第28話 寺田さんは最強!

 ラウルの身に着けている聖鎧は、邪気エネルギー実験で制作された試験品の一つだ。

 通常の鎧の耐久力を邪気で強化し、人工筋繊維を増殖させてパワーやスピードを何倍も向上させる。

 しかし、効果時間が短く一回使い切りの為、聖部隊で実装される事は無かった。

 このような試験品は旧聖武器として闇市などで売買され、買い付ける傭兵は多い。

 ラウルとメルもその類だが、二流品と言われる武器も使い手によってその真価を大きく変える。

 それを証明しているのが彼らの異名「聖人殺しセイントキラー」だった。

 彼らは依頼によっては、聖部隊すら相手取る。

 そして、どんな戦況だろうと最大の戦果を上げて来たのだ。


 そのラウルの経験から来る直感、とでも言うべきだろうか。

 今対峙している男の存在は不可思議そのものだった。

 これまで相手にしたどの兵士、武術家より、その体捌きは熟達しているように見える。

 だが、戦闘の意思がとても弱い。

 まるで少女のような精神で、果たしてこれほどの技術を体得出来るのだろうか。

 歴戦の戦士は思考ではなく、その経験値だけで身体が動くというが、この男が行っているのはまさしくそんな動きだった。

 心だけが素人と入れ替えられた超人。

 そんな事あり得るはずが無いが、そうとしか思えない。


「お前は何者なんだ?聖人か?傭兵か?」


 距離を取って男に問い質す。

 が、男はどうも注意散漫だ。

 その目は迷っている。

 それは逃げる算段でもしているような。


(……馬鹿にしてるのか?こいつ……)


 常に自分の、時には仲間の命を掛けて、多くの死の上に立つ事で今を生きているラウルは、生半可な覚悟をしているこの男に怒りを覚えた。


「……もういい、お前はここで死ね。」


──────────


 探るようだった鎧男が本気で私を殺しに来た、それがヒリヒリと皮膚に伝わるような気迫。


 ちょっと待ってよ!

 に、逃げるの難しくない?!


 容赦なく白刃が迫り、ギリギリの防戦が続く。

 数秒の攻防でも心に大きな疲労がのしかかって体を圧迫していくようだ。


 こんなの聞いてない!

 何で私、ここで殺されなきゃいけないの?!

 完全に巻き込まれただけなのに!


 逃げたい。

 その一心で足を動かすが、すかざず邪魔される。


 『お前は逃げるのが何より嫌だと言っただろ。』


 寺田さんの言葉がフッと頭に響いた。


 言ったけどさ!

 そういう意味じゃなくてさ!

 平凡に生きてる女がのたまう「逃げるのは嫌なのよね」が殺し合いを想定してるはずがなかろうが!


 足がもつれそうになると、鎧男は容赦なく顔面を突こうとしてくる。

 ガチで私を殺そうとしてる。


 ご、誤解よ!私は手違いでここにいるのに殺されるなんて、こんなの理不尽じゃん!

 どうして私が?!

 戦った事も無いのに戦わされてさ!

 ここで私の人生終わりかい!

 なんて惨めで踏んだり蹴ったりな人生なんだよ!

 いい思いの一つでも欲しかったっつーの!

 私ばっかり損してきたな本当!いつもいつも!


 いつもさ!

 そう、いつも……

 いつも?


「……そうじゃん。」


 思い出した。

 世界はいつも理不尽だ。

 私の名前も、容姿も、能力も、全てが、私には理不尽だったじゃない。

 理不尽に屈するのが嫌だって、私は逃げなかったんじゃない、いつも。

 今も……!


 ナイフを持つ手を払って脇腹に拳を打ち込んだ。

 効いてないのはわかる。

 でも、その一撃は、私の迷いと弱音を砕く一撃だった。


「そんなパンチが効くかよ!」

「そんな事わかってるわよ!」


 戦ってやろうじゃないの、物理ステゴロでもな!

 いつもやってる無様な足掻きの延長だ、こんなもん!

 大西きららはいつだって、理不尽と戦うのよ!

 ここが異世界でも、私が私であるなら!


 山賊に戦意を向けた時と同じように、狭かった視界が急激に開いていく。

 重かった身体が軽くなる。

 身体が、戦うと覚悟した私を受け入れたような感覚がした。


 その時ようやく、私はわかった。

 この体は私の体じゃない。

 でも、動かしているのは私なんだ。

 私が迷えばちぐはぐになる。

 私が逃げたがっても、体は負ける気なんか無かったんだから。


「ごめん、寺田さん。私、あなたに恥をかかせる所だったわ。」


 大丈夫だ、って、足が、拳が前に出る。

 寺田さんはね、魔王が指名するような達人なのよ。

 あんたみたいな雑魚に、寺田さんが負けるわけない。

 寺田さんは最強。

 そう、信じるわ。


 真っ直ぐに伸びてきたナイフ、それを持つ腕に掌底を当てて切っ先を逸らすと、足が鎧男の軸足をすかさず払った。


「ぐぁっ!」


 鎧男はひっくり返るが、すぐさま跳ね起きて距離を取った。


(───?!雰囲気が変わった??)


 鎧男が動揺したような顔をする。

 恐ろしい切り裂き魔に見えていた鎧男が、もう全然怖くない。

 体には力が漲る。


「寺田さん、私達、勝つわ。」


 また自然と口角が上がった。

 一歩、一歩と踏み出して接近する。

 気圧されたのか、鎧男は速さで誤魔化すように不規則に動きだした。

 そして、狙ってくる。


 武器が通用しないなら、捕まえる!


 伸びてきた腕、今度はハッキリと見える!

 それを両手で制し、掴む!


「くっ」


 振り払おうとするが、寺田さんの握力、舐めんじゃないわよ!

 そのまま引っ張って円形に振り回すように体を捻った。

 そして、腕を強く捻り上げて下に落とす。


「なっっ」


 そのまま反発すれば折れてしまうと解っているのか、鎧男は派手に回転してうつ伏せになった。

 腕はもちろん、しっかり取ったままだ。


「勝負ありね!」


 超嬉しい!!

 やったよ!寺田さん!!


「っちっっ……クソが…!!」


メルあのバカ、何してんだ?!)


──────────


「ええええええ?!」


 メルは銃を構える事も忘れて間抜けな声を上げた。

 狙い通り、弾は獲物の額に当たったはずだ。

 こんな至近距離で外すはずがない。

 確かに当てたはずなのに。


「やはり、只者じゃ無かったな。大した実力者だ。」


 ワニが、生きていて、やはり喋っている!


「嘘でしょ?!確かにヒットしたのに!何で生きてるの?!ていうか、やっぱり喋ってるよね?!」


 寺田はのそのそとメルの前に出てくる。


「それは南蛮筒か?いや、新銃か?腕はいいが、的が悪かったな。この獣の体、どうやらただの獣と違うようだぞ。俺もヒヤリとしたが、残念だったな。」


 メルはしばらく呆然とした後、銃を捨てて降参のポーズをした。


「ただのワニは喋らないし、銃弾を弾いたりしないよ………。参った。僕じゃ君に太刀打ち出来ないよ。」


 銃弾が通らないなんて問題外だと、メルはため息混じりに降伏を申し出た。


──────────

 

「あ、寺田さん!と……あれ?その人って街で話し掛けて来た人?」


 森から寺田さんと、忘れもしないあのしつこい美形くんが現れる。

 どうやらこの二人、市街にいたときから狙ってたみたいだ。

 とりあえず、二人を縛り上げて、一件落着、かな?


「まあ、誰の差し金かなんて容易にわかるけど。この人達どうしたらいいかな?」

「ミゼットが戻ったら引き渡せばいいだろう。」

「そうね。他に仲間はいないの?」


 白けた顔をする美形に、口を曲げて不満げな鎧男。


「仲間なんかいねぇよ!お前、俺達を知らないのか?!」

「やだ、自分を有名人だと思ってるタイプ?!」

聖人殺しセイントキラーのラウルとメルを知らねえとか、てめえモグリだな?!」


 何かキレてるし、やだ、こういう怒りっぽい人苦手。


「あれは仲間じゃないのか?」

「あれ?」


 寺田さんが森を向いて言う。

 どうやら、誰かいるらしい。


「誰かいるの?」

「この村に来た時からずっといるぞ。」


 うーん、暗いし、私には見えないけど……


「あなた達の仲間じゃないの?」

「違ぇよ!」

「僕らはバディで依頼を受けるから、別口じゃないの?」


 私はその方向に向かって声を張った。


「そこにいる人!出て来なさい!早く出て来ないと寺田さんが噛み付くわよ?!」


 ………静寂。

 どうやら、出て来る気は無さそうだ。

 仕方ないと、私が近づこうとしたら、


「ま、ままままま、待っって…く、下さい!ででで、出て行きます!から………」


 女性の声だ。

 女の殺し屋とか?

 えらく怯えられているというか、滑舌悪い話し方だな。

 しばらくして、森の中からガサガサと音を立てて出てきたのは……


「……妖怪?!」


 全身を葉っぱでビッシリと被った丸い生物。

 モ○ゾーが出てきた!


「わわわわ、わた、私………せせ、聖杯の………しゅご、守護………………なん………けど………」

「え?!何て?!」

「…………!………ください!」

「ごめん、よく聞こえない!」

「聖杯の守護者と言っているぞ。」

「そうなの?!」


 聖杯の守護者はモ○ゾー!

 そんでもって、めっちゃコミュ障じゃん?!

 


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る