第39話 この問題、練習でやったよ!

 トップスのテーブルがざわめき立った。

 妖艶な貴婦人がディーラーの正面に着座したからだ。

 見据えられたディーラーは、思わずカードを取り落とす。

 周囲にいる誰も、ただ目を奪われるだけで彼女に話し掛けないのは、あまりの美しさに気後れしているのか、それとも彼女の連れているワニがパカリと大口を開けているからか。

 貴婦人の整った真っ赤な唇が、愛らしい花のような侍女にそっと耳打ちする。

 そんな天上絵図にため息をして惚けるディーラーに向かって、侍女が掌を向けた。

 カードを配って、と。

 夢から醒めたように頭を振ると、ディーラーはカードのシャッフルを始めた。

 共に卓に着く3人の客は未だに卓に向けないようだが、ゲームは開始される。


 シャッフルマシーンの無い世界で、ディーラーが綺麗に、そして見栄え良くシャッフルするカードには癖がある。

 新しいカードの順番は決まっていて、それが行儀よくシャッフルされたカードの統計を何となくでも心得ていれば、カウンティングの効果は相乗される。

 素人ラウル相手ではあったが、バースの高額勝率のほとんど全ては、並外れた記憶力に裏打ちされた高い予測率によるものだった。


(あとは、度胸ね。)


 本当は失神しそうだ。

 こんなに大勢の知らない人間に注目されるなんて、バースのノミの心臓に耐えられるものではない。

 気を抜けば一瞬で卒倒してしまう。


 演じてみて。


 手袋を見ればキララの声がするようだった。

 そうだ、演じろ。

 ふてぶてしいテラダのような、自信に満ちた女性を。

 横目でテラダを見れば大口を開けてピクリとも動かない。

 何て堂々としているんだろうと、感心したバースの口がポカンと開いた事は、ここだけの話にしておこう。


─────────


 寺田さんの体って、力があるとか足が速いとかだけじゃなくて、目とか耳もいい。

 注意深く耳をすませば、目の前の森からざわざわ音を立てて誰かが近づいてくるのが、こんな離れたとこからでもわかる。

 寺田さんならもっと正確にわかるのかもしれないなぁ。

 私は焙烙玉に点火して、目標地点上空目掛けて次々と投げ付けた。


 ボンボンっと大きな音を立てて缶が破裂する。


「?!」


 近づいて来ていた猟犬ハウンド達は足を止めた。

 つま先あたりに破片が飛ぶが、木々に遮られその効果はほとんど無い。


「こんな森の上空で焙烙玉か、敵は素人か?」


 猟犬達は鼻で笑うが、その瞬間、木々に吊るされていた瓶目掛けて、メルの発砲した玉が次々に着弾した。

 瓶が割れ、中身がハウンド達に降り注ぐ。


「何だ?!」

「?!……液体?!」


【チアゴ部隊は3つの群れで構成されていると思って下さい。群れのボスはミセリ、ソラーテ、ディンゴ。それぞれが10人ほどの猟犬を指揮します。ミセリとソラーテは正面から獲物を追い立てる役。必ず、猟犬は正面から一列に侵攻して来ます。】


「よし、全部ヒット。僕からのおごりだよ。」


 望遠鏡で確認したメルが笑う。


【彼らは犬並の優れた嗅覚で潜伏する敵や罠を察知します。】


 液体を浴びた後、猟犬は視界がくらりと回る気がする。

 

「…さ、酒?!」


 強すぎる酒精に鼻が麻痺し、感覚が狂う。

 更に、呼吸が苦しくなる者まで現れる。


「鼻が利きすぎるのが仇になったな。」


 前方にいるラウルが姿を見せると、猟犬の一人が慌てて銃を構えた。


「……お、おい!撃つな!引火するぞ?!」


 銃を取り出した猟犬はハッとして撃ち方を止める。


「前方の敵は囲んで仕留めろ!」


 猟犬達が一斉にラウルに向かうが、ラウルは悠然とナイフを取り出すと、一本の紐を摘み上げた。


「鼻も利かず酔いも回ってる所に敵が現れると、冷静な判断が出来なくなる。そうなると…」


 ナイフで紐を切り落とす。


「?!」


 ザザザっと四方から音がしたと思ったら、猟犬達に大きな木の杭が飛んできた。

 数人がその餌食となる。


「簡単なトラップにも引っ掛かる。」


 ラウルの口角が上がる。

 杭を回避した者も、その回避先の仕掛けスイッチを踏み抜き、また新たな罠の餌食になる。


「ぎゃあ!!」

「……!!」

「くそっ、こんな所にも……?!」


 落とし穴、かすみ罠、トラバサミ、ドミノのように回避しては次の罠を発動させて、部隊は混乱した。


「ソラーテ部隊が壊滅状態だ!アルコールで罠の発見が困難になってる、ミセリ部隊は迂回して背後を取れ!」


 前線は素早く指示を出し、大きく迂回を始める。

 リベラ邸北は丘陵の中腹に低木になる地帯がある。

 ミセリ部隊は罠のある高木の森林帯を避けると、どうしても低木地帯を進まねばならない。

 低姿勢でもギリギリ頭頂が露出してしまうほどの。


 タン、タン、タンと、遠く連続発砲音が響いたと同時に、3人の猟犬が倒れた。


「?!……狙撃だ!」

「くそっ……全速で駆けろ!」


 夜闇の中を素早く駆ける部隊だが、一人、また一人と離脱していく。


 排莢し、装填、射撃まで流れるように淡々と行うメル。


「隠れる敵を炙り出して狙い撃ち、君らが東征でやった方法なのに、引っ掛かっちゃうんだね。」


 数百メートルの射程で次々と頭を撃ち抜いていく。

 

「取りこぼしは無しだよ。」


 完全にメルのフィールドにあっては、先へ進める者は一人としていなかった。


【ディンゴは別働隊として、橫撃や挟撃を行います。ミセリとソラーテが巣から追い立てる役としたら、ディンゴは待ち構えて逃げ場を無くす部隊。必ず先んじて退路を断ちに来るはずです。】

 

 それが、東倉庫と私邸の間あたりになるそうです。

 今、私が棒立ちしてる場所。

 さっきからバンバン音がするし、たまに悲鳴っぽい声もするし、私ここに一人だし、心細いっつーの。

 いや、ラウルもメルさんも各自頑張ってるんだから、文句言っちゃいけないよな。

 作戦上手くいってるのかなーとか考えてたら、


「……マジで来たっぽいな……。」


 隠す気無いだろって勢いでこっちに来る人影。

 結構な数。


「さて……私も頑張ってみなきゃね。」


 背後のホテルでバースさん達が頑張ってるんだから。

 私は剣を抜いて、深く息を吸い込んだ。


「あんた達、かなり間抜けなワンちゃん達ね!私に敵うと思ってるなんて!弱い犬は強者に腹を見せるって知ってる?!寝転がって命乞いするなら許してあげるわよ!あんた達は全然可愛くないけどね!」


 こんな安っぽい挑発、する必要あるのかしら?

 っていうか、間に受けるのかしら?


「バカが粋がってるな!」

「どうせ鮮血部隊を知らない田舎者なんだろ?!」


 めっちゃ挑発に乗って来た!

 私を囲もうとして広がっていくのがわかる。

 私は一点突破!とばかりに駆け出した。


【キララ、お前はディンゴ部隊を引き付ける役目だ。部隊を邸内に侵入させないように、挑発して逃げ回れ。私邸に向かったら攻撃して、追っかけて来たら逃げる、ヒットアンドアウェイで苛つかせろ。】


 嫌な奴だな、それ。

 でも、ミゼットさんやムタくんが無事に聖杯を見つけるまでの時間稼ぎが、私の仕事だ。

 私は駆けながら剣を構えた。


 何だか違和感があるが、やはりしっくりきている気がする。

 両手で柄を握りしめると、寺田さんの体が、まるで歯車が噛み合うように、隅々まで全開で稼働するような感覚になった。

 馴染みすぎる手足。

 俯瞰の広がる視野。

 剣は、大正解だったかもしれない。


「……っな」


 狙いをすました一人の、足がどこへ向かうか、手はどう動くか、視点は何を捉えるか、見通せる。

 全部、わかる。

 刃が胴を滑り抜けて行く。

 ただ踏み込んで通り過ぎていくように、寺田さんの体は静かに対象を打った。


「?!」

「………寺田さん、剣の達人だったんだ…?」


 一人が倒れ、私の間の抜けた感想が呟かれる間、他の連中は、そして私も、あ然とした。


 棒の時と全然違う。

 上手く言えないけど、全っ然違う!


「……ディンゴ部隊!距離を取って囲め!」


 近接戦闘を避けて飛び道具を構える。

 ディンゴ部隊は素早く的確にキララを狙う。

 狼の部分が警鐘でも鳴らしているのだろうか。

 こいつは危険だと、全ての猟犬が今この場で、キララを抹殺すべきだと危機感を募らせた。

 作戦の意図としては、ディンゴ部隊の注意を引き付けられれば良かった。

 彼らが退却を選択しなかったのはキララにとって幸運だった。


 しかしもう一方で、それはキララにとって一つの不幸でもあった。

 

 

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