第23話 襲撃で傷付いたのは私の心

 人が3人も並んだら幅一杯になる道を、傭兵達は脇に寄る事も無くこちらへ進んでくる。

 そして、私達の目の前で立ち止まる。


「ちょっといいですか?……我々は、この辺りで人攫いが出ると通報があって派遣された治安維持部隊です。……失礼ですが、どちらまで?」


 ん?委託された普通の傭兵なのかな?


「それは、峠の山賊達の事じゃないですか?つい先日もこの子達が被害に遭いそうになったので。私達は領主の下命でレプロス市街に向かうところです。」


 私の言葉に、ミゼットさんも領主からの書簡の印を見せる。

 傭兵はそれを確認した後、背後にいるジュリアさんに目をやった。


「そちらの女性が背負っているものは……その布包みの中身は剣ですか?」


 ジュリアさんは咄嗟に背後に手を回す。


「骨董品ですよ。領主が見たいと仰るので持って来ていただいたものです。人を殺傷出来るようなものではありません。」


 ミゼットさんが言うのを聞いているのかいないのか、傭兵は顎を撫でながら後ろの傭兵達と小声で何か話している。

 そして、


「拝見しても?」


 と、手を伸ばして来た。

 あ、はい、とジュリアさんが剣を渡そうとするので、私が制する。


「歴史的価値の高いものですから、ちょっと。」


 すると、傭兵達はそれぞれ武器に手をかけて私を睨みつけた。


「ただの村娘がそのような価値の高い物を持っている時点でもおかしいが、見慣れない毛色の男に獣……お前たち、領地を荒らしに来た移動民族ロマだな?!それは盗品か?!」


 おいおい、無茶なイチャモンだな、何で急にそうなるのよ。

 ミゼットさんが笑顔で割り込んでくる。


「まあまあ、武器を下ろして下さい。私は領主の使いです。これはその証明…」

「そんなもの偽造書だ!盗賊は縛り首と決まっている!ルチャ・レプロスの権限においてお前達を連行する!抵抗すればこの場で切り捨てるぞ!」


 傭兵が剣を抜いた瞬間。

 横にいたミゼットさんが外套の下から一本の棒を掴むと、振れる遠心力でグンっと棒が伸びる。

 伸縮式の棒?

 と、思う間に、傭兵の剣が上空高くに飛ばされた。


「え?」


 間抜けな声を出した傭兵の喉を棒の先端が打つ。

 打たれた傭兵の背が丸まり、屈み込む間に左右の傭兵の顔面や鳩尾が打たれる。

 三人はほとんど同時に膝を付いて倒れた。

 後ろの傭兵達は何が起こったのかと動揺しながら、一斉に武器を向ける。

 ミゼットさんは帽子を取って私に預けると、弧を描いて棒を構えた。


「領主はロマの取り締まりを傭兵に委託しない。しかし、盗賊は絞首刑というのは事実です。領主の名を騙る不届きな盗賊は全員、私が縄をくれてやりましょう。」

 

 やだ、かっこいい!!



──────────


「……あちゃー、ありゃダメだな。」


 きらら達から2キロほど離れた畑の真ん中にぽつんとある、鐘つき堂の屋根の上で、望遠鏡を覗きながらメルが呟いた。


「おい、勇者ってのは子供と喧嘩しても負ける雑魚じゃなかったのか?」

「凄腕の用心棒が付いてるみたいよ?」


 メルが望遠鏡をラウルに渡す。


「……あのピアス、ライアの赤紋だな。脱走兵か。」

「そんなの聞いてないよー。」

「ライアの赤紋じゃ、普通の傭兵にゃ荷が重いな。」

「どーすんの?」

「どーするって、だから声が掛かったんだろ?聖人殺しセイントキラーの俺達に。」


 メルは再び、微笑するラウルから望遠鏡を受け取る。

 その表情は不満げだ。


「はあ、報酬が高額だからおかしいと思ったんだよね、女のコから剣を預かるだけなんてさ。聖人なんて厄介な相手、知ってたら断ってたよ。」

「仕事を選んでる場合じゃねーだろ。」

「借金で首が回らないのは君だけでしょ。僕は女のコ達が養ってくれるもん。」

「……お前は本当にクズだな。」

「お互い様だろ。……あ、もう終わっちゃったみたいよ。」


 再びラウルが望遠鏡を受け取り確認する。

 ピクリとも動かない傭兵達。


「……聖人はあいつだけだな。メル、殺れるか?」

「朝飯前だよ、多分。」


 メルはそう言うと、ボルトアクションライフルを静かに構えた。



──────────


「うぅ…」


 外套の襟を正しながら、ミゼットさんは呻く男の鞘に結ばれている布をじっと見る。


「……青地に金獅子、ケナン義勇団ですね。ケナン団長はこの事をご存知ですか?」

「そ、それは……」


 うつ伏せて呻いていた男は青白い顔を上げる。


「領主の客分に危害を加えるとは、叛意ありと見做し義勇団は領地から追放です。」

「ま、待ってくれ…!」


 意識のある者達がざわつく。

 ミゼットさんは彼らを見渡して微笑んだ。


「依頼主を捕らえて領主に赦しを請いなさい。それが組織なら、恩赦に加えて報奨も期待出来ますよ。」

「わ、わかった!か、感謝する!」


 棒を再び外套の中に仕舞い、ミゼットさんは笑顔のまま私達に振り向いた。


「凄いですね、ミゼットさん。」

「本当に!」

「棒だけで、こう、パパって!キララ様のように!」

「ははは、大した事では……」

「ところで、ミゼットさん。」


 私はミゼットさんの手を掴むと思い切り引っ張り寄せた。

 丁度、抱き締めるような格好だ。


「き、キララさん?!わわ、私は……」


 ミゼットさんが戸惑い…いや、トリハダ?

 タレ目をまん丸にして拒否のポーズを取る。

 やめて、違うから!派手に拒絶されると傷付く!

 ミゼットさんが前のめりになった瞬間、丁度ミゼットさんがいた位置の奥の畑に、何かがシュっと通過する音がした。


「?!」


 ミゼットさんは驚愕の顔でそれを見た後、サッとその反対方向を見た。


「さっきからピカピカとやかましかったからな。」


 寺田さんはさっきからずっとその方向を見ていた。


「うん、多分、スコープかな?」


 中世設定でスコープ付きのライフルなんてあるの?

 全く、異世界はふんわり時代設定なんだから。

 私は足元の石を拾い上げる。


──────────


「……あれ?外した?」

「おいおい、鈍ったんじゃねーだろうな?」


 ラウルが望遠鏡で覗いていると、


「……うん?なんだ、こっちを……」


 レンズの中で大男が振りかぶるポーズを取る。

 そして、


 ……パンッ!!


 咄嗟に覗き口から目を離すと、レンズが割れて望遠鏡が弾かれた。


「石?!」


 この距離で、こちらに気付いて、投石したのか?!

 しかも、ヒットしてる?!


「……なんつーコントロール…。」

「待ってよ、聖人は1人じゃなかったの?!」

「ナンバリングストーンは無かった。まさか……完成型アブソリュートか……?」


 ラウルの額から一筋、嫌な汗が流れた。


「……奇襲はやめだ。やり方を変える。」


 ラウルは大男の方向を睨みつけ、ニヤっと口角を上げた。

 望遠鏡を持っていた手はまだ痺れている。


「……何者だ、ありゃ。」



──────────


「いやー、本当にびっくりしました。色んな意味で驚きました。いや〜、本当に良かったです、驚きましたけど。」


 心からの安堵を語るミゼットさんと、物理的距離が更に開きました。


 


 傷付くわぁ。

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