第32話 試験。戦。賭け事。共通して大切なもの
「………じゅ、じゅうはち……」
私とバースさんで、もう何度目かという
デッキは1組だけだが、バースさん、初めてと思えないほど覚えが早い。
「私は……12…、もう一枚開いて……あちゃー、バーストしちゃった。22で私の負けね」
チップに見立てた葉っぱをバースさんの方へ送る。
「ここまででいくらの勝ち?」
「えっと……140レンス……」
「凄い!バースさん、賭けるタイミング掴んでるわね」
「あ、でも…小さい負けが込んでる…思ったより…増えてない……」
「負けを小さくする事が大事なんだから、それでいいのよ。私の説明なんかでここまで出来るバースさんは凄いわ。やっぱり賢者ね」
「あ、…ありがとう……」
私は文系だし、カードカウンティングも映画の知識くらいしか無い。
そんな杜撰な情報だけで完璧にカウンティングを実践して見せるなんて、バースさん、只者じゃないわ。
私より理解が深く、没頭してブツブツ呟きながら理論を解いている。
賢者だわ。
そして美しい!
被り物をしない状況にも少しだけ慣れてきているみたいで、沈黙しちゃう事は無くなった。
やっぱり目は合わせないけど。
「カードの練習もいいけど、人慣れの練習もしなきゃいけないわね」
「はあ……。キララさんは……少し、大丈夫になった…けど……」
「本当に?嬉しいわ!」
「でも!キララ様がディーラーではありませんから!」
ジュリアさんの鼻息が荒い。
わあ、ひょっとすると嫉妬だろうけど、しつこいようだが内容乙女よ。
そして、バースさんがテンパるから威嚇するのやめてあげて。
「それに、客は貴族ばかりだよ。振る舞いや言葉遣いも何とかしないとね、バースちゃん」
馴れ馴れしく「ちゃん」付けして笑顔を振り撒く美形こと、メルさん。
バースさんが怯えるから不用意に近付かないで欲しい。
あと、お触りは禁止だから肩に触るなっつーの。
「淑女の作法が必要なの?あんた達が入店出来たくらいだし、大丈夫じゃないの?」
「ダメダメ。男は成金でもいいけど、女性はある程度の教養が求められるのがセレブ社会だよ。」
はあ、何だそりゃ男尊女卑ですか。
いつの時代だよ、って、ここ異世界だったな。
何でも、カジノというのは基本的に男性の遊び場で、女性は男性の連れ合いがほとんどだそう。
一人で来る女性客というのは、成り上がりでパトロン希望の男を狙いに来ている、という認識らしい。
「あんたパトロンになりたかったの?」
「いや、僕は全ての女性を愛しているから、特定の女性に独占されたりはしないよ。でも、ビジネスライクな関係を求める女性はいつでも大歓迎さ。」
こいつ最低だな。
「淑女教育……ミゼットさんにお任せ出来るかなぁ?ねえ、ミゼットさん。」
「うーん、女性のマナー指導は女性の方が適役ですが……。ボロが出ない程度の、基本的なマナーだけ習得するようにしましょう。幸い、バース様は寡黙でいらっしゃいます。寡黙は女性の美徳とされていますから。」
黙ってれば概ね問題無いのね。
良かったね、バースさん。
挨拶だのおべんちゃらだのが必要だったら計画頓挫してたわ。
「ところで、元手はどうするつもりなのですか?」
ミゼットさんが心配そうに尋ねる。
私は不思議そうにミゼットさんを見る。
「…………まさか、私に?」
「まさかも何も、ミゼットさん頼りでしたけど?」
「……私には貯蓄どころか、私産がありませんよ?」
「ミゼットさん個人にそんな無茶言いませんよ〜。領主さんから援助してもらえばいいんですから〜」
「領主の私財からも無理ですよ。」
「え?!何で?!」
「政治的な問題です。中立の領主が表立って反教会的な活動を支援する事は出来ません。私が皆さんとここにいるのも、名目上は「監視」ですから。」
「じゃあ、その監視の仕事上の経費って事で…」
「無理ですね。」
「えええ?!でも、必要な援助はしてくれるって!」
「領主権限の範囲内で、です。高額の賄賂は無理です。それが出来ればとっくに領主が商会から聖杯を買い取っています。」
「そんな……」
詰んだ。
何よ……結局、暗に脳筋で取り戻せって事じゃないのよ!
ブラックジャックだ〜ってあのテンション何だったんだよ!
異世界の権力者はいつだって主人公には無法で無償で上げ膳据え膳だったじゃん!
何だよ、この妙にリアリティ異世界!
途方に暮れる私に、何かが飛んでくる。
すかさずキャッチして手の中を見ると…ナンバープレート?
「俺達の貸し金庫の鍵だ。中に2000レンス入ってる。元手にゃ充分な金額だろ?」
クズ男ラウルがドヤってやがる。
「おいおい、ラウル。それ僕の前金も入ってるじゃん。」
「倍にしてくれりゃいい。剣を取ってこいっつー、この仕事の成功報酬額と同額だ。」
借金と合わせて21000レンス、十倍以上にしろって?
「……そこまで増えなかったらどうすんのよ。」
「そん時ゃ、剣を奪って依頼主に吹っ掛けるまでだ。」
不敵に笑うラウル。
こういう男、本当に苦手だわー。
見た目も汚いし。
「……多分、大丈夫…」
「バースさん?」
「か、カジノの…レート……上手くやれば、多分……十倍は難しくない…。…いえ、…で、出来る……」
絶対目を合わせなかったバースさんが、ちらっと私達を見て断言した。
きっと、かなりの自信があるんだ。
私とラウルは歯を見せてニヤリと笑う。
「言ったな、葉っぱ女!絶対勝てよ!」
「プレッシャー与えないで!バースさん、頑張りましょうね!」
挙動不審になるバースさん。
ラウル達にお金を借りるのは癪だが、とりあえず問題は一つクリアか。
胸を撫で下ろしていると、ミゼットさんの元に一直線にバサバサと何か飛んでくる。
鳩?
「わー、伝書鳩ですか?」
「はい。組織からですね。」
伝書鳩って個人に向かって飛んでくるの?
っていうか、通信手段、鳩か〜。
肩に鳩を乗せるミゼットさんマジシャンみたい。
足下の小さな筒から紙を取り出し広げるミゼットさん、表情が険しくなる。
鋭い眼差しで、鳩に興味津々な私に振り向くんだけど、ドキっとしちゃうからそんな目で見ないで。好き。
「この計画、バースさんの人慣れを待っている場合ではなくなりました。出来れば、今日明日にでもゴゼに向かわなければ。……最悪、カジノの作戦は放棄して、最初から潜入と聖杯の奪還を目指す事になります。」
「何かあったんですか?」
「正教会がリベラ邸に部隊を投入しました。2、3日ほどで到着します。」
「どこの部隊だ?」
ラウルの顔付きも真剣になる。
「チアゴ特殊作戦部隊です。」
「
ラウル、メルさん、ミゼットさんだけ顔が超マジなんですけど、私置いてけぼりなんですけど。
「何々?そいつら、強いの?」
「チアゴ部隊はただの赤紋持ちじゃねぇ。人体実験で、狼と融合させた
オオカミ男!
異世界ファンタジー!
「彼らの性質は残虐で粗暴です。捕虜を取らず全て虐殺し、作戦の度に返り血で真っ赤に染まる姿からついたのが、鮮血部隊という異名です。」
「どうすんの、ラウル。東征で小国を滅ぼしてるような部隊だよ。行くならカジノとか言ってないで、さっさと聖杯取って来なきゃ。」
「にしたって、リベラの私兵も侮れねーぞ?いっそ潰し合ってもらって、隙きを窺うしか無い。それに、聖杯を奪って来たってレイ族の借金は残るぞ?」
「それは困るけど……そうよね、担保が無くなったら取り立てもどうなるかわかんないし……」
「でもカジノなんか行ってる場合じゃないよ?命あってのものだねだよ、部隊が来る前に聖杯とって逃げてから、後のことは考えようよ。」
あーでもないこーでもないと方針を決めかねる私達の前に、いつの間にか寺田さん。
やだ、村の子供達にお花の冠付けてもらったのね、かわいい。
「杯がある限り追手はかかる。そして、葉っぱ女はやる気になっている。金も杯も取り、兵も返り討ちすればいい。」
一同、寺田さんの全部やれ作戦にポカン。
ワニの表情、やっぱよくわかんないけど、多分笑ってる?
話を聞いていたのかいなかったのか、また寺田さん、自信満々です。
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