第38話 リベラ会頭「盛り上がって参りました」

「今夜はレプロスで紡績組合の会食の予定だったはずですがね。足の速い会頭はまだコーディネートに悩んでいても間に合うんでしょうな。」


 赤いピアスの護衛の嫌味は怒りも混じった声音。

 皺の多い額と眉間にはより深い皺が、ツリ目はもっと吊り上がって、気難しい人相に拍車がかかる。


「君のような律儀な部下を大勢抱えているから、僕まで律儀でなくてもいいんだよ。むしろ、仕事の為に仕事を行うなんて退屈した人生にいる者は成功者とは言えない。」


 白いバニヤンを羽織って姿見の前に立つ男、リベラは、鏡越しに用心棒に笑い掛ける。

 綺麗に手入れされた髭を蓄え、ふっくらと貫禄があるが、面立ちは幼く、長い手足と背筋は真っ直ぐ伸びて若々しい。

 この上品な紳士の子供じみた悪戯心に、護衛は毎度悩まされるのだ。


「商いは信用が第一かと思われます。」

「まさしく!君は畑違いなのに慧眼があるね。その通りだよ、商売は信用で成り立つものだ。そして、僕に対する信用というのは、何時に共に食卓を囲むとか、何時に退屈な演劇を鑑賞するとか、そんな誰と入れ替わっても可能な約束を果たす事じゃない。僕への信用というのはね、僕のイマジネーションへの信用なんだ。」

「イマジネーションですか。」

「そう!僕が生み出す驚きや興奮に、みんな投資するんだよ。楽しむ事こそが利益を生むと知っているからね。」


 衣装が決まったと満悦な顔のリベラは、南のホテルを窓から見渡す。

 時に身を乗り出し、まるでソワソワしている。


「今夜は決して楽しいアトラクションにはなり得そうも無いのですがね。」


 逆に、護衛は苛立っているようだ。


「古い友人に会えたんだろう?」

「見掛けたのです。そして、今からやって来るのは顔も見たくない野蛮な後輩達です。」


 焦燥からか、落ち着き無くドアとリベラを交互に見る護衛に対し、リベラは蒸留酒を注いだグラスを持って、焦る事など何もないとばかりにベルベットのソファに深々と腰掛けた。


「詐欺までして手に入れるような物では無かったのでは?」

「そもそも論は聞きたくないよ、批判的で生産性の無い連中の言葉遊びだからね。コレクターは希少価値を求めるもので、破魔の聖具は世界に四つしか存在しない希少品だ。たったの四つだよ?収集欲をそそられて当然だろう。」

「三つです。四つではありません。」

「そうだ、三つになってしまった・・・・・・・んだ。」


 酒を一口含むと、リベラはグラスで護衛を指して意を得たりと笑う。


「世界に敵はいないと言われる正教会の聖部隊が血眼になって探し求め、壊したくて仕方がないものだ。放っておけば消滅してしまう。きっと王冠より、教皇の錫杖より、よっぽど価値があると思わないか?」

「災いを招いてもですか?」

「それもまた価値の一つだよ。呪われた宝石、悲劇を呼ぶ黄金のゴブレー、災いを招く聖具。」 


 好事家とはかくも厄介なものかと、護衛はため息をする。

 グラスの中の琥珀色をくるくる回し眺めながら、リベラは髭を撫でる。


「おかしな話だよね。本物の聖具は存在を否定され、巷には何百何千という偽物の聖具・・が溢れている。」

「本物より偽物が利益になる事もあるでしょう。」

「一体誰の・・利益になるんだろうね?」

「……会頭は本物主義でしたかな?」

「いや。欺瞞だらけの利害関係ステークホルダーに興味があるだけさ。」


 空にしたグラスにまた、酒を注ぎ始める主は、意地でもここに居座る気なのだろう。

 護衛は眉間を揉んでから、諦めのため息をして姿勢を正した。


「……最善は尽くしますが、保証はありませんよ?」


 リベラはいつも、最終的には我儘を許容してくれる大好きな護衛に、愛嬌をこれでもかと盛った笑顔をした。


「時に商売はリスクをとるものだよ、気にしないで。それに、君の言った通り、何に置いてもまず信用だ。僕の最大の信頼を受け取ってくれ、ガラン。」


 ガランと呼ばれた護衛は恭しく一礼すると足早に部屋を出て行った。

 グラス越しに見えるホテルの灯りはオレンジと……少しの赤色が滲んでいるように映る。


「だって、見てみたいと思うじゃないか。……今夜はきっと、本物に出会える。」


 抽象より写実をとか、オマージュよりオリジナルをとか、リベラにはそんなこだわりは無い。

 彼のほとんどを支配する「ただの好奇心」に抗えない事を、彼自身も少しだけ、悩ましいと苦笑いした。


──────────


 ガランは脱走兵ではなく、部隊ごとお払い箱になった廃棄部隊の隊長だった。

 「ライア聖銃士隊」

 正教会でも指折りの権力者、バルデ枢機卿の近衛兵で、その実力は折り紙付きだった。

 廃棄になった理由は簡単だった。

 試験体の旧式赤紋から必要なデータは取れたから。

 それに関してガランは悲嘆していなかった。

 因果が報いただけだと考えているからだ。

 しかし、捨てる神あれば拾う神ありとは言ったものだ。

 まさしく信仰を捨てたガランに、新たなが出来るとは。

 ある時、何故残り少ない自分達の余命を買い取ろうなんて思ったのか、リベラに聞いた事があった。

 不老処理薬は高価で、短期間しか使い物にならない聖人を大勢抱えるのはコストがかかるだけで見返りは少ないのだ。

 すると、彼はそれは深刻そうな顔をして腕を組み、考え込んでから言った。


「すまない、どう言えば君が歓喜して泣くだろうかと色々考えたんだが、何も思い付かなかったよ。」


 悪戯っぽく笑う主は同情や博愛や打算などではなく、我々にただ、単純な興味を持っただけだったようだ。

 あなたに益をもたらすとは思えませんが、という私に、主は、だったらジョークの一つでも覚えて僕を笑わせてみてよ、と返した。

 我が主は無邪気で気紛れだ。

 そのお陰で今ここに生きている自分達が、どうして主の酔狂を咎められるだろうか。


「我々以外の何者かがチアゴを迎撃するようだ。」


 5人の旧友と共に、時代遅れの銃士の制服と聖具を身に着ける。


「ミゼットは元気そうだったね。」

「奇縁というやつだな。」


 もう一人の旧友とは、今夜は剣を交える事になりそうだ。


「外はどうでもいい。我々が成すべき事は、つつがない普段の邸内を維持する事だ。一歩でも屋敷に踏み入ったらどうなるか、リベラに手を出す者がどうなるのかを、侵入者に教えてやるだけだ。」


 かつては誇らしく着ていた制服が再び目の前に並ぶと、ガランはあまりにも滑稽に思えて気難しい顔が緩んだ。

 他の面子も同じように笑っている。

 危機的な状況にあって愉快になってくるとは、自分達は思った以上に主に感化されているらしい。


「宣誓も祈りもしない。この戦いは一つの道楽だ。リベラの用心棒らしく、をもてなしてやろうじゃないか。」

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