第43話 リベラ会頭「探せ!俺の全てをそこに置いてるから!」

 リベラ私邸へ向かうと思っていたのだが、バースらが案内されたのは東倉庫の手前にある小さな温室だった。

 ガラス張りの小屋の入口は尾状に尖った葉が生い茂り、鬱蒼とした狭い間口は屈んで身を小さくしなければ入れない。

 数歩進めばすぐに開けた高い天井の温室は、無数のランタンがぶら下がってカジノのように明るく、オレンジの光に照らされたバラやユリが整って咲いている。

 中は少し息苦しいほど暖かい。


「やあ!待っていたよ!」


 正面の白いテーブルの向こうで、白いバニヤンの男が口髭を撫でながら歓迎を口にする。

 案内していた少年は男に一礼すると、そそくさと温室を去った。


「……貴方が、会頭ですか?」


 護衛も従者も召使いも連れない長身の男。

 見た目こそ、裕福を着て不自由無さそうなふっくらした商人の面立ちをしているが、あまりの無防備さにジュリアは訝しんだ。


「まあまあ、少し待って。立ちっぱなしは疲れるんじゃないか?女性君たちは足が攣りそうな靴を履くからね、座るといい。」


 男はジュリアらに一瞥もくれず、ガラスの急須にアルコールランプを当てて湯を沸かしている。

 ガーゼで覆った小さな茶こしに、匙ですくった真っ黒な粉を入れて、それを鼻の下で回して、うんうん頷いている。

 その顔は真剣そのものだ。

 ジュリアの性分では、作業に熱中する者には遠慮して話しかけられない。

 仕方がないので、こちら側には一つしか無い白い席を引いて、バースに着座を促す。

 男が茶こし越しに小さなティーカップに湯を注ぐと、何とも言えない芳ばしい香りが満ちた。


「商売をしていると外国の珍品や名品を手にする機会にも多く恵まれる。これは、南方では一般的な、ある木の実を焙煎したお茶だよ。この温室で、僕が木から育てたんだ。美味いか不味いかは別として、試してみてくれないか?」


 出されたお茶は真っ黒。

 全く食欲をそそらない黒い液体に、ジュリアは顔をしかめるが、バースは手にとって香りを確かめると、何と、一息に飲み干してしまった。

 リベラは目を丸くしたあと、嬉しそうに歯を見せ、そして同じように一息でお茶を飲み干した。


「……不味いわ。」

「ははは、これでも腕を上げたんだけど。」

「ミルクやお砂糖やシナモンを入れれば、まだ飲めるかもしれないわね。」

「そしたら、それはもう別の飲み物だよ。黒茶とは言えない。」

「きっと、南方では本物が淹れたとても美味しいお茶なのでしょうね。偽物が道楽で淹れたのでは、その美味しさは伝わらないわ。」


 空気が張り詰め、ジュリアは温室の暑さとは別に汗が出た。

 あの人見知りのバースが流暢に会話をしている。

 バースはどうやら、怒っているらしい。

 リベラは微笑みを絶やさないまま、茶こしの粉を皿に叩いて捨てる。


「今夜のカジノは楽しんでくれたみたいだね。商売というのは験担ぎも大切でね、僕は運を持っている人間とは積極的に縁を持つようにしてる。幸運にあやかれるようにね。」

「迷信で商いをする事は勧めないわ。それに、私の勝ちは運ではないもの。」

「イカサマかい?」

「カードを記憶して、予想しただけよ。」

「記憶?全部をかい?」

「たったの156枚よ。」


 リベラは両の掌を上に向け、大仰に感心してみせた。

 

「信じられない!君はその美貌だけではなく賢明さも備えているんだね!まさに才色兼備とは君の為の言葉だ。」


 リベラは満足げに頷きながら、陶製の容器からまた黒い粉を匙ですくい、茶こしに入れる。


「だが、やはり僕の信心と手段は正しいと証明されたよ。験担ぎも迷信ではないね。僕はとても運がいい。」

「そうかしら?」

「君のようなとびっきりの美人が僕に会いに来てくれたのだもの。」


 笑顔でウインクするリベラ。

 対して、バースは冷淡にリベラを見る。


「その少女は、もしかして勇者かな?」


 急に話題の矛先が向いて、ジュリアの心臓が跳ねた。

 この男はどこまで知っていて何を企んでいるのかと、背中に冷たい汗が流れる。

 ジュリアの緊張をよそに、リベラは楽しそうに再び湯を沸かす。


「君は、偽物では本物の味は出せないと言ったね。本当にそうかな?長い月日が経てば、偽物も遜色ないものになり得る事があるんじゃないか?」

「時間が無限にある保証があるなら、私も否定しないわ。」

「ふむ。……君達も、外にいる彼ら・・・・・・も、一体何を焦っているんだろうね?」

「あなたが知る必要は無いわ。そして関わるべきではなかったし、これからも関わらない方がいい。あなたの遊興に付き合って戦いの渦中に置かれる護衛を想う心があるなら、悪い事は言わないから、早く返済の手続きをしましょう。お金はたっぷりあるんだもの。」

「ははは、もちろん、契約は履行させてもらうよ。返済するな、なんて言ったら、金融業は成りたたない。しかし生憎、公証人がいない。返済は明日以降じゃないと無理だ。」

「なら、口約束でいいから今すぐ手を引いて。」

「それも難しいなぁ。不躾な客にももてなしを忘れない僕は、お目当てのお宝を隠してきたし、僕の銃士たちに指示して持ってこさせようにも立て込んでる・・・・・・からねぇ……。」


 リベラは再び2つのティーカップにお茶を淹れる。

 

「賭けをしようよ。」

「賭け事なら、さっきたっぷり楽しんで来たわ。」

「それは君にとって賭けじゃなかったじゃないか。純粋に、運に任せた賭けだよ。君達の仲間が聖具を見つけ出して手にするか、僕の銃士達が守り抜くか、それとも、第三勢力に奪われるか。」

「……こちらに何のメリットが?」

「そうだね……僕が負けたらお金は要らないよ。借金は踏み倒してもらって構わない。契約書は破棄しよう。」

「じゃあ、私が負けたら?」

「僕と結婚してくれない?」


 唐突なプロポーズに、ジュリアは思わず赤面して口元を覆った。

 バースは青い瞳をまん丸にして、初めて表情らしい表情を見せる。


「わあ、驚いた顔までとても綺麗だね。いや、とてもキュートだ。……で、どうする?自信が無いかい?」


 ジュリアはハラハラしてバースとリベラを交互に見る。

 こんな賭けに乗る必要は無いと、バースはわかっていた。

 ニコニコしている眼前の男は、部下の命まで賭け事にするような遊人で、ただの好奇心で聖具を奪ってレイ族を苦しめた詐欺師だ。

 許し難い悪党だ。

 しかし何故かバースは、この男の純真さが憎み切れなかった。

 悪党のはずなのに悪意が無い、まるで少年のような笑い方をするものだから、怒気が削がれてしまう。

 バースは一呼吸置くと艶麗な微笑みをした。


「……最も信頼を置く者達が戦ってるのよ、自信が無いなんて言えないわね。」

「ははは、成立だね!僕もやっと腰を落ち着ける事ができそうだ!」

「それはどうかしら。私には幸運の星・・・・がついてるんだもの。それに……テラダさん、ジュリアさん。」


 バースはジュリアとテラダに向いて、テラダの首の鎖を取り除いた。


「行って下さい。」

「え?!でも……」


 この場にバースを一人残す事に、ジュリアは不安になる。


「私の将来が掛かった勝負だから、打てる手は全て打たないとね。私なら大丈夫だから、ムタさんとミゼットさんを助けてあげて。」


 本当はムタが心配で仕方なかったジュリアだが、いざ行けと言われても今度はバースが心残りだ。

 戸惑うジュリアに対しテラダは、やっと開放されたとばかりに頭や尾を振って、フンっと息を吐いた。


「うむ、さっさと杯とやらを取って帰るか。ここはだいぶ退屈だからな。それにしてもお前、いいのか?嫁の貰い手なんぞ無さそうだが、破談にしたら行き遅れるぞ?」


 ただのペットだと思っていたワニが喋りだすので、リベラは驚嘆して眼を見張る。


「て、テラダさん!わわ、私の事は私なりに考えてるから!は、早く行って下さい!」


 どうもまだテラダに苦手意識があるバースは、思わずどもって赤面してしまう。

 しかしな、お前のような小胆な、と、まだ何か口を出そうとするので、ジュリアは慌ててテラダを促した。


「て、テラダ様!行きましょう!」

「ん?うん、わかった。」


 テラダを追い立てるようにしてジュリアは温室を後にする。

 それを見送ったバースは、ほう、と息をついて、またポーカーフェイスを決め込んだ。


「……あのワニ、一体、どこで見つけて来たんだい?」

「あっちから勝手に来たのよ。」


 そして、差し出された不味いお茶をそっとすする。


「……君といると退屈しなさそうだ。」

「あなたの期待に添えるような話題は持ってないわ。」

「そうかな?まあ、構わないよ。女性を愉しませるのは紳士の義務だ。時間はある事だし、誠心誠意、君を口説く事にするよ。」


 淹れたお茶を一口含んで、香りを確かめ、何がマズイのだろうと顎を撫でるリベラに、バースはまた不思議と口元を緩めてしまった。

 


 

 

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