第33話 それは事前の準備と対策です

 寺田さんの一言に、一同はしばし唖然とした後、一斉に反論が始まる。


「寺田さん?!全部やれって言うけどさ、邸宅の警備には島に来たようなタイプの用心棒がたくさんいるし、もしかして島の連中より厄介な軍隊が同時に攻めて来るかもしれないんだよ?!」

「こちらは数でも圧倒的に不利です。分散して対応すれば失敗するなんて、子供でも解りますよ。」

「そうだよ。君は平気かもしれないけど、僕らは銃弾も弾かないし、装備にも限りがあるんだよ?」

「そうよ、それに、こっちには非戦闘員もいるんだし。」

「ぼ、僕は非戦闘員じゃありません!」


 ムタくんが息巻く。

 いや、ムタくんの事を言ってるわけじゃ…、いや、ムタくんの事だった。


「僕にも、出来る事があるはずです!キララ様達のようには戦えないけど……」


 ああ、ムタくん……気持ちはわかるけど……

 そういう次元じゃないっつーか。

 ミゼットさんも同情というか、憐憫混じりの微妙な顔してるし。


「お前はどうだ、無精髭。ジュリアから剣を奪って逃げるか?杯の奪い合いを傍観するか?」


 寺田さんはラウルに問う。

 ラウルは腕を組んでしばらく瞑目する。


「お前は機があるという顔をしている。ならば、そうしろ。杯を取って逃げても、追われ続ける事は変わらんぞ。お前達が剣を追ったようにな。」

 

 ラウルは薄っすらと開いたジト目で寺田さんを見ると、頭をガシガシと掻いてミゼットさんを向いた。


「お前、チアゴ部隊をどれくらい知ってる?」

「個々のプロフィールを書ける程、よく知っていますよ。彼らは私の後輩ですからね。」

「よし!そんなら、そこのワニの言う通り、全部やってやろうじゃねーか。」

「いや、だからこそ戦闘は回避をと……」


 ミゼットさんの忠告を無視して、ラウルはニヤリと笑うと汚いリュックをガサゴソとあさりだした。


「待って待って待って、ラウル。また君はそうやってー…。ここは儲けは捨てて、杯を取って恩赦がベストだろ?」

「あのな、金に命を賭けるのが傭兵だ。五分の賭けになるかもしれねーが、賭けなきゃ話は始まらねぇ」

「出たよ、このギャンブル依存症は……そのせいで……」

「そのお陰で、俺達は生きてるんだろ?」

「……物は言いようだね……」


 メルさん、魂が抜けるようなため息を吐きながら、同じようにリュックを引きずって中身を確認し出した。

 メルさん、多分、苦労人なんだろうなぁ。

 ……って、いやいや、二人共、何やる気出してんの?!


「え、待って、本当に全部やるの?!カジノも行って、潜入もして、狼男と戦うっての?!」

「こっちにゃ情報ってアドバンテージがある。チアゴもリベラ邸内の情報は持っていないはずだ。俺達がこっちサイドにいるって事もな。そして、こちらは奴らの事も、リベラ邸の情報も持ってる。」

「それだけ?!それだけで本気でやるの?!大丈夫なの?!」

「戦ってのはそんなもんだ。そんでもって、そんだけで勝つ戦略を、今から練るのさ。」


 こころなしかラウルが楽しそうにしてやがる。

 私やっぱコイツ嫌い!

 ミゼットさんまで、やれやれ、と疑心半分諦め半分で、ラウルに情報開示を求め始める始末。

 えええ、マジで戦うつもり?!

 みんな寺田さんのYES&GOに踊らされてるって!


 結局、私も渋々、全部やる作戦に同意しました。


──────────


「チアゴ部隊はブロディ聖部隊の後方支援として派遣されていたようです。海上にいた彼らが上陸するなら、この、スペラの軍港。リベラ邸を襲撃するとしたら恐らく、明後日の晩でしょう。」

「リベラの邸宅は丘陵の中腹にある。西は街道で南はバカでかいホテルとガーデンテラス。カジノも南にある。客が出入り出来るのはここだけだ。チアゴが襲撃してくるとしたら北からだな。東は倉庫、邸宅の北がリベラの私邸で警備も厳重だが、杯があるのもここで間違いない。」


 地図を指し示しながら、ラウルはその脇に私邸の間取りを大雑把に描いていく。


「この辺りが警備の詰め所だ。そして緊急時、警備はリベラの護衛任務より客の避難誘導の為に外に展開する。」

「え?!護衛なのに護衛しないの?!」

「一商人より貴族が優先ってのは、大商会では常識だ。そして、それが潜入のチャンスでもある。……おい、ガキ。」


 突然呼ばれて、ムタくんはハッとしてラウルに向く。


「が、ガキじゃなくて、ムタだ!」

「聖杯を取ってくるのはお前だ。」

「え?!」


 私とジュリアさんは驚いて、ムタくんとラウルを交互に見る。


「リベラの金庫は普通の金庫じゃねぇ。中身を厳重に保管するより、直ぐに持ち出せる造りになってる。リベラは気紛れで、中身を持ち歩いたり、別の場所に置いたりもするんだ。」

「それって無用心じゃないですか?」

「盗っ人は金庫を狙う。金庫ってのはアホを一網打尽にする罠なのさ。リベラの金や証書、権利書はレプロスの地下大金庫にあって、それを知ってる奴はリベラ邸を狙わない。」

「聖杯もレプロスの金庫にあるかもしれないわよ?」

「そりゃねーな。」

「どうして?」

「金じゃねーからさ。自宅に置くのは一般には価値の無ぇもんばかりだ。富裕層では「リベラコレクション」といえば、ガラクタって認識だ。リベラは好事家で有名だからな。」

「せ、聖杯はガラクタではありませんよ!」

「そ、そうです!1万レンスもするんですから!」


 ジュリアさんとムタくんが食って掛かるが、ラウルは聞いちゃいねぇ。

 そうね、その1万レンス出したのがリベラだけよね。

 世間的に価値があるものなら、とっくに引っ張りだこで博物館とか王宮とかにあるわよね。


「でも、ムタくんに取りに行かせるのは危険じゃない?あんたの話だと、探し回らないといけないかもしれないんでしょ?」

「だからムタに行かせるのさ。リベラの私邸の使用人ってのはな、全部少年なんだよ。リベラの趣味でな。」

  

 おおおお、ゾゾっとしちゃった。

 リベラ、ヤバ!キモ!

 ムタくんも青くなっちゃってるよ。


「作戦はこうだ。まず、葉っぱ女と剣の女とワニはカジノで稼いでもらう。」

「わ、私もカジノに?」

「1人もんの貴族の女は侍女かパトロンを連れてるからな。あと、貴族の中には猛獣をペットで連れて来てる奴もいる。虎やハイエナや……ワニもな。」


 寺田さんペットですって。くすっ

 テラダ様がいらっしゃるなら安心ですけど…、と言うジュリアさんに対し、バースさんは震え始める。

 バースさん、寺田さんが苦手だからなぁ。


「チアゴの襲撃が無ければ、そのまま金を持って後日リベラと交渉すりゃいいが、恐らくそうはならねぇ。チアゴの襲撃に備えるのは、俺とメル、そしてあんただ、キララ。」

「はあ…」


 やっぱそうなるよねぇ。

 私、戦わされるよねぇ。

 そんなおっとろしい虐殺部隊とねぇ。

 ほんとは中身はただの一般女子なのに。

 ってか、呼び捨てされたくないんですけど。 


「そして襲撃の混乱に乗じて、ミゼットとムタは護衛や使用人に紛れて邸内に侵入し、聖杯を探して手に入れてくれ。」

「は、はい!」

「やってみましょう。」

「っしゃ!じゃあ、早速準備だな。明日の晩にはゴゼ入りする。」


 そして、皆さっと解散してしまう。

 えっと、ファイトーイッパーツ的な掛け声とか、無いのね?

 そういうの待ってたの、私だけかな?


 バースさんとジュリアさんはミゼット先生にお作法を習い、ラウルとメルさんはムタくんを連れて何かの作業を始める。

 残された私と寺田さん。


「……ねえ、寺田さん。私達、暇じゃね?」

「うん。暇だな。」


 暇人と暇ワニはレイ族に手伝える事は無いかと聞いて、私は森へ丸太の切り出しに、寺田さんは湖に漁に行きました。

 薪も大量、魚も大漁で、村人達に大変喜ばれました。

 

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