第21話 有力者が味方してくれるのも異世界のお約束

 レプロス領の中心地はリグレンス連合王国の中で最も栄えた華やかな都市だ。

 市は活気があり、商店街、金融街、劇場に賭博場、精緻な装飾の施された石造りの建造物が平野を埋め尽くす。

 夜でも洪水のようにランタンが灯り、幻想的な光景は幻燈都市と称されている。

 モードの先端でもある街を歩く人は、誰も彼も洗練された服に身を包み、乞食でさえシルクハットを持っている。

 そんなきらびやかな大通りから外れた陰の裏通り。

 昼間から酔っぱらいや娼婦が下品な笑いを響かせる場末の酒場に、似つかわしくないビロードのジャケットの男がやって来た。

 酔っぱらいは口々に罵声やからかいを浴びせ、男は寄る辺無さげな顔を青くして額に汗を滲ませている。

 周囲をうかがう挙動を繰り返した後、男は意を決したように、一人の娼婦に声を掛けた。


「こ、ここに、腕利きの傭兵がいると聞いたんだが……だ、誰がそうなのか、わかるか?」


 娼婦は男の上から下までじっとりと見た後、煙草の煙を吐き出して笑った。


「はははは!お兄さん、ここにいるのはみーんな貧乏傭兵だよ。来る場所を間違えたんじゃないか?馬鹿に絡まれる前に、さっさとママの所に帰りな。」

「えっ…いや、確かにここだと……」


 困惑する男を見ていた一人の酔っぱらいが立ち上がり、男に近づいた。


「俺がそうだ。そんで、いくら払うんだ?兄ちゃん。」


 肩を組んで顔を近づけて笑う。

 男は強い酒気に顔を歪めた。


「いや、俺がそうだぞ!」

「俺も手練だぞ〜!さっさとツケ払ってくれよ〜!」


 酔っぱらい達は口々に名乗りだし、男に向かってピーナツを投げ、大声で馬鹿笑いする。

 男はほうほうの体で酒場から出た。


「くそっ、酔っぱらいどもめ!」


 ジャケットを払い整えながら愚痴る男に、入り口で酒瓶に埋もれて寝ていた黒髪の無精髭の男がふらりと起き上がって声を掛けた。


「何を依頼しに来た?護衛か?暗殺か?標的はどいつだ?」

 

 襟を正しながら男は無精髭の男を見る。

 酒と酸っぱい臭いが漂う不潔そのものの髭の男に、眉を顰めて侮蔑の眼差しを送る。


「いや、私の勘違いだったようだ。ここに用は無い。もちろん、君にもね。」


 男が立ち去ろうと踏み出した足元を鼠が横切る。

 と─────


 カン、っと音がした。

 

 気付けば足元の鼠の頭はナイフに貫かれている。

 なんて早さと精確さ……

 男は顔を青くして髭の男に振り返った。

 

「内容は?」


 伸び放題のベッタリとした前髪の隙間から青い眼が光った。

 男はごくりと喉をならす。


「…あ、暗殺だ。対象は女……。」

「女……ハッ。悪かったな、足止めして。帰ってくれ。」

「ま、待て!暗殺は可能ならばでいい!一番の目的は、その女が持つ剣だ!剣を奪うか破壊してもらいたい!報酬は言い値で構わん!」

「………半分前金だ。」

「い、いいだろう。」


 髭の男は足元に散らばるナイフを一本掴むと、路地で女と乳繰り合っている長髪の男の頭部目掛けて投げつけた。

 刺さる、と思われたナイフは、長髪の男の手に握られていた。


「……モテないからって、僻むなよ。」

「仕事だ、阿呆。」

「仕事?」


 長髪の男は端正な顔をこちらに向け、ふーん、と依頼主を睥睨へいげいする。

 理解が追いつかないのか、依頼主は二人の男を交互に見て戸惑う。

 髭の男はのそりと立ち上がると、酒をあおって口を拭い、笑った。


「ラウルだ。そいつはメル。あんたが考えてた額の倍になるが、二人分キッチリ頼むぞ。」


 青い目に凄まれ、男はわかった、としか言えなかった。


「さて、……剣、ね………。」


 ラウルは再び酒を呷った。


──────────

〜side ミゼット


 レプロス領主は信仰とは遠いところにある合理主義者だ。

 身分の貴賎や出自より能力に応じて人を使う。

 だからこそ、自分のような者が仕える事が出来ている。

 そんな領主が領内でライア教会の宣教を許した事は、私にはにわかに信じられなかった。

 

「そう恐い顔をするな。国王陛下は修道会の参事でもあるし、顔を立てねばならん。それに、タダで教会を置かせるわけじゃない。宣教税は取るし、税務調査は頻繁に行うつもりだ。」


 修道会はレプロスという後ろ盾が欲しいだけだ。

 表立って政争に領地を巻き込む判断は領主らしからぬと思えた。


「お前の懸念している事はわかっている。領内にどれだけ鼠が入り込んでいるかもな。」


 領主はそう言って書簡を取り出した。

 私はその書簡の封印を見て、背に冷たい汗が流れるのを感じた。


 白菊の紋。


 「イバンの目」の紋章だ。

 流浪して死にかけていた私を拾い、ここへ送り込んだ組織。

 まさか、私の正体が露見したのか?


「何故、私の領地が連合国家の中で最も栄え富んでいるのか。悪戯な感傷を持ち込ませず、理不尽な思想を徹底して排除してきたからだ。」


 領主は封印を解いて書簡を広げた。

 

 “ ロアに剣をもたらした豪傑に接触せよ

   共にレイの杯を取り返せ ”


 書簡にはそう書かれていた。

 私は混乱した。

 何故、領主がそれを持っているのか?

 私に宛てられた使令が、領主の手に渡ってしまったという失態を理解して絶句する。


「嘘やまやかしは、時に商売の助けになり、私に益をもたらす。そうならば私は詐欺だって歓迎するだろう。しかし、私を陥れる嘘は看過できない。宗教を騙り、身勝手を教義ドクトリンとして私を利用し、私の資産を食い散らそうとする輩は、特にな。」


 領主は懐に手を入れた。

 銃……と、思わず警戒しそうになるのを制する。

 

「どれだけ嘘で覆っても、都合が悪くても、事実を曲げられはしない。勇者の存在が邪気を滅し豊穣をもたらし、我が領地の繁栄に通じているという事実はな。レプロスは代々勇者を受け入れ守ってきた。故に、勇者の敵は徹底して排除する。」


 領主が懐から取り出したのは、白菊の紋章が入った懐中時計だった。


「必要な援助は惜しまない。「イバンの目」からの使令だ、すぐにロアの村へ向かって欲しい。」


 高まっていた緊張が解かれて私は脱力した。

 領主は意地の悪い笑顔で私を見ている。


「旦那様……面白がってましたね?」

何歳いくつになっても、茶目っ気を忘れないよう心掛けているからな。」

「はあ……。「イバンの目われわれ」以外にロアを助ける者、ですか。……何者ですか?」

「そこには言及されていないが、どうやら総長はそいつらを信用しているようだ。」

「………。」

「実際にお前の目で確かめて、決めればいいだろう。」


 


 ───というやり取りがあって、今ここにいるのだが。


「えー、寺田さん女の子だったんですね!www」

「そうなのか?」

「はい、先生の動物図鑑によれば、テラダ様はメスです……知らなかったんですね。」

「私も口調からてっきりオスだと…」

「寺田さん、リボン付けようよwww」


 少年と勇者の少女と巨漢が仰向けに寝るワニにリボンを結んで戯れている。


 ……うん、敵では無さそうだ。

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