第25話 因果応報と口では簡単に言いますが

〜side ムタ


 キララ様とテラダ様が僕らに加勢して下さって、僕らは不可能と思われた聖剣獲得に成功した。

 更に、今からレイ族を助け、聖杯を取り戻しに行くという。

 すごく勇者っぽい!

 キララ様は自分は勇者じゃないと仰るけど、僕には優しくて強いキララ様が勇者としか思えない。

 こんな男になりたいと思わせる、僕の理想の勇者像そのものだ。

 僕は村の中でも小さくて鈍臭くて力も弱い。

 でも、この人と一緒にいれば、きっと強くなれる、そんな気になる。

 僕にとっての憧れ。

 そんなキララ様だけど、たまにちょっとよくわからない言動をする。


「へ〜、寺田さんってこんな顔してるんだ〜!ちょっとイケメンじゃない?結構イイかも〜」


 ドアの隙間からこっそり覗いたら鏡の前に張り付いてずっと独り言を言っている。

 姿見は高価で、僕らの村には無かったから珍しいのだろうか。

 色んな角度のポーズを決めて、自分の姿に歓声を上げて、姉さんだってそんなに鏡見ないよってくらいずっと夢中なその姿は、なんというか、うーん……

 でもかっこ良くて優しくて強い人なんだ!

 

 ……そう自分に言い聞かせた。



──────────


 ミゼットさんの知人は気難しそうなおじさんで、代書人という元の世界でいう司法書士をしているそう。

 今回領主からの辞令を文書にしたのも彼だ。

 そして恐らく、イバンの目という秘密結社に関わりがある。

 ミゼットさんは何も言わないが、そのおじさんが剣らしい物を背負うジュリアさんを見て合掌してたの見てましたよ。

 出発の時、ミゼットさんと何やら話し込んでいたが、その表情は厳しかった。

 次の行き先であるレイの村は深刻な状況なのだろうか。


 再びの馬車移動にムタくんとジュリアさんはげんなりとしたが、ロアよりずっと近いとの事。

 それでも3日かかるらしいけど。

 中日になるとムタくんとジュリアさんはすでにダウンだ。

 向かいに座るミゼットさんは二人がうなされながら眠っているのを見て微笑むと、外套のポケットから出発の時に知人から預かった袋を取り出した。

 袋の中身は紙で包装された丸薬。

 それを、白菊の紋の印籠の中に入れ、一粒だけ飲み込んだ。


「どこか悪いんですか?」


 私の言葉に、ミゼットさんは首を振る。

 

「以前、ライアの赤紋は邪気のエネルギーだと言いましたね。赤紋は生身を破壊し、エネルギー体を増殖させる事で強化する仕組みになっています。」

「エネルギー体の増殖ですか……」


 うん、またわけわからんです。


「人間の成長……筋力を増やしたり、傷を再生するのは、人体の成長速度で行われます。例えば、成熟の早い動物は寿命が短く、成熟の遅い動物は寿命も長い。それを、その動物の成長速度を超えて行うと、どうなると思いますか?」


 司教の最期を思い出して、私は戦慄した。

 顔を青くする私を見て、ミゼットさんは静かに頷いた。


「この薬は不老処理の薬です。体内の邪気の増殖を緩やかにするものです。気休めですがね。」


 出発の時、知人のおじさんが険しい顔だったのは、もしかして…


「試験体が赤紋を投与されてからの平均寿命は15年と言われています。」

「……その薬を飲んでも、ですか?」

「服用しているからこそ15年も生きられるんですよ。正教会が脱走兵を放置する理由がおわかり頂けましたか?」


 そうか……。

 不老処理の薬を入手出来なければ、短期間で老衰してしまうという事なんだ。


「私は投与されて14年になります。」


 私は言葉を失くした。

 平均的に、ミゼットさんの余命はあと1年。

 いや、1年も無いのかもしれないのだ。


「そんな顔をしないで下さい。」


 ミゼットさんは穏やかに笑う。


「これは因果です。私は教義の下に多くの……数え切れない罪を犯しました。……最期に、この命を正しく使う機会を与えられたのです。私の魂は救われる。」


 これが達観というのだろうか。

 ミゼットさんには気負いも恐れも悲壮も感じられなかった。


「あなた方に出会えて良かった。あなた方は私の希望です。」


 この事は子供達には内密に。

 口元に人差し指を立てて笑うミゼットさん。

 そこから私達は沈黙して、馬車に揺られ続けた。

 寺田さんはずっと目を瞑っていた。


 

 昔TVのドキュメンタリーで、紛争地域の特集をしていた。

 今から自爆テロに行くという兵士に取材し、彼はテレビに向かって静かに語った。


 怖くない。

 自分の命が必ず状況を変える一つの行いを果たすと信じている。

 ただ、俺の事を忘れないで欲しい。


 

 ミゼットさんを見ていて、何故か、その時の映像が思い出された。

 

──────────


「主人は不在です。お引取り下さい。」


 冷淡にそう告げるのはタキシード姿の偉丈夫だ。

 邸宅の門の前で仁王立ちして、訪問者を見下している。


「我々はライア修道会からの使者です。正教会ではない、ラットリアの国教ですよ?」


 門番の男は眉一つ動かさない。


「聖職者に対するこの振る舞いは、貴方の主も審問にかけられますよ?」

「アポイントが取ってあるならお通ししますが、そのような連絡はありません。お引取り下さい。」

「ですから、我々は修道会の者です。ライア修道会のノア枢機卿からの下命で」

「ここはレプロスです。」


 男は呆れたように司教らを見てため息をした。


「他の領地では通じるでしょうが、レプロスでは通用しない。あなた方は主に目通りしたいなら、然るべき手順を踏んでから来訪すべきだ。」


 男が拳を鳴らし、司教らはビクリとする。


「強引に入りたいなら構いませんが。不法侵入者として衛兵に付き出すまでです。」


 それっきり、男は門の中に入って後も引かず立ち去ってしまった。

 残された司教らはお互いに顔を見合わせてその場で項垂れる。


「司教、どう致しますか?」

「うむ……修道会として来れば面会出来ると思ったが……レプロスめ。」

「ゾーアが雇った傭兵はどうなった?」

「まだ二人ほどが勇者を追っているとの事です。情報ではここへ向かっていると。」

「……勇者が来たら厄介な事になる。その前に何としてでも聖杯を奪わねば。」


 司教はしばし思案した後、顔を上げて唸った。


「仕方ない……。皇国のバルデ枢機卿に伝達を。鮮血部隊クリムゾン・コマンドを派遣していただく。」

「?!本気ですか?!」

「奴らは我々に従うでしょうか?!」

「ブロディ聖部隊の後方支援として派遣されていた、あの部隊がここから一番近い。それに、難敵がいると言えば大人しく指示に従うはずだ。奴らは戦闘狂だからな。」


 一同は不安げに顔を見合わせる。


「教義に背くという事は、神の意思に背くという事。堕落したレプロスの商人に思い知らせるには、うってつけの部隊だろう。」


 司教らは聳え立つ豪邸を一瞥すると、唇を噛み締めて踵を返した。

 その厳しい顔にほんのりと、笑みが浮かんだ。

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