第26話 うまい話は往々にして詐欺です
「レイ族?移民か?」
「いや、勇者の一族の村みたいだよ。その村に入ったらしい。」
「魔王城じゃなくて、別の勇者の村に……目的は何だ?」
「そこまではわかんないよ。」
レイの村から数キロ先の小さな街。
ラウルとメルは屋台で食事をとっていた。
ホットドッグを片手に地図を広げている。
「レイ…レイ……。……無いな。」
「この辺りだよ。」
メルが指したのは大森林の側にある湖のほとり。
「最近出来た村なのか?」
「いーや。何十年も前からレイ族はこの街に薪を売りに来てて、取り引きはずっとあるよ。」
「地図に無い村か………。そういや、ロアの勇者も指定された場所に行っただけで、村があるとは聞いて無かったな。」
地図に無い村……。
領主が秘匿してまで貧弱な勇者の一族を守る理由とは?
「メル……金の匂いがプンプンするぞ。」
「出たよ、またそうやってー。このギャンブル依存症はー。何回失敗すれば気が済むんだよー。」
「修道会では勇者一族は、劣等で弱い血族を滅ぼされない為に魔王に対抗出来るのは自分達だけだと
「正教会ではもっと過激で、人を惑わす魔王の手先って事になってるけどね。」
「勇者を迫害する理由は教義からわかる。だが、領主が守る理由は?正教会が剣を欲しがるのは何故だ?」
「ラウル、ダメだよ。依頼内容は詮索しないルールだ。」
「……こいつは、物凄いお宝が絡んでいるかもしれん……。」
ラウルはホットドッグを口に放り込んで飲み下すと、メルの忠告など聞いていない風に舌なめずりした。
また始まった……と、メルは呆れ顔でホットドッグにかじりついた。
──────────
レイの村はロアの村に比べて……何というか……
荒廃していた。
木造の建物は色合いが剥げて傷んでいる。
家具や農機具が散乱していたり、何かの工場だったような建物は天井が落ちていて、中には錆びた鉄の道具が伸び放題の雑草の隙間に見える。
日本の廃村を彷彿とさせる。
「何のおもてなしも出来ませんで……。」
私達を迎えてくれた村長は頬が
服も擦り切れてボロボロ。
村人もほぼそんな感じ。
出されたお水とささやかなお食事。
果物をいくつかに葉っぱを炒めただけにしか見えないもの、これが彼らの精一杯なのか。
ジュリアさんとムタくんも絶句している。
ロアも貧しかったが、これはその比ではない。
「一体何があったんですか?」
私の質問に、村長らは顔を見合わせてポツリポツリと話し始めた。
ちなみに、吹き曝しのお堂のような場所にやはりおじさんが多数。
狭いけど窓に戸板も無いから開放感はあるけどね?
何故こうも勇者一族は密集したがるのか、羊か。
「……今から10年ほど前です。私達の村に商人がやって来ました。エスタファと名乗るその青年は貧しかった我々の村を見て、事業を興さないかと提案してきました。」
エスタファ……
そして事業だと……詐欺の匂いしかしない……
「それまで我々は聖域である大森林の恵みで生活して参りました。薪を切り出したり、実りを分けてもらったり。しかしエスタファは、大森林に自生する珍しい野草は高級な香水になる、これを放置するのは宝の持ち腐れだと言って、ここに香水を製造する工場を作ろうと言ったのです。我々も最初は、聖域を食い物にするのは守護者様の怒りを買う事になると拒否したのですが、森を荒らす行為ではない、木や果実が野草に取って代わるだけだと説得され……」
村長は虚ろだった目を廃工場に向けた。
「必ず成功する、そうすれば暮らし向きは遥かに良くなる。その確信があると、エスタファが100%出資してこの村に工場を作ると言ったのです。エスタファは毎日のように村に高価な土産を持ってきました。今日はどこそこの商人が出資したいと言ってくれたとか、さる貴族の誰それ卿が購入を約束されたとか、流行りの服や食べきれない菓子類、高級酒……我々はいつの間にか、豊かな将来が約束されていると信じ切っていました。」
最初に利益を見せて契約させる、詐欺の常套手段ですよ。
「工場が建てられ、皆懸命に働きました。そして、最初の商品が出荷された後です。エスタファは村に来なくなりました。連絡を取る手段も無く、我々は次の出荷の商品を用意しながら待ち続けました。1年ほど時間が経ってから、村に現れたのはリベラ商会の人間でした。借金の支払い期限が過ぎている、払って欲しい、と。」
村長の声は小さく、トーンは低くなり、おじさん達も皆怒りを思い出したように顔を歪める。
「エスタファは工場の権利をリベラ商会に売っていたのです。更には商品を売った形跡は無く、販路も全くのデタラメ。残されたのは工場の建設費と経費と言う名の贅沢品や物品購入の費用、合わせて1万レンスの借金です。」
ムタくんもジュリアさんもその金額を聞いて、顔を真っ青にして口元を覆った。
この世界の通貨単位を全く知らないので、私はミゼットさんにこそっと聞く。
「ミゼットさん、1万レンスってどれくらいなんですか?」
「1レンスが約1万リアです。レプロスの平均的な農家の世帯年収が50レンスほど、村一つでの平均的な税収が300レンスほどですから、この村にはとてもじゃないですが払い切れる額ではありませんね。」
無利息前提で村の税収の半額を何とか捻り出して返済に当てたとして67年ローンか。
無利息ならね。
一括なんて一般農村でも逆立ちしたって無理だな。
「我々は騙されたんだと訴えても、契約は成ったの一点張りで……。香水の販路を構築出来ないかと多くの商店に掛け合いましたが、こんな香りの薄いものは売れないと門前払いされました。返済の当ては全く無く、途方に暮れていた所で、リベラ商会が取り引きを持ち掛けてきました。月賦払いにしてやってもいいが、担保として聖具を渡せと。」
「それで、聖具を渡してしまったんですか?!」
ムタくんが声を荒らげた。
勇者一族にとって聖具は大切なものだから、我慢出来なかったんだろう。
剣を取りに行ったのも命懸けだったものね。
「もちろん、無理だと言いましたよ!」
村長の後ろにいたおじさんの一人が泣きそうな顔で立ち上がって叫んだ。
他のおじさん達も拳を握りしめてムタくんを睨みつける。
村長は落ち着けと促すように両手で制してから、しかし、悔しさの滲む目で話を続けた。
「我々の集落はもともとキンクシンチ王国の南、大森林の北側にありました。そこからなら祭壇まで3日とかからない場所でしたから。しかし、スプレクス王国の正教会がデア族を襲撃した事件を受け、修道会国家であるこのラットリア王国に逃れて来たのです。聖域である大森林に接しているとはいえ、ここから祭壇までは数ヶ月かかります。簡単に聖具を取りに行けるものではなく、そもそも一族の宝を差し出すなど出来るはずがありません。」
「だったら、どうして……?」
ジュリアさんの質問に、村長は項垂れて唇を噛み締めた。
「……魔王が復活してからいつまでもやって来ない我々を見かねて、守護者様が、聖具を持って現れたのです……。」
最悪のタイミングで聖具の方から来てしまったのね。
「事情を知った守護者様が、いつか取り返せるものなら渡してしまいなさい、と……。我々が人買いに売られてしまうよりよっぽどいいと……」
村長もおじさん達もしくしくと泣き出した。
お堂の周りにいた村人達も涙を流して、そこら中から嗚咽が聞こえる。
「……だから、我々は自分達の食べ物も着るものも切り詰められる限り切り詰め、リベラ商会に返済しているのです。1日でも早く聖杯を取り戻す為に。」
「なるほど、事情はわかりました。」
ミゼットさんが村長にハンカチを差し出すと、村長は次々と涙の溢れる目元を抑えた。
ミゼットさんは笑顔で私に向くと、
「さて、では取りに行きましょうか。」
と、溌溂と言った。
待って、力技で?!
ミゼットさん意外と脳筋?!
「はい!ボコボコにしてやりましょう!」
「任せて下さい!私達はその為に参りましたから!」
ムタくんとジュリアさんも鼻息荒く立ち上がる。
あんたらも弱い癖に脳筋ですか!
「待って待って!それは強盗だよ?!」
「やられたらやり返さなければ。」
半沢!
ここ異世界だろ!
「ちょっと待って下さい、とりあえず、契約書などは持っていますか?もし契約事項におかしな点があれば破棄できますよね?」
私は確認するようにミゼットさんを見た。
「ええ、まあ、確かに。違法契約だったなら破棄出来ます。」
私は村長に振り返る。
村長らはざわざわと話し合うが、
「村には契約書は……リベラ商会が持っていますので……」
「なら、リベラ商会に行って確認してきましょ。」
「それは難しいですね。会頭は領主ですら面会の約束を取り付けるのに時間がかかりますから。」
「領主でも?!」
「レプロスは権威より法が上位にあります。だからこそ法の下では万人に権利が補償されている。領主といえど、職権乱用は出来ません。」
えー。
まあでも、最初から領主の鶴の一声が通用するなら私達に頼ってくるわけないか。
私達に脳筋を期待しての人事判断だったんですね。
「あ、」
ミゼットさんが思い出したように声を上げてパンっと手を叩いた。
「レプロスでは商業法の中に「1000レンスを越える売買契約、融資契約の契約書は公正証書とする」というものがあります。つまり、正式なものなら公証人が原本を持っているはずです。」
「そうなんだ!なら、公証人に会いに行けば契約書を見られるのね?」
「証書の閲覧なら領主の権限で可能です。それに、証書がなければ契約自体を無効に出来ます。早速、契約時に立ち会った公証人の元へ行って来ましょう。」
ミゼットさんがすぐに証書の確認に向かう事になり、契約書の内容を確かめてから討ち入りするかしないか判断する事になった。
来た時は死人のようだった村人達の表情が、僅かだが明るくなる。
折角出していただいた料理は皆に分けて食べてもらい、私達(ほとんど私)は傾いたり壊れかけている家屋の修繕など手伝ってその日は過ごした。
寺田さんは置物のようにじっと一点を見つめたまま動かず、村の子供らの玩具になっていた。
──────────
大森林の木の陰からずっとレイの村を見つめる者がいる。
その者は、キララとテラダをじっと観察しているようで、時折何かのメモをとる。
「………あれは、一体……」
そう呟いて、再び村の方を見ると、視線がバッチリとテラダの目にぶつかった。
思わず木の陰に隠れる。
呼吸を整えてもう一度覗き見れば、やはりテラダはこちらをじっと見ているようだ。
再び木の陰に隠れて、その者はその場でうずくまって深呼吸した。
「何あれ………気付いてる……?」
はあ〜と深く息を吐いて、頭を抱える。
泣いているのか、伏せた顔のしたから鼻をすする音がくぐもって聞こえた。
「……どうしよう……」
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