第31話 バースさん、一念発起する
「キララさん、どういう事ですか?」
「ねえ、鎧男!」
「だからラウルだっつってんだろ!」
「リベラ直営カジノの支払い最高額っていくらか知ってる?!」
「えーと、確か……ポワの領主のネズミレース単勝で、5万レンスくらいだったな。」
「5万か…イケる!」
「キララさん、話が見えて来ませんが…」
一人興奮する私に、ミゼットさんも、周りの皆も頭に疑問符を浮かべている。
「ふふふ、だから、聖杯を買い戻すんですよ!カジノで儲けたお金で!」
「ええ?!」
「そのキーマンが彼女!あなたよ、バースさん!」
「え?えええええ?わ、わた、私……?」
──────────
カードカウンティング。
それはブラックジャックの必勝法と言われ、実際にMITの学生チームがこの手法を使い、ラスベガスのカジノにおいて5年間で約6億円を稼ぎ出した。
元の世界では禁止されているこのカードカウンティング、この世界ではカジノがまだ貴族層の社交場でしかない事もあり、まだ誰もこの理論を知らない。
この世界では「トップス」と呼ばれるブラックジャック、使うカードも「デックス」と呼ばれるトランプそのまんまのカードだ。
違いといえばエースが教皇の絵札で、ジャックが騎馬の絵札になっているくらい。
ルールもまんまブラックジャック。
「……つまり、絵札が場に多く出ればディーラーの勝率が上がり、逆に小さい数が多ければディーラーがバーストして負ける確率が高くなる。残り札を記憶して、小さい数、中間数、絵札を瞬時にカウントして分類し、大きい数字の時に大金を賭ける、それがカードカウンティングです。」
私の説明にミゼットさんと、いつの間にか縄を解いて小屋に入ってきた鎧男と美形は、太息を巻いて唸った。
ジュリアさん、ムタくん、村人達はよくわかってない表情をしている。
「……まあ、理論は納得出来ますが……」
「カジノ側がイカサマしてたら通用しないけどね。」
「いや、それは無いよ。カジノに来る客は王侯貴族や豪商、豪農がほとんどだ。イカサマがバレたらリベラ商会といえど経営が傾いちゃうよ。」
「ほんとにそこの葉っぱ女が覚えられるのか?ディーラーはカードの記憶防止に3組のデックスを混ぜて使うぞ?」
「3組混ぜても156枚よ。たった今、ちらっと見ただけで千はあろうかって数字の羅列を記憶しちゃったバースさんなら、一人でカウティング出来ちゃうわ。問題は………」
私達はバースさんに振り向く。
一同の視線を受け、葉っぱがビクリとして、ガサガサと震え出す。
「問題は……バースさんが人前に出られるかって事よね……」
「やる前から破綻してんじゃねーか。」
「うっさいわね!あんたいつの間にこっちサイドになったみたいな態度してんのよ!」
「大金が稼げるかもしれねーってなったら、こっちに賭けるに決まってんだろ?!」
何なのコイツ、マジでムカつく!
私とラウルとかいうクズ男が睨み合っていると、ヒヨヒヨと何か聞こえた。
「おい、葉っぱ女がやると言っているぞ。」
寺田さんの通訳、聞き違いかと思って再び一斉にバースさんを見る。
「あ、あ、あの………わた、私……や、やや、やらせてく、くくく、下さい……。せせせ、聖杯……取られたの……わ、私のせい………だから……」
ジュリアさんが不安げに葉っぱを見る。
「バース様、聖域を出て、街まで行かなくてはならなくなりますよ?」
「わわ、わ、わかっています……。でで、でも、私……やります……、しゃ、借金を無くして、れれ、レイ族に、ごごご、ご飯たくさん…た、食べて欲しい……」
その言葉に、レイ族は全員涙する。
何故かジュリアさんとムタくんも泣く。
「……わかったわ。だったら、覚悟決めてやってもらいましょう。まずは、カードカウンティングを覚えてもらって、人慣れしてもらわないとね。」
はい、と、力強く返事したバースさんが、覚悟を表すように頭の被り物を脱いだ。
再び、場は静まり返って随所からため息が溢れた。
はあ……何度見ても……何度見ても、お美しい!
ムタくんとジュリアさん、ミゼットさんは、初めての女神のご拝顔に絶句して、バースさんは話し掛けても動かない一同に、しばし挙動不審になった。
──────────
霧の霞む島を遠く臨む軍船がある。
神獣が守る聖域を、蹂躪せよ。
そう、下知があったのは、もう数週間も前だ。
「……ブロディ聖部隊は、一ヶ月もハイキングしてんのか?」
船の甲板で、退屈そうに大欠伸をする眼帯の男。
「
爪研ぎをするベリーショートの女が、皮肉めいて笑う。
「冗談はさておき、様子がおかしい。何の通信も無い。キャンプで何かあったんじゃないのか?」
スキンヘッドの大男が船縁にもたれ掛かって島を見つめる。
「作戦は中止だ。」
船室から現れたのは褐色の肌に坊主頭の小男。
男は何羽かの鳩を放ち、3人に振り返る。
「ブロディ聖部隊は全滅した。」
3人の顔色から隙が消える。
「全滅?」
「ああ、本営からの電信だ。」
「あの島の獣、そんなに厄介なのか?」
「厄介なのは獣ではない。」
小男はまな板サイズの石版を取り出すと、炎の紋章の印を押し付ける。
すると、石版にジュリア、キララ、寺田の戦闘する姿が、誰ぞの視点で映し出された。
画質は荒く明瞭でない上、音声などは無いが、それでも4人は食い入るようにそれを観る。
「……何者だ?」
「わからん。女は聖具を手に入れた勇者だという。」
「勇者ぁ?ちょっと待ちなよ、じゃあ、本当に、勇者の聖具ってのは赤紋を消しちまうってのかい?」
「そういう事だ。」
「………で、俺達はどうしろって?神獣の掃討は中止なんだろ?」
瞬きもせず石版を睨める小男は、小さく折りたたまれた紙を眼帯の男に渡す。
小男はそれを広げ、書かれた内容を確認した。
「……レプロス領、レプロス市から東南のゴゼの街……?…リベラ大商会の街か?」
3人は怪訝な顔で小男を見る。
「リベラ会頭が所持する勇者レイ族の聖具を奪い、破壊しろと、本営からの指示だ。」
そこで3人は顔を見合わせると、一気に興味が失せたと散開してしまった。
眼帯の男は寝そべり、女は爪を撫で、大男は頭を叩きながら船内に向かおうとする。
「着いたら起こしてくれ。」
「あたしはパス。」
「俺だけ島に置いて行ってくれ。」
小男は待て、と制するが、3人は上の空だ。
仕方ない、と演技がかった仕草で、しかし喜色混じりに小男はため息をして見せた。
「お前たち……ゴゼのリベラ邸に、女勇者とこの男、そして不思議な獣は向かっているらしいぞ。目的は聖具の可能性が高い。」
そこで3人はピタリと動きを止める。
「運が良ければ鉢合うかもしれんな。いや、先に聖杯を奪ってしまえば、こいつらは恐らく……」
そこで、3人はバッと勢い良く小男を見た。
「そういう事は早く言えよ!!」
「ちょっとちょっと、そいつら先にあの島出てったわけでしょ?!先越されたりしないの?!」
「赤紋動力を限界まで出力しろ!ゴゼから一番近い港はどこだ?!」
急かしだす3人を笑いながら、しかし、目は真剣に石版の動きをリピートして観続ける小男。
(……勇者の聖具は理解出来る。危惧されていた通り、赤紋の力を完全に上回っているな……。しかし、解せんのは、こいつらだ………。)
映し出されるのはきららの映像。
(……致命傷には遠い、ただの打撃にしか見えん。だが、この通信があったと言う事は、これがリーコを仕留めた一撃という事だ。………計り知れない威力なのか?それとも………聖具の力に似た、何か………?)
面白い。
そう呟いて、小男は石版のきららを指差した。
「次の狩りは、楽しめそうだ。」
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