第24話 大都会には色んな人がいます
「すごーい、ヨーロッパみたい!」
レプロスの市街。
石造りの高い建物が縦横に並び、石畳の道がどこまでも続く。
水場や軒、橋、劇場のモニュメントには宗教色の強い石像が見られるが、ほとんどのモデルは勇者ライアと守護者だそうだ。
守護者の像には人間の姿のものや虫?みたいなものもいるが、動物もいる。
あれはオラウくんかな?ジヤくんかな?と、それらしき石像を見つけると心がほっこりする。
ミゼットさんに続いて景色を楽しみながら歩くが、この街、とにかく規模が凄い!あと、人が多い!
商売人の掛け声もとにかくでかい。
「ホットミルクいかがですかー!一杯30リアー!」
「靴磨きます!たったの100リア!」
「灰買いまーす!
押し売りも普通に横行してるから、それを避けるように人混みを縫う。
「ジュリアさん、ムタくん、大丈夫?」
「は、はい!大丈夫です……!」
「ぜ、絶対
死に体の二人。
馬車の旅は一週間かかった。
二人はお尻の痛みと乗り物酔いの吐き気と戦いながら、何とか弱音を吐かずに辿り着いたのがついさっき。
歩き方がおかしいし顔面蒼白。
ムタくんは人混みにも酔っているようだ。
担いであげたいが寺田さんの目が厳しいしな。
「ごめん、頑張ってね。」
「「はい!」」
返事だけはいいのよね、いつも。
──────────
人の波に紛れて、ラウルとメルはキララ達の動向を伺っていた。
「……ダメだな。あんだけしっかり体に括られちゃあ、スリも置き引きも出来ねぇ。」
「せこいよそれ。第一、逃げ切れないでしょ。」
「……いや、待てよ?勇者は度を越したお人好しだって話だ……。勇者の前でボコられてたら、必ず助けるはず。接点を作って、何とか潜り込めんだろうか……」
「……それ本気で言ってる?」
「今の俺なら見窄らしく見えるだろ?上手くやるさ。」
ラウルはニヤリと笑ってメルの肩を叩いた。
そのままフラリと通りに出ると、キララ達との距離を測りながら覚束ない足取りで、近くにいる如何にも傭兵崩れのチンピラ達に向かう。
そして、酒瓶を持つ男に激しくぶつかった。
男の手から酒瓶が落ちて、割れる。
「てめえ、気を付けろ!」
「あ、ああ、すみません…」
ラウルは、そのまま絡まれるだろうと高をくくっていたのだが、男達はラウルの不潔で粗末な容姿を見ると、最初は目を釣り上げたのだがそのまま「ちっ、勿体ねえ」と怒りを腹に収めて無視を決め込んだ。
それでは困ると、ラウルは再び男の方へ倒れ込み、自然に手を振って顔面を叩いた。
「いっって!このヤロー!」
「す、すみません……」
さあ、殴りかかって来い!と期待するが、
「おっさん!酔ってんのか?!飲みすぎじゃねえか?!」
「失業者じゃないか?出稼ぎに来て失敗した奴かもしれねー。よくある話だ。」
「ほら、これで何か買って食えよ。下町に行きゃ安い飯屋があるし、古着屋もある。安く洗髪もしてもらえるぞ。」
意外といい人達!と、見守っていたメルは男達の人情にホロリとする。
しかしラウルは目論見通りにいかなくて苛つきだした。
キララ達はどんどん近づいてくる。
男が差し出した銀貨を払いのけてラウルは男の胸ぐらを掴んだ。
「貧乏傭兵に施し受けるほど落ちぶれちゃいねーんだよ。お前ら目障りだ、酒置いてとっとと失せろ。」
言い様、ラウルの左頬に拳が入った。
よし!!
ラウルは心中でガッツポーズする。
辺りは騒然となり、そこへキララ達が鉢合う。
思惑通り、ムタとジュリアは血相を変えてラウルを庇いに駆けようとする、が、
「あれは詐欺です。」
ミゼットが二人の肩を引いて止めた。
「え?!」
「ええ?!でも……」
「大袈裟に体を振って殴打の勢いを殺している。あれは高度な防衛術だ。殴っている方はほとんど手応えを感じていないだろう。」
「そ、そうなんですか?!」
「わざとなんですか?どうしてそんな事を?」
「パフォーマーなのかもね。大きな街だし、色んな人がいるのよ。」
そう言って足早に離れて行った。
ラウルの顔は呆然とする。
そこへ、男の渾身の一撃が入って、ラウルはその場でのびてしまった。
・・・・・
「あははは、君は間抜けだなー。」
メルの嘲笑に不機嫌なラウルの顔が更に険しくなる。
「ははは、逆だったとしても見抜いちゃうだろうに、何で上手くいくと思ったの?あははは」
「うるせーなぁ!だったらお前が何とかしろよ!」
左頬を撫でながら怒鳴りつけるラウルに、メルは綺麗な長髪をサラリと揺らして微笑んだ。
「最初から僕の領分だったんだよ。女の子から剣を渡してもらえばいいんでしょ、簡単だよ。」
手鏡を取り出し、右、左と自分の顔面を映し、最後に白い歯列を確認すると、メルは遠いジュリアを見据えた。
「僕を好きにならない女の子はいないんだから。」
──────────
「そこの美しいお嬢さん!」
これ男の人の声かしら、高い声ね。
「そこの!おさげのお嬢さん!」
元の体の時は男の人に声を掛けられる事なんて無かったからピンと来なかったが、この声、明らかにこちらに向いている。
「その栗色の美しい髪をおさげにしたお嬢さん!」
ああ、これジュリアさんを呼んでる声だわ。
ジュリアさんを見ると……無視。
気付いてないというより、自分の事だと思ってないわね。
「ねえ、ジュリアさん、さっきからあの人がしつこく話し掛けてるわよ。」
「え?!私ですか?」
「ああ、やっと応えてくれたね!」
満面の笑顔で近づいてくる長髪美形。
え、ちょっと、尋常じゃない美男子じゃない?
うーん、でもチャラそうな王子様系か〜。
私のストライクゾーンからは外れるなぁ〜。
勝手に吟味している私を素通りする美形がジュリアさんの手を取ろうとすると、ミゼットさんが間に入った。
「失礼、先を急ぎますので。」
一瞬、美形の目が冷淡になる。
ミゼットさんも笑顔だが、眼力の圧が凄い。
ジュリアさんは交互に視線を泳がせてオロオロしている。
おお……美女を取り合うイケメン達の構図がこんなところで拝めるなんて。
くそ、スマホ無いわ。
「すみません、あまりにも美しいお嬢さんでしたので、つい声を掛けてしまいました。」
美形は眉を垂らして寂しげに笑う。
「お名前だけでも、お聞きしても?」
「あ、でも…」
「お願いします、お嬢さん。」
ミゼットさんが間にいるのにグイグイ来るなこの美形。
……いや、違和感がある。
ミゼットさんの位置取りが悪い?
「その身ごなし、武芸者だな?」
寺田さんの言葉に美形は驚いた顔をしたが、すぐにジュリアさんに視線を戻して演技がかった仕草で髪をかき上げた。
「仰る通り、元傭兵です。ですが、傭兵は泥臭くて貧乏でモテないからやめました。今は髪結師の見習いをしているんですよ。このような……美しい人にたくさん出会えますから。」
ジュリアさんにウインク。
その熱視線にジュリアさんはたじたじだ。
「あの、でも、今はちょっと……」
「でしたら、」
美形は懐からハンカチを取り出した。
「この刺繍が店の名前です。今夜、貴方をより美しく華やかな女性に磨き上げる為に予定を空けておきますから……是非、いらしてくださいね。」
両手でしっかりとジュリアさんの手にハンカチを握らせると、美形は投げキッスして颯爽と立ち去った。
ミゼットさんはそのハンカチをさっと奪うと、ヒラリと落としてジュリアさんの手を取ってまじまじと確認する。
「毒の類は無いですね、異常はありませんか?」
「あ、はい、大丈夫です。」
「ああいう輩に話し掛けてはいけませんよ。」
彼氏というよりまるで親だなぁと、苦笑いしてしまう。
それにしても、ちょっと変わった美形だった。
仕草や足運びは思わず警戒してしまうけど、害意が感じられないというか。
ただの軟派男にしか見えなかった。
寺田さんも噛み付くか迷ってたみたいだし。
「キララ様、僕はキララ様の方が断然かっこいいと思いますよ。」
頬を膨らませたムタくんの唐突なワッショイ。
ああ、お姉さんにベタベタされたのが気に入らないんだろうけど、私をアゲる意味とは。
ミゼットさんに平謝りしたジュリアさんは、周囲をキョロキョロと見渡す。
あの美形を探してるのかな?と思ったら、その視線はすれ違う女性達にあった。
大都市を自信に満ちて闊歩する女性達はみんな、綺羅びやかでスタイリッシュな服装や髪型をして、綺麗に化粧している。
それを見る目にはハッキリと羨望があった。
髪を撫で、質素なワンピースに色の褪せた靴を眺めて、ジュリアさんは恥ずかしそうに俯いてしまった。
ああ………その気持ち、わかる。
特に私は下の下の容姿だったから、オシャレなんて、憧れたところで手を出してはいけないと思っていたから。
でもね、
「ジュリアさんはそのままで、ナンパされちゃうくらい素敵な美人よ。着飾ったらきっと求婚者の行列が出来ちゃって、私は近付けなくなっちゃうわね。」
ジュリアさんは目を丸くして私を見た。
「ほら、こんな綺麗な瞳の人はそうそういないわ。」
ジュリアさんは両手で顔を被って俯いてしまった。
耳が真っ赤。
これ以上は刺激しないでおこう。
あーでも、前向いて歩いて欲しいかな、危ないし。
後ろでムタくんとミゼットさんが温かい笑顔をしているのが居心地悪かったです。
レプロスでは宿屋は完全に男女別で、男性用宿屋、女性子供用宿屋となっているらしい。
しかも、大人数の相部屋。
異世界によくある〇〇亭みたいな物は無く、宿屋には食堂なども無い。
食事も出来るホテルというのは、完全にお貴族様専用のようだ。
庶民は親類知人を頼るか素泊まり宿を利用し、食べ物は持ち込むか外食するのが一般的だそう。
私達は離れて泊まるわけにいかないので、ミゼットさんの知人の家に泊めてもらうことになった。
そんなに広い家ではなく皆で雑魚寝だったから、ジュリアさんは気休めだけどカーテンを引かせてもらった。
どんな情報が伝わったのか、私だけは個室だった。
寺田さんは外だった。
──────────
午前0時を告げる鐘が鳴らされる。
劇場から観客の馬車が一斉に帰った後、灯りが次々と消されて、闇色の街に響く1日の終わりを告げる鐘の音。
とっくに閉店している髪結屋の前からラウルの笑い声がこだましている。
「はーっはっはっは、何が「僕を好きにならない女はいない」だよ!すっぽかされてるじゃねーか!」
腹を抱えて大喜びで転げ回っている。
産まれて初めて女性に拒絶された事実に茫然自失のメルは、ラウルの爆笑をそのままに、体操座りでただ、黙って月を見つめた。
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