第34話 不思議の国のきららちゃんと寺田さん

 ジュリアとバースは共に、ミゼットに付け焼き刃の作法を教わっている。


「最初に金貨とチップを交換しますから、ジュリアさんはボーイに鞄を渡して下さい。チップは10レンスチップと100レンスチップの2種類だけです。一言、全て10レンスに、と言うだけで結構です。」

「す、全て10レンスに……」


 緊張してぎこちない動きになるジュリアに、ミゼットは優しく笑いかける。


「構えなくて大丈夫です。そして、手は出してはいけません。」

「え?でも、受け取らないと…」

「まずチップの確認をして下さい。10レンスチップの10枚の束が20あるのを確認したら、後はゲームの間、ボーイがチップを持ち歩いてくれます。」

「そ、そうなんですね。あの、賭ける時は…?」

「バース様からジュリアさんが伝え聞いた額を、そのままボーイに告げるだけです。」

「な、なるほど……」


 バースは直接誰かと話す事はしなくていいらしい。

 それにはジュリアもホッとする。

 

「それから、」

「あの……」


 珍しくバースから話し掛けるので、ジュリアとミゼットは少し驚いてバースを見た。


「バース様、何か?」

「あの……。………こ、こんな事、聞くの、可笑しいかも……。……キララさんと、テラダさん……って、どういう方々…ですか?」


 ミゼットとジュリアは顔を見合わせる。

 バースが気にしている一人と一匹、実は二人からしても何者かよく解ってはいない、ちょっと不思議なコンビだ。

 しかし、ジュリアにしてみれば正体など些末に感じられる程、自分達の命と、一族の恩人という思いが強い。

 ジュリアはバースに向き直ると、満面の笑顔で出会いからここまでの経緯を語って聞かせた。


「……というわけで、キララ様とテラダ様は私達勇者の一族を助けて下さっているのです。」

「はあ……」


 バースのその顔は、どうも釈然としないといった様子。

 ジュリアは何が気になるのかわからない、という不思議な顔をしていたが、ミゼットは心当たりがあるように語りかける。


「私も初対面の時は警戒しました。彼らは何というか……変わっていますからね。」


 ジュリアの手前、ミゼットは言葉を濁した。

 今でも忘れられない、初対面で放たれた威圧。

 剃刀で喉の産毛を剃り取られていると錯覚するような、鋭く容赦の無い敵意だった。

 戦う前に恐怖で戦意を挫かれたのはいつぶりだったろうか。

 赤紋持ちでもない、ただの人間。

 だが、本当にただの人間なのか疑わしい威圧だった。

 油断ならない連中だと用心していたが、蓋を開けてみれば、キララという人物の心柄は拍子抜けするほど凡庸だった。

 その類稀な才幹と精神が乖離していると思えるほど。

 それはそれでまた謎ではあるが、最も謎めいて歪とも言えるのがテラダだ。

 言語を操る神獣というのは話には聞いていたが、その存在は奇態そのものだ。 

 彼は獣らしからない考えをする。

 そして時折見せる、キララでも圧される、妙な迫力。


「彼らは……とても、強力な存在です……」


 キララ達を恐恐と眺めるバース。


「特に、て、テラダさんは……。私、最初、死ぬかと思いました……。」

「ああ、テラダ様は厳しいお方ですからね。」


 ジュリアは苦笑いして、湖に飛び込んでいくテラダを向く。

 

「彼らが善良だとわかります、けど……けど……とても恐ろしい……」 


 唖然とする村人達に囲まれ、人と思えない力で斧を振り、木々をなぎ倒していくキララを見て、ミゼットも「さもありなん」と苦笑する。


「大丈夫ですよ、恐いなんて!キララ様はとっても優しくて素敵な方です。」


 それは表面的な親切で、この不安の根源は彼らの深層にあるのだが……と訝しむが、バースはジュリアの信頼し切っている笑顔に句が継げなくなる。

 そして惚れ惚れとキララを見るジュリアの顔を一瞥して、バースは小さく、ああ、と声をもらす。


「ジュリアさん…キララさんに恋してますね…」

「え?!」


 ジュリアは赤く染まる頬を手で覆うと、恥ずかしそうに俯いた。


「で、でも…私なんて……。それに、キララ様は…」


 そして何故かミゼットを見る。

 その恨めしそうな視線に、ミゼットの笑顔もひくりと引き攣る。


「え?ええ?あ……え?……ええ?!」


 青褪めるミゼット、妬まし気なジュリア、そして遠く斧を振りかざす男振りなキララ、と、人見知りもどこへやら、バースは抱いていた一抹の懸念もすっかり忘れて、首を右へ左へと嬉しそうに振っていた。


──────────


「……大体、こんなもんかな。覚えたか、ムタ。」

「うん。大丈夫。」


 リベラ邸内について、いくつかの情報をムタに教えこむラウル。

 貧弱だが、記憶力はあるんだな、と、暗唱するムタの顔を見て満足げに笑う。

 並行して両手は、乾パンの鉄製の筒をいくつか取り出し、中の乾パンをザラザラと出して空にしていく。


「……何してるの?」


 あたかも勿体ないと言いたげに、ムタは乾パンを見ている。


「焙烙玉を作る。」

「焙烙玉?」

「中に火薬を詰めて爆発させる。そうすると、缶が破裂して破片が飛び散る。」


 説明を聞いただけで、ムタは思わず身震いする。


「殺傷力は期待出来ないが、虚仮威しや足止めにはなる。」


 爆発物でも有効な攻撃にならない事に、ムタは驚く。

 慣れた手つきで火薬を調合していくラウル。

 彼らも、島で見たような兵士達と戦って、そして生き抜いて来た傭兵なのだと、その淡々とした作業を見ていて感じる。

 思わず、喉が鳴る。


「ラウルー、買ってきたよ。」


 メルが酒のケースを持ってくる。

 ラウルが早速ビンを一本取り出して飲み始めるので、ムタは酒盛りでもするのかと眉をひそめた。

 

「こんな時にお酒なんか飲んで……」

「バーカ、アルコールの確認だ。」


 何だよ、それ。

 ムタは呆れてラウルを見るが、ラウルもメルも鍋の中にドボドボと酒を注ぎだした。

 それをもう一つの鍋と重ね、棒を一本通し、その先にまた乾パンの缶を置く。

 一体何をしているのかさっぱり理解出来ない。


「何してるの?」

「アルコール度数を上げるのさ。」


 度数を上げる??

 これが一体何になるというんだろう?

 しかし、至って真剣な二人。

 メルも片手間に大小様々な銃やら銃弾やらの手入れを始める。

 キララは基本的に武器を持たなかったから、ムタは初めて目にする二人の様々な武器を釘付けになって見る。


「触んなよ。」

「さ、触らねーよ!」


 好奇心に釘を刺された気になって、ムタは頬を膨らませる。

 しかし、綺麗に手入れされ揃えられた銃やナイフへの少年の憧憬は、注意の一つや二つで止むはずがない。

 使いこなせたらやっぱり、かっこいいだろう。


「……僕も、こんな武器があれば戦えるようになるのかな。」


 思わずポロリと本音が出た。


「無理だな。」


 すかさずラウルに否定されてムッとする。

 テラダに次いで、無理と言われたのは二度目だ。

 無手で無双するキララの域は到底手が届かないが、これだけの装備があれば自分だってそれなりになれるんじゃないかと、ムタは安易に考えていた。

 だからテラダの時より反発心があった。

 そしてラウルは、それも見透かして否定している。


「ここにあるのは全部、赤紋強化の聖武器だ。一般人にゃ使いこなせねぇ。」

「あんたらは使ってるじゃん。」

「馬っ鹿おめぇ、聖武器ってのは基本的に、絶体絶命の一か八かで使う最終手段って扱いなんだぞ?」

「???お前らいつも絶体絶命なの?」

「だから、そこが俺らの違うとこなの!いいか、赤紋付与術は生存率が2割を割る。だから、正教会は生身でも赤紋の力を使えるように武器に付与したんだ。だが、それでも実装に至った武器は僅かだ。俺達が買い付けてるのは実装出来なかった欠陥品なのさ。」

「これ全部欠陥品なの?!」

「何で欠陥品と言われるのかわかるか?」

「……??すぐ壊れる??」

「生身じゃ使いこなせねーからだよ。」

「???お前らは使ってるじゃん??」

「だーかーらー!」


 苛々しだしたラウルを笑いながら、メルがボルトアクションライフルを取り出してムタに差し出す。


「持ってみなよ。」


 ムタは不思議な顔をしてライフルを受け取るが、


「?!!」


 あまりの重さに銃を落としてしまった。

 メルが軽々と持っていたから、ムタは予想外の重量に驚く。


「聖武器は全体的に重いんだ。一体何の素材で、どうやって作られたのかすらわからない。この銃も、一般的なマッチロック式に比べて装填も早いし、貫通力も射程も命中精度も数倍高い。でも、重すぎるし反動が大きくてブレ易い。弾詰まりも頻繁に起こる。一般人が使っても、精々2、3発が的外れに飛んで、弾が詰まって終わりだ。」

「俺の鎧も同じだぞ。スピードもパワーも上がるが、反射神経が追いつかなきゃ自爆して終わる。だが、威力はお墨付きだもんだから、一般的な傭兵は最後の切り札として持ち歩いて、生き残る方に賭けて使うんだよ。」


 わかったか、ガキ!と、鼻を鳴らすラウルに、ムタはまだ仏頂面だ。


「でもキララ様に負けたじゃん。やっぱ僕は、武器なんかに頼らない、キララ様のような武術の達人を目指す事にするよ。」

「「それこそ無理だ」よ。」

 

 二人声を揃えて否定され、また反発しかけたムタだが、二人の真剣な顔付きに、出かけた言葉が喉奥に引っ込んだ。


「あんな綺麗な所作で、しかもあの力と反射神経、人間じゃねぇよ。」

「武装したラウルと生身で、しかも素手でやり合うなんて人間は初めて見たよ。それに、あのワニも大概だけどね。本当に生き物なのかどうかも疑わしいよ。」

「奴らは一体何者なんだ?」


 雲の上だと思っていたキララだが、戦闘のプロにそこまで言わせるとは、ムタもキララの途方の無さを改めて実感する。

 そして何者かと問われれば、自分は彼らの事をほとんど知らない事も思い知る。


「僕は……キララ様を、ご先祖様が遣わされた勇者様だと思ってるよ。」


 そういう事を聞きたいんじゃねーんだけどなぁ、と、ラウルは口を曲げるが、


「でも……キララ様は…何ていうか……ちょっと、変わった所があるんだよね。」

「変わったところ?」

「キララ様は凄く強くて優しいんだけど……たまに、女の人みたいな事をするっていうか……話し方もなんだけど……。女のコより、男の人が好きなのかな?、とか……」


 聞き捨てならない情報に、ラウルとメルは戦慄した。


「あ、でも!二人は絶対キララ様の好みじゃないよ。キララ様は、ミゼット様みたいな上品な人が好きなんだ、多分。」

「…………そうか、……そりゃ……良かった…。」

「………うん………。」


 尋常じゃない腕力で丸太を運ぶキララを空虚な目で遠く見つめながら、ラウルはミゼットに少しだけ優しくしてやろうと思った。



*乾パンはレイ族が美味しくいただきました。

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