第27話 強敵現る!

 ロアの村でも、夜は月光の心細い明かりくらいしか無い闇の世界だった。

 レプロスの市街ですら、繁華街を外れると「灯屋」という夜道を照らす商売が繁盛する程、この世界の夜は暗い。

 レイの村のように人里離れた場所にポツンと集落があり、飲み込みそうに囲む森林を強い風が吹き渡るような夜は、まるで何十奏という唸り声が暗闇から響くようで不気味さを増している。

 そんな夜だからか、私は落ち着かない。


「ねえ、テラダさん。」


 掘っ建て小屋、あるいは納屋と言っていい村長の家の中は外より更に暗い。

 油を買うお金も無いのでランタンには蜘蛛の巣が張り、それはどの家も同じ。

 それこそ、夜の村は廃墟そのものだ。

 そんな闇の中で黄色い目に向かって声を掛けた。


「何だか落ち着かないんだけど、何でだろう。」


 怖い話は苦手じゃなかったし、幽霊とか信じるタイプでも無い。

 でも、何故かずっとそわそわする。


「見張られているみたいだな。………うん、これは出向いた方がいい。」


 テラダさんが口先を振って外に出ろと合図する。


「見張られてるの?敵がいる?」

「恐らくだが。寝込みを襲撃されるよりこちらから行った方がいいだろう。」


 テラダさんは藁に包まって寝息を立てるムタくんとジュリアさんを見た。


「……そうね。」 


 私は側に置いてあった農業用フォークを持って小屋を出た。

 

 いい加減、まともな武器が欲しいかな。


──────────


「……聖人がいないな。」

「村を出たみたいだね。」

 

 森林に潜むラウルとメルは村の様子を覗いながら各々武器を取り出し、防具を身に着ける。


「あの大男……聖人と二人相手取るには分が悪いが、今が好機かもしれん。2対1でヤツを仕留める。その後、勇者をとっ捕まえて秘密を聞き出す。」

「……ラウル、一緒にいたワニも気を付けた方がいいかもよ?」

「ワニ?あの泥色の動物か?」

「うん、あのワニ……喋るんだよ。」

「はあ?!」

「僕を見て「お前武芸者だな」って言ったんだ。」

「おい、メル、しっかりしろよ。動物が口利くわけねーだろ。」

「そうだよねぇ……」

「寝ぼけてんじゃねーぞ。月が中天に来たら村に侵入する、ちゃんと援護しろよ。」


 ラウルは真っ黒な薄いプレートアーマーを付けて、右肩の窪みに赤い石をはめ込む。

 両頬に黒い炭を塗ると、腰元にナイフを装着した。

 メルは後方でボルトアクションライフルを腕と膝で固定し、望遠鏡で微かな月明かりを頼りに村の様子を見た。


「……あ、待って。強襲は中止。」

「あん?」

「待ってるよ。」


 そう言ってメルが指差した先に、農業用フォークを持つキララと寺田が二人の方を向いて立っていた。


「……お見通しかよ。ちっ、行ってくる。お前上手くやれよ。」

「……まあ、任せて。」


 静かに銃を構えるメルを置いて、ラウルは一人キララと寺田のもとへ向かった。


──────────


「……一人?」


 夜に真っ黒な鎧で、顔面まで黒く塗って出て来られるとちょっと怖いんですけど。


「さあな。お前が俺一人にさえ敵わなきゃ何人だろうが関係無ぇだろ。」


 悠然と近付いて来る男、なんか感じ悪いわね。


「聖部隊……じゃ、無さそうね。」

「それより質の悪い傭兵だよ。」


 黒鎧の男はニヤリと笑うと、右肩を強く叩いた。

 すると、叩いた部分からまるで鎧に血が通うように赤い脈が全身に伸びて広がっていく。

 薄そうに見えた黒い鎧は瞬く間に真っ赤に染まって、ギチギチ音を立てながら何倍もの厚みに膨らんだ。

 な、何それ?!キモチ悪っっ!!


「何者か知らねぇが、俺に狙われたのが運の尽きだったな。」


 鎧の男が視界からフラっと消えた。

 

「え?!」


 寺田さんの身体が反応してくれて、私は寸での所でナイフをかわした。

 顎に刃が触れた感触がする。

 もしかして私、顔切られちゃったの?!

 鎧男は更に追撃をしてくる。

 

「ちょっ…」


 そのどれもが、寺田さんの体でも見切って躱すのがギリギリで、腹や腕のスウェットが裂かれる。

 

 この人、強い!(語彙力)


 スピードはリーコくんと変わらないが、リーコくんは身体能力に任せてただけで、動きがわかり易かった。

 でもこの鎧男、速さだけじゃない。

 人体の動きの中で出来る隙というか、ここに来られたら嫌だって位置に入ってくる。

 そして、狙いが早く的確。

 こっちの反応を見て引くのも早い。


 ちょっと待ってよ、めちゃ厄介なんですけど?!

 っていうか、寺田さんに渡り合う人間っているんだ?!


「このっ…!」


 私はナイフが向かうのを避けずに、胴部分にフォークを突いた。

 

 パキ!


「はあ?!」


 フォークの先が折れた?!

 そんなにその鎧硬いの?!

 

 首元にナイフが迫るのを後退して避け、ヤケクソでフォークを振った。


 バキン!


 むき出しだった頭を狙ったが、両腕でガードされる。

 棒部分が砕ける。


 ちょちょちょ、ちょっと、どうすんの?!

 初期装備で倒せない敵が現れましたけど?!

 だから武器ちゃんとしようぜってあれほど!

 ど、どうすりゃいいのよ、寺田さん!!


「ははっ!ろくな得物が無いみたいだな、逃げ回るだけか?!」


 ムカつくこいつ!!

 でも、これ、逃げるしか無くない?!


──────────


(何あいつ……。聖鎧着たラウルの攻撃避けるとか、人間じゃないじゃん……。やっぱ完成型なのかな?)


 狙いを澄ませながら、メルはトリガーを引くタイミングを見計らう。

 闇夜でも、メルは標的を外した事は無い。

 この世界の一般的な銃はまだマッチロック式で、射程は500メートルほど。

 しかし、ラウルの持つ聖武器と呼ばれるボルトアクションライフルはその4倍の射程だ。

 銃弾も尖頭銃弾で、鉛の球体を飛ばすマッチロック式より命中精度グルーピングは高く、メルの腕ならばその誤差は数センチも無い。

 ほとんど、射程内で百発百中だ。

 メルはここぞというタイミングを静かに待つ。

 闇と同化したように静止しているメル。

 風が木々を揺らす音に溶け込んだその違和感を、メルは見逃さなかった。


(後ろをとるつもりだったんだろうけど、残念だったね。)


 メルは銃口を素早く背後に振った。


「!」


 真っ黒な草の隙間に一瞬煌めいた黄色い瞳。

 それは驚いたように、大きく開かれた。

 

 夜の森に銃声が響き渡った。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る