第42話 プランBは無いから成り行き任せで行こう


 敷地を囲う高い鉄柵の奥の森で破裂音や銃声が起こる。

 カジノのある南ホテルには届かないが、ミゼットとムタのいる物置小屋には、遠い祭りの花火ほどにはよく響いた。


「始まりましたね。では、我々も行きますか。」


 緊張の面持ちで頷くムタ。

 ミゼットは煙玉を取り出し、ランタンからくすねてきた種火を使って点火する。

 それを、ホテルの北に大きく張り出したステンドグラスの出窓に向かって思い切り投げた。

 煙玉はステンドグラスを割って中に入る。

 しばらくして、中から悲鳴と、空いている窓や割れたステンドグラスの隙間から白い煙が立ち昇るのが見える。


「これで、カジノの客の警護と避難の為に、護衛は全て外に出払う………はず、ですが………」


 テラスの方角には傭兵達の大きな声がするが、待てど暮らせど私邸からは人っ子一人出てくる様子は無い。


「……やはり、聖人は全て迎撃するつもりですね。」


 ミゼットは苦い顔をする。

 待ち伏せのある館で聖杯を探し回らねばならない……ムタの背に冷たい汗が流れる。


「大丈夫ですか?」


 ミゼットの心配に、震えるムタは慌てて頷いた。

 そして、両頬を強く張ると、痛みで涙の滲む目で私邸の勝手口を見据えた。


「任せて下さい!」


 ミゼットなら早歩きで並行出来る速度で、勝手口に向かって駆け出す。

 震えていますが?と意地悪を言うミゼットに、ムタは武者震いですから!と精一杯強がって、二人は敵の待ち構える邸内に足を踏み入れた。


──────────

 

 トップスの卓に向かって喝采が起こっている、丁度その時だった。


「きゃああ!!」

「火事か?!」


 二階の奥から悲鳴とどよめきが聞こえたと思ったら、天井をじわじわと白煙が這ってくるのが見えた。

 客らは慌ててチップをかき集めたり、我先にと外へ駆け出そうとしたり、カジノは騒然とする。

 集まっていた傭兵らが大声を上げて無秩序を制し、客の誘導を始める。

 ゲームどころではなくなった混乱の中、ジュリアとバースは顔を見合わせて頷くと立ち上がった。


(いいタイミングだわ。あとは、客に紛れて外に出るだけね。ムタ、頑張るのよ。)


 ムタの事を案じていたからだろうか、人混みの中から、少年がジュリアに向かって歩いてくる幻が見える。

 ムタ?!

 それは幻ではなく実物であったが、ジュリアが見間違えるのも無理は無く、少年はムタと似た装いをしたリベラ邸の使用人だった。

 少年はバースの前で立ち止まり、恭しく礼をする。


「会頭が面会を希望しております。宜しければ、ご案内致します。」


 ジュリアの顔面から血の気が引く。

 会頭が会いたい?

 まさか、自分達が聖杯を取りに来た侵入者だとバレたのだろうか?

 嫌な動悸を何とか抑えて、ジュリアは気丈に言葉を返す。


「それどころではないのではないですか?何があったかは存じませんが、私達も早く避難したいのですが。」


 しかし、少年は顔色一つ変えず黙して立ち塞がる。

 周囲の人間が慌ただしく流れる喧騒の中、ジュリアと少年は静かに睨み合う。


「……わかりました。」


 落ち着き払ったバースの承諾に、ジュリアは対照的に驚いて慌てる。


「ば、バース様?!」

「行きましょう、ジュリアさん。」


 バースは心配事なんか何も無いとジュリアに微笑む。

 

「どうせ後で交渉に来るつもりだったんだろう。今か、後かの違いなら、さっさと済ませてしまえ。手間が省ける。」


 テラダが口を利くので、澄ましていた少年も瞠目してたじろぐが、咳払いしてすぐに平静を取り繕う。

 バースもテラダも行こうと言うので、ジュリアは心ならずも従うしかない。


「……わかりました。お任せします…。」


 少年は深く礼をした後ゆっくりと踵を返す。

 混乱し雑然としたカジノの中で泰然自若とした貴婦人らは、緩やかに人の流れに逆らいながら私邸へと歩いていった。


──────────


 絶対に奴はここに来るだろう。

 そんな確信を持って正面玄関に立つのは二人の聖人だ。

 炎と剣の紋章が刺繍された真っ赤なポンチョが時折、風で揺れる。


「俺達は運が良かったな、ライデル。」


 ポソリと、呟かれた一言に、ライデルと呼ばれた男は肩を揺らして笑う。


「ああ、そうだな、ダヤン。」


「新しい飼い主がすぐに見つかった事がか?先輩。」


 いつの間にか正面にあった人影が会話に入ってくる。

 夜の私邸エントランスはランタンから数メートルも離れれば足元も見えない闇になる。

 その闇の中から足音も無く近づいてくる影。

 二人の聖人は腰の剣を抜き、構える。

 剣はキイイと高い音を立て、黒い薄刃に似た炎をまとった。


「いや。この力で、正義を行える日が来たからだ。」


 実は、彼らは捨てられた日の事を今もずっと苦々しく思っていた。

 どこかで、これは正義ではないとわかっていながら、それでも忠義を曲げられなかった日々。

 そして、間違いを突き付けられたあの日・・・

 諫言を退けられ続け、確かに過ちであったから死せよと尻尾切りされ、贖罪の機会が永遠に失われたと自責に苦しんで来た。

 今日までは。


「あんた達は、まだ学習してないんだな。そういう、大義名分に踊らされる愚かさを。忠犬は忠犬の生き方しか出来ないか?可哀相に。」


 闇から現れた男、チアゴは同情の眼差しで二人を見ている。

 しかし、ビキビキと音を立てて、肉体は野獣へと変貌していく。


「お前のような野良犬にはわからんさ、この誇らしさは。」


 穏やかな顔の二人。

 長年の鍛錬と経験で出来上がった肉体は、自然な動作で染み付いた臨戦のポーズをとる。


「リベラは、死んだら銅像にでもしてくれるってのか?」

「失ったと思っていた、力を尽くす意味を得た悦びだ。」

「力を振るう喜びならよく知ってるが、そこに意味なんてものは無い。」

「見解の相違だな。」


 チアゴは嘲笑を浮かべ、二人は高揚で口角を上げた。

 こんなにも、胸を熱くする事があるだろうか。

 恩人は、真の聖具を護る銃士にしてくれたのだから。


「お手並み拝見だ、後輩。」

「楽しませてくれよ、先輩。」


 暗闇に、黒と白の閃光が走った。


 


 

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