第22話 座敷わらし的勇者

 ここは北海道か!

 叫びたくなるほど広大な畑、畑、畑。

 地平線まで一面の緑。

 近くの街から市街に向かう定期馬車に乗る為、私達は田園地帯を歩いて横切っている。


「レプロスはラットリアの穀倉地帯と呼ばれています。他にも、芸術、文化、金融の中心であり、レプロス領だけで一国に匹敵する財を保有しているんですよ。」


 得意げに語るミゼットさん。


「はあ〜。だから、勇者一族くらい無税にしても屁でもない、と。」

「彼らあってこそのレプロスですから。」


 「イバンの目」という秘密結社、どうやらここの領主も幹部らしく、正教会から逃れ流れて来た勇者一族を手厚く保護しているらしい。

 勇者一族はなんと、無税。

 彼らの生産力は引くほど脆弱なので……という理由かどうかは定かではないが、税は免除されているとか。

 

「勇者の一族が住む土地は、邪気の影響を受けません。それどころか、彼らのいる周辺地域は不作だった年が一度も無いんです。」

「は?!そんな事あるんですか?!」

「ええ。本当に、勇者はまるで大地の祝福を受けているようです。」


 福の神か。

 成程な、領主が勇者を大事にしたいわけだ。

 でもそれなら他の領地だって勇者が欲しいんじゃないの?


「ライア正教会を受け入れる事で得られる富もありますがね。正教会は武器や部隊を輸出して莫大な富を築いていますから。」


 私の心を読んだかのようにミゼットさんが付け足した。

 その富を盤石にしたいが為に、むしろ勇者には消えてもらいたいのね。


「……勇者がいなければ世界は滅ぶのにね。」

「人は都合のいいものを信じます。ライア正教会が祭壇に祀って熱心に拝んでいるのは真理ではなく金です。例え滅びても、金に埋もれて死ねるなら本望なのでしょうね。」


 拝金主義者ってのはどいつもこいつも。

 いつの時代もどこの世界でも、一番恐いのは人間だな。

 自慢げだったミゼットさんの表情は固く冷たくなる。

 それでも、新緑色の麦畑を歩くミゼットさんの横顔は涼やかで、惚れ惚れするほどイケメンだな〜、と無意識に目が釘付けになった私の足に寺田さんが噛み付いた。


「いっった…!何すんのよ、寺田さん!」

「足が早い。子供らが遅れてるぞ。」


 振り向けばムタくんとジュリアさんが遠近法で小人サイズに。

 あら、しまった、話に夢中で気付かなかった。

 寺田さんの歩調に合わせているのに、それより更に遅いって、ロア族。


「ごめーん、二人とも。大丈夫?休憩する?」

「いいえ、大丈夫です!遅れてごめんなさい!」

「す、すみません、足が遅くて…!」

 

 またこのやり取り。

 よし、担ぐか。

 と手を延ばす私に、ムタくんが慌てて、


「大丈夫です、歩けます!子供じゃないので!」


 と、私の手を避けるように横を駆けて行った。

 自分の足で付いてくる、実はこれはムタくん達が同行する際の寺田さんが出した条件だ。


 レイ族の村へ向かうという旨を伝えた時、私達はジュリアさんもムタくんも村に置いていくつもりだった。

 ロア族はレイ族の件には関係無いし、連れて行ったところで足手まといとしか思えなかったからだ。

 しかし、二人は付いていくと言って譲らなかった。


「私は勇者ですから!同じ勇者であるレイ族を助けるのは当たり前です!勇者ですから!」

「僕も連れて行って下さい!いえ、お供させて下さい!僕もキララ様のように強くなりたいのです!」

「ムタ、あなたはやめておきなさい。足手まといだわ。」

「それは姉ちゃんもだろ?!姉ちゃんはキララ様と離れるのが嫌なだけじゃないか!」

「なっっ……!!そそ、そうじゃないわ!ゆ、勇者ですもん!」


 そんな調子で不毛な言い合いを続けるので、寺田さんがピシャリ。


「どちらも足手まといだ。ここにいろ。」


 突き放された二人は愕然とする……が、その目が全く諦めていないのは私でもわかる。

 二人を説得するのは骨が折れそうだと思えたので、


「……ねえ、寺田さん。私達がいない間にここに刺客が送られるかもしれないじゃない?ジュリアさんと剣だけでも、私達と一緒の方が安全じゃないかな?」


 面倒だからもう連れて行けばいいや、と提案してみた。

 私の言葉にジュリアさんの表情がパアっと明るくなる。

 何なら顔面が紅潮している。

 そのキュン、女相手の無駄キュンだよジュリアさん。本当ごめん寺田さん。

 黙って話を聞いていたミゼットさんも助け舟を出す。


「そちらの少年も、納得してくれなそうな顔をしていますよ。黙って付いて来られた方が危ないですし、許可された方が良いのでは?」


 ムタくんの目もキラキラ光りだす。

 笑顔のミゼットさんに対して無表情の寺田さん。

 全員が寺田さんに注目する。


「……危険な神獣の島ではなく、行き先は領内です。お二人なら片手間で子守くらい出来そうですよ?私も同行しますし。」


 ミゼットさんの一押に、寺田さんはため息をした。


「仕方ない。いいだろう。」

「!!ありがとうございます、テラダ様!!」

「その代わり、自分の足でちゃんと付いてこい。旅程が大きく狂ったり無駄な介抱に時間が掛かるようなら村に返すからな。」

「はい!頑張って付いていきます!」

「ジャングルじゃないし、普通の道ですから大丈夫です!」


 ………なんて事があったので、二人は必死に走っている。

 ジュリアさんは息を切らせて私とミゼットさんの間を大股で歩く。

 そして、何故かミゼットさんをキッと鋭い目で見た。


「私、負けませんから!」


 それから私を見上げてポッと頬を染めて俯く。

 これには私もミゼットさんもポカンだ。

 ミゼットさんは私とジュリアさんを交互に見た後、ああ、と声にならない声を上げ、そして空虚な色の瞳で私を見た。

 微妙に距離を取られる。


 やめてよ!!違う、そうじゃない!!!

 いや、違わないかもしれないけど違うんだ!!!

 ああ、でも今の私はまさしくトランスジェンダー?!

 この世界にソドミー法は無ぇよな?!


「ムタ、早すぎる。俺の後ろを歩け。」


 先を行くムタくんに、寺田さんが声を掛けた。

 ムタくんは素直に言葉に従う。

 が、私とミゼットさんはすぐに寺田さんの意図がわかった。


 前方から歩いてくる集団。

 まだ遠いが、鎧を着て槍や剣を持っている。


「あ、傭兵団ですね。」


 ジュリアさんは別段おかしな事は無いというように言う。


「傭兵団って、よく見掛けるものなの?」

「レプロス領は多くの傭兵団がいますから。街の市に行く時によく見掛けますよ。」

「こんな辺鄙な村の近くでも?」

「そういえば……この道で見掛けるのは初めて……かな?」


 私は寺田さんに並んで子供達の前に立った。

 ざっと20人ほどの傭兵が一本道をどんどん近づいてくる。

 談笑しながらただ通行している風を装っているようだが、時折かち合う視線は鋭い。


 早速来たな、刺客!

 

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