第29話 聖杯の守護者はコミュ障

「わ、私……で……から………」


 ごめん、ホント何言ってるかよく聞こえない。


「自分のせいでレイの勇者の一族がひどい目に遭っているから心配で見ていた、と言っている。」


 寺田さんの通訳が無いと会話にならないほど、守護者さんの声は細く小さい。

 むしろ、何で寺田さんは聞こえてるの。


「あの…守護者様?その……あなたは樹人トレントなんですか?」

「??…………」

「トレントとは何だ、と言っている。」

「えっと、樹木人間って事なんだけど、その姿が……」

「あ……これ………で…………ので……………」

「人と話すのが苦手で恥ずかしいから葉を被るそうだ。」

「あの……多分、その被り物が声を遮ってて聞き取り辛いんだと思うんですよ…。とってもらっていいですか?」

「え、あ、あ、………。」


 しばらく挙動不審な動きをした後、守護者さんは頭の被り物に手を掛けた。

 手がめちゃくちゃブルブルしてる。

 ちょっと、そんなに震えられたら私がイジメてるみたいじゃない……やだ……

 

 ゆっくりと頭の被り物を取ると、私も、そして縛られている二人も、思わずほぅっとため息をした。

 

 月光の下に現れたのは……


 女神!!!


 ガチ女神!!ガチ女神だこの女神!!

 え、森の女神で、これ、え、エルフ?!

 エルフだよこの女神!!

 耳尖ってないけど名誉エルフ!!

 清流のように流れる長い金髪!

 角膜どんだけ月光乱反射してるんですかってくらい星付けてるブルーダイヤの瞳!

 バッサバッサ音立てそうな睫毛!

 透き通り過ぎて発光してるんじゃねーかってくらい真っ白な美肌!

 うわああ、爪の垢下さい!!

 その美貌を一欠もらっただけできっと私も中の上!!

 美形なんか涙流してるわよ、わかる!

 私も拝んどこう!!


「あ、あ、あ、あの、あの…」


 突然無言になって手を合わせる私に女神が戸惑っておられる。

 そのお姿もまたやんごとなし!


「お前が魔王を倒す武器を売り払ったのか?」


 寺田コラァ!

 女神様に何て口の利き方を…、と思う間に、


「うえええええええええ」


 女神様が泣いてしまった!

 寺田さんのバカ!

 しばらく、私は泣きじゃくる女神を必死になだめ続けた。

 

 夜は更けていく。


──────────


「ぐす…、わ、わた、私…バースと言います……。大森林でレレレ、レイの杯をしゅしゅ守護する、け、賢者の一族…で…」

 

 一頻り泣いて落ち着いた頃に、バースさんと名乗る女神は話し始めてくれたが、絶っっ対に目を合わせようとしない。

 そして、ぽつり、ぽつり、と、途切れて出て来る話を、私は根気よく聞く必要があった。

 大丈夫ですよ、ちゃんと聞いてますよ。と、相づちや表情でアピールするが、話す事も要領を得ないというか、途中でテンパってすぐ黙ってしまう。


「ごごご、ごめんなさい…私……話し苦手…。ももも、森では……一族と、勇者…は、知ってる人で、へ、平気。……知らない人、……話し出来ない……」


 苦手な環境では黙ってしまう、子供の場面緘黙ばめんかんもく……とは違うが、どうやらバースさんは極度に繊細なようだ。

 これが守護者か……

 オラウくん達と全然違うな……


「私はキララ、こっちは寺田さんと言います。私達はロアの勇者の護衛と、レイの聖具を取り戻す為に来ました。安心して下さい、あなたの味方ですよ。」

「あ、あ、あ、…」

「聖域の外は怖かったでしょうに、頑張ってくれてたんですね。私達も協力しますよ、もう大丈夫ですからね。」

 

 そこでまた泣き出すバースさん。

 うーん、こりゃ別の意味で難易度が高いぞ。


 再びバースさんが落ち着いてから話を再開するが、さっきより少し言葉が出て来るようになったかな?

 相変わらず目を合わせないけどさ。


「……そそ、そら、それで、私には…人の世界のこと、わわ、わからなくて……」

「うん、いい判断だったと思うよ。」

「そうか?勇者一族を森に隠せば良かっただろ。」


 寺田さんの言葉にまたバースさんが泣く。

 寺田さん、話進まないから黙っててよ!


「ぐすっ、それ、難しくて…。森の中、勇者弱いから、い、生きていけない……。それに、もも森は、人が迷うように、出来てる……木の配置、同じ景色で…目印を付けておくと、人は目印を頼るから……入っても、出られない……案内無いと…迷って……死ぬ…」


 孔明の石兵八陣ですか。

 はーん、賢者の一族って、なるほどなー。 


「焼いちまうか、木を切り出していけば意味無いぞ。」


 鎧男が横槍を入れる。

 あんた黙ってなさいよ、頑張って喋ってるのにまた泣いちゃうでしょ、と鎧男の頭に拳骨した。 


「そそそ、それ、無理……聖域の木は、すすすぐ、生えてくるし……わた、私達が、さささせない……。せせ聖域の中では、私達のしし、神弓はどこまでもお、追う……硬いものも……射抜く。あああなた、の…鎧でも……」

「ああ?!試してみるか?!」


 また拳骨を落とす。

 脅かすなっての!

 バースさんオロオロしてるじゃん!

 ってか、弓って、やっぱエルフじゃん!


「それで、聖域内なら無敵だけど、外の事になるとわからないから、困っていたのね。」

「ぐすっ……はい…。い、一応、や、役に立つかと…お、思って…致死毒とか……催眠剤とか……麻痺剤とか……作って来た……」


 葉っぱの中からゴロゴロ瓶が出て来る。

 え、ちょ、怖っっ

 しれっとそういう事も出来るんですね……


「とりあえず……今、私達の仲間が合法的に聖杯を取り戻せないか調べている所なの。朝には戻るはずだから、その時一緒に話し合いましょ。」

「ええええ、ああああ、また、知らない人……」

「大丈夫だから。葉っぱを被ってていいから。」


 挙動不審になるバースさんを精一杯励まして、どうにか了承を得た。

 ………疲れた。


「ところでキララ、気になっていたんだが、その傷は何だ。」


 話が終わったと思ったのか、寺田さんが私をジロジロ見て言う。


「心配してくれるの?大丈夫だよ、ちょっと…」

「三下に傷を負わされるとは情けない。お前、その肉体は天真翁だぞ?」

「はあ?だって、その人すっごく強かったんだもん!」

「そうだぞ!お前、俺の強さも知らねえで、誰が三下だこのワニ!」

「そうよ!勝てただけで凄かったんだからね?!」

「やかましい!心得が無いとはいえ、その見窄らしさは堪忍出来んぞ!そこのお前の慢心も気に入らん!二人共直れ!」


 めちゃくちゃキレ出した寺田さん。

 私と鎧男は正座させられ、心技体とは云々カンヌンとこってり説教された。

 バースさんは葉っぱを被って置物のようになって、不貞腐れる私達にヒートアップする寺田さんが「聞いているのか?!」と怒鳴る度にビクリとして震えていた。

 美形はイビキかいて寝てた。

 何だよこの状況。

 そのまま朝になった。


──────────


〜side ラウル


「なあ、メル………あのワニ、喋ってるぞ?」

「だから言ったじゃん……しかも、あのワニ、銃弾弾くからね?」

「はあ?!……一体何なんだよ、こいつら……」


 泣いている絶世の美女を慰めているキララと名乗る大男、それを我関せずというように眺めるテラダと呼ばれるワニ。

 キララという男は武装もせず俺を捕らえた体術の達人で、ワニは銃が通用しないという。

 そんなとんでもない連中だが、名前を聞いた事がない。

 あれだけの腕利きが名を馳せていない事もおかしいし、自分達の事も知らないなんて有り得ない。

 一体どこから来たんだ?

 聖杯を取り戻す?

 やはり、勇者の聖具に何かある。

 こんなとんでもない奴らに依頼する程。


「……何か、毒気抜かれちゃうよねぇ…」


 ポソリとメルが呟いた。

 相当な戦闘経験を積んだと思われる大男だが、経験とは単純な殺し合いだけではない。

 戦場のセオリーや雇用主毎のルール、諸々含め、敗者への扱いも覚えるものだ。

 俺達をただ縄で縛って捕らえた気でいるとは、本気でそう考えているとしたら、とんだ大間抜けだ。

 拷問どころか尋問すらない。

 俺達に一切の関心が無い。

 俺達程度、逃げようがどうしようがどうでもいいってのか?


「………ある意味、潜入に成功した、って考えりゃいいだろ。大甘の間抜けみたいだしな。」

「……ラウルは懲りないよね…。いつでも殺せるって意思表示だったらどうすんのさ……。」


 そうは言うが、メルにも緊張はさっぱり無かった。

 大男が猫なで声であたふたしてる姿を見れば、そりゃあなぁ。


「三下に傷を負わされるとは情けない。」


 黙って話の流れを聞いていたが、ワニに虚仮にされ、思わずカッとなった。

 

「誰が三下だ、このワニ!」


 そして何故か俺は説教されている。

 このワニ、ワニの癖に気配が尋常じゃねぇ。

 大男もすっかりしおらしくなって、本当に、何なんだこいつら?




 生温い目で見守っていたメルは、退屈そうに欠伸をして、そしてクスリと笑った。


「………楽しそうにしちゃって、まあ……」


 美女はその姿を隠してしまうし、あの様子では話し掛けられそうもない。

 いつの間にか風が止んだ閑静とした夜空を見上げて、メルは警戒を忘れてバタリと仰向けに寝転んだ。


「……寝よーっと。」


 子守唄代わりの寺田の叱咤は意識が消えるまで続いていた。

 

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