第41話 魔王「魔改造したよ☆魔王だけにね!」

「何なんだ?!コイツは……?!」


 猟犬ハウンド達は動揺し、冷静さを欠いていた。

 目の前の男は赤紋付与者ではない。

 ただの人間にしては力も速さもある事は認めるが、自分達ほど超越しているわけではない。

 国一番の怪力だとか、国一番の俊足だとか、そんな程度に垢抜けただけの凡夫だ。

 その動きは全く、目で追える。

 見えていて、完全に包囲している。

 

「なのにっ……何故?!!」


 また一人、キララの振る白刃に腕を落とされ崩れ落ちる仲間。

 向かえば切られる、短時間で刷り込まれた恐怖という枷が足を大地に縛り付けるようだ。

 短剣がカタカタと音を立てるほどの震え。

 狼狽し、動けない。


「俺達は獣人ライカンスロープ部隊だぞ?!人の身体能力を大きく凌駕しているのに、何故、攻撃が当たらない?!何故、刃を回避出来ない?!」


 恐怖を振り払おうと絶叫する猟犬。

 他の者も思いは同じだった。

 自分達より明らかに弱く劣っている男が、決して歯の立たない無欠の巨人に見える。

 そこにあるのに突き壊せない水と同じ、そこにある鈍足の的に触れられもしない。

 本来の目的も忘れ、猟犬達は完全に空気に飲まれてすくみ上がった。


「お、お前は、何者なんだ?!」




 全く同じ事を思ってるのがこの私だよ!!

 やべぇやべぇとは最初から思ってたよ!

 寺田さんこの人人間なのかどうかも怪しかったけど、結論出たわ!

 絶対人間じゃないわ!


 剣を持ってからの体の感覚がおかしい。

 水を得た魚だとか、鬼に金棒だとか、そんな表現じゃ生温いくらいの剣のフィット感と無敵感。

 この人達が強くて厄介なのはわかる。

 の目で見た限りでは、リーコくん以上ラウル未満で、数が多い分こいつらの方が危険だ。


 それに対してこの圧倒劇は何なのさ!

 

 ラウルの時との一番の違いは、体が完全に主導権を握っているとしか思えない思い切りの良さだ。

 対ラウル戦では、私の迷いや躊躇いがそのまま動作を鈍らせているのがわかった。

 でも今は違う。

 私は躊躇っているし、恐がっている。

 なのに体は私の意思なんか関係無いように戦いを受け入れる。

 まるで反射のように。


 寺田さんは、そんなに剣を振って来たの?


 もしかして、そんなに───


 ───人を斬ってきたの?!


 それに、おかしいのは斬られた方だ。

 喉を突かれたら倒れるのはわかる。

 胴を斬られたら倒れるだろうとも思う。

 だが、手首を飛ばされて絶命するのはどういう理屈?!

 思い起こせばリーコくん達も、棒で殴っただけで絶命していた。

 同じように殴ったオラウくん達はピンピンしていたのに。

 味方はいいけど敵はアウト、なんて、そんな都合のいいカラクリでもあるっていうの?!

 

──────────


「魔王様、キララ様がうろたえていらっしゃいますよ。」


 観戦していたシーバが、半目になって魔王を見る。


『やぁっと気付いたのか。ふふ、テラダらにとっては都合がいいだろう?強い挙げ句、すぐ再生するような邪気人間相手に、一撃食らわせる事が出来ればいいんじゃから。』


 魔王は得意げだ。


「……テラダ様はいいかもしれませんが、キララ様には都合がいいとは言えないかもしれませんよ。あんなに怯えていますし。」

『だからこそ都合がいいんじゃ。逃げ回っていては、いつまでも終わらん。』

 

 そうではないのだが……と、シーバは魔王の開き直りを冷めた目で見ている。


『邪気で強化するなど、儂にとってはママゴト同然じゃ。アレ・・に出来る事だ、儂に出来ない道理は無い。より完全なものに仕上げる事もな。邪気の与奪の第一人者は儂ら・・だ。他の誰も、逆立ちしたって敵わん。』


 ふんぞり返ってはいるが、口調はどこか物哀しげでもある。


「……大切なものではなかったのですか?……それに、本当にそんな結末になっても良いと?」

『テラダらは儂の覚悟の証だ。彼奴らに全てを託した。彼奴らがこの先何を選択しようとも、儂は受け入れるだけだ。』


 玉座に在る巨大な魔王だが、漂う哀愁のせいで少しばかり小さく見える。

 シーバは引き続き、双眸を青白く光らせて、魔王の願いが託された者達を見詰めた。


「……ところで、魔王様。PTSDというものをご存知ですか?」

『むう、お前はいつから異世界知識をひけらかす気取り屋になったんじゃ。勿論、知っているぞ。……ああ、キララの事か。なぁに、事が済めば元の世界。覚めた後は夢の出来事に過ぎんよ。』

「……………。」


──────────


「敵わないってわかったでしょ?!とっとと、尻尾巻いて逃げなさいよ!」


 そんな台詞で退散してくれるような生易しい敵じゃないとわかっていても、言わずにはいられない。

 わけもわからず棒で叩いてきた今までより、剣で斬るという感触と光景は、私に「戦い」を自覚させた。

 恐い。

 例え殺し合いをしている敵といえど、きっと私と同じように恐怖した顔の彼らを、私は殺せない。

 どうか、もう向かって来ないで。

 寺田さんの体は、決して刃を止めたりはしないんだから。


「随分と温い事を言うな。」 


 森の黒い影から緩慢な足取りで現れたスキンヘッドの巨漢が馬鹿にしたように笑う。

 ……待って、コイツ、私とキャラ被ってる。


「リーコ程度を殺って天狗になっているのか?」

「戦意の無い敵をいたぶる趣味は無いって言ってんのよ。」


 囲む敵が、登場したこの男に萎縮している。

 この男、凄く嫌な感じがする。


「殺る気満々なら歓迎するって意味だな?」


 きっとコイツがディンゴって、群れのボスだ。

 囲んでいた連中が私を譲るようにして数歩退いている。

 ブチブチと音を立てて、ディンゴの体が膨らんでいく。

 爪と犬歯が伸びて、目の色が変わって……ああ!!オオカミ男だ!!

 うわあっ!オオカミ男だよ!!

 変身してるんだ!!

 ……って、思ってたんと違うやないか!!

 毛は?!モジャアってしないの?!

 口伸びないの?!

 顔面オオカミってより、ナマハゲじゃん!!

 

「俺達αアルファ個体はコイツらβベータ個体と違う、完成された獣人ライカンスロープだ。相手に不足は無いだろ?剣一本でどこまで俺に通用するか、試してみろよ。」


 全然ファンタジーじゃないナマハゲ男が気持ち悪く笑う。

 キモ恐っっ!

 

「コイツは俺がやる、お前らはチアゴのサポートに行け。」


 囲んでいた連中は素早く私の包囲を解いて私邸に駆けていく。

 ちょっと、早っ!よく訓練されてますね!!


「待ちなさい!通すわけに…」


 ゾッと悪寒がして私はディンゴを見た。

 寺田さんの体が反応して無かったら、多分、顔面に穴が空いてる?!

 左耳をかすめたディンゴの爪。

 顔近っ恐っっ

 伸びた腕を両断しようと剣を振るが、ディンゴは引きも速い。


「よそ見してると首が飛ぶぞ?」


 嬉しそうにしてる……サイコパスか!

 こいつに背中を見せたらダメな気がする。

 ミゼットさんとムタくんが気になるが、今はこいつに集中しないと。


「今の寺田さんは手加減出来ないんだからね。後悔したって知らないわよ。」

「何言ってるかわからんが、上等だ。」


 空耳でゴングが聞こえた。

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