取り出して見せる。

 回転させれば2メートルほどまで伸びる棒を構えると、その先端に30センチほどの穂が生える。

 

「結局私も、これ・・で仕事にありついているからな。」


 自嘲するミゼットにつられて、オスナもくつくつと喉で笑う。


「……お前が来る事は知っていたんだ。だから、隊長は俺をここに配置した。」

「隊長?!」


 またミゼットが素直に驚愕を見せてくれるので、オスナは愉快になる。


あの後・・・・、しばらくもしないうちに俺達は廃棄になったんだ。隊長と数人はまとめてここに再就職さ。」


 オスナはポンチョの下に両手を忍ばせ、2本の短剣を取り出して構える。


「ミゼット……お前は、聖具を探求するナイトになったか……だが、」


 どこか嬉しそうな声音とは裏腹に、鉄色の短剣が尖端から黒く染まっていく。

 よほどの高温なのか、短剣の周囲は蒸気立ち、背景をゆらゆらと屈折させ歪める。

 

「聖具を護る俺達ガーディアンは手強いぞ?」


 痛快な状況だ、とでも言いたげな笑顔のミゼットの持つ槍の穂先もまた、黒い高温の炎を吹き上げる。


「……隊長は試合の戦績までしっかり覚えてたみたいだな。」

「降参するか?」

「まさか。あの頃の私とは一味違うよ。」


 ジリジリと互いに距離を詰める二人。

 その眼差しは真剣で、しかしその表情には抑えられない愉悦があった。

 ミゼットにはオスナの心情がよく理解出来た。

 ライア聖銃士隊レッドコート、その発足は遡れば、勇者ライアが魔王討伐の旅の親衛隊として組織したのが始まりだった。

 略奪者から聖具を護る。

 長い時を経て原点回帰し、本来の役目の為に力を振るえる。


 ああ、銃士とはやはり、そうでなくては。


 憎たらしかった制服なのに、目の前で纏っている旧友が誇らしく思える。

 しかし、それはそれ、とばかりに、ミゼットは槍を握る手に力を込めて、全力で向かっていった。

 早くケリをつけて、勇敢だが非力な少年を追わなくてはならないのだから。 


──────────


 遥か後方でミゼットが何か話す声がした。

 恐らく、邸内の護衛に接触したに違いない。

 ムタの鼓動は不安で速く、強くなっていく。

 ミゼットの手が塞がっている今、何が起ころうと、自分一人の力で解決しなければならない。

 ランプの残油を確認するフリをしながら薄暗い廊下を進むムタの歩調は、緊張で早くなる。


(………ここだ!絶対にここ!)


 目的のサロンは来客用なので迷いにくく、扉もガラス製でわかりやすい。

 観音開きの大きなガラス戸をゆっくり開ける。

 ちょっとしたホールになっている中には誰もいないようだ。

 

(……たしか、リベラは客に自慢する為にコレクションを展示するガラスケースを置いてるんだ。)


 南のホテルの灯りがささやかに室内に差す、伽藍としたサロン。

 猫足を心掛けても弱く靴音が反響してしまう。

 ムタは息を潜めて部屋を見渡す。

 テーブルも椅子も三方壁際に綺麗に並べられ、花だとか彫像だとか装飾品は何もない。

 豪奢なシャンデリアと目が痛くなるようなエスニック柄の壁紙が目立つだけで、ガラスケースどころか棚も台も無い。


(……ハズレ……かな?)


 がっかりしたが、気落ちしている場合ではない。

 すぐに次の場所へ、と入口に向いて、


「?!」


 ムタは喫驚で飛び上がった。

 

「こんな夜中に油差しか?それに、今夜は使用人は全てホテルにいるはずだが……」


 赤いポンチョを着た熊のような男がいつの間にか入り口を塞いでいる。

 その右手は左の腰に差している剣の柄にある。

 ムタは喉を鳴らし、喉奥でまごついている声を必死に絞り出した。


「こ……ここへ来て、日が浅いので……わ、わからなくて……」


 膝が震えるが、ムタは油つぼを持つ手をそっと、じわじわとジャケット裏のポケットに滑らせていく。が、


「下手な真似はするな。嘘は通用しないぞ。直近で新採の使用人などいない。命が惜しければさっさと帰れ。」


 懐のボールを握り締めた手がビクリとして止まる。

 男は腰の剣を抜くと真っ直ぐにムタの方へ構えた。

 その剣が、耳障りな高音を立てて細かく振動すると、薄刃のような黒い炎を纏う。

 その見覚えのある色の炎に、ムタは戦慄した。


 あれは、島にいた司教の……?!


 頭が真っ白になり、足の震えが全身に広がる。

 男は毛むくじゃらの鬼のような顔面をしかめて大きなため息を吐いた。


「全く……。確かに子供しか雇わなければスパイが潜り込んだとしても出来は粗末だし、始末は簡単に違いないが……。お陰で変な趣味があるって噂されてんだから、主人も考えものだろ……」


 だから縁談も纏まらないんだ、だのとぶつぶつ愚痴をこぼす熊男。

 だからといって油断は無く、鋭い眼光はムタの挙動を透かし見ている。

 黒い炎から目を離せないムタ。

 その威力が脳裏に蘇るが、ここにはオラウもキララもいない。

 自分の力で何とかしなければと、小さな頭の中は必死に恐怖を圧し殺して手段を巡らせる。

 悪足掻きする気が見え見えのムタに、熊男は再び大きなため息をした。


「早くこっちへ来い。犬の躾に巻き込まれるぞ?」


 なんの事か分からないムタだったが、うなじをヒヤリと気味の悪い風が撫でて、ハッとして窓の方へ振り向いた。


「はは、猟犬に囲まれた熊が何かほざいてるぞ。」


 ムタが入室した時には確かに閉まっていた窓。

 それが、いつの間にか開いて、そこにはいつの間に来たのか、三人の黒服の男が窓枠に屈み込んで笑っていた。

 三人の雰囲気から伝わる異常性に、ムタは本能的な悪寒から震えを増した。

 熊男は舌打ちをしてムタの方へ大股に歩み寄った。


「ほら、早く帰れ。」

「……嫌だ!」


 見るからに脆弱な少年の思わぬ拒否に、熊男は驚いて目を剥いた。


「ぼ、僕は逃げ足が遅いから、追いかけっこは負ける。だから、追われないようにここで足止めする。あんたも。」


 熊男はおおいに驚いた。

 この震える子兎のような少年は何と、我々と戦うつもりなのだ。

 

 ミゼット、お前……正気か?


 旧友が送り込んだと思われる小さく非力なスパイの無謀さに呆れ返る。

 そして、込み上げてくる笑いを噛み潰す。


「くく……俺はコルデロという。お前は?」

「?……ムタだ。」


 こんな時に自己紹介かよ、と、ムタは口を曲げてコルデロを睨みつける。

 コルデロはムタの隣に立つと、窓から狙いすましている三人の侵入者に剣を向けた。


「いいだろう、ムタ。……三つ巴だ。」


 太い眉の下の虎のような眼が笑った。

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