第20話 次の行き先はレイの勇者の村に決定しました

「邪気ですか?でも、邪気って毒みたいなものじゃないのですか?」


 魔王城を出て邪気というものを目の当たりにしたけど、とてもじゃないけど人体に投与したり出来るものじゃなさそうだった。


「仰る通り、有機無機関わらず腐らせる毒です。しかし今から120年ほど前に、ある学者が邪気は破壊エネルギーであると定義し研究を始めたのです。当時は誰も見向きもしなかった仮説でした。……しかし何故か正教会がバックアップして研究を進め、邪気から「増殖」と「破壊」の特性エネルギーを抽出する事に成功したのです。その後武器や防具の鋳造、動物実験や人体実験を繰り返し、人間に適合させる事に成功した強化剤がライアの赤紋なのです。」


 急に科学。

 やめて、私は文系。


「ライアの赤紋は肉体を強化し、施された人間は人と思えない身体能力を発揮します。ライア正教会はこの赤紋を付与した人間で軍隊を編成し、各国の王権をも御する巨大軍事派閥に成り上がったのです。」


 ははあ、宗教が軍事産業も始めて幅を利かせたわけか。

 ん、ちょっと待てよ?


「あの、脱走兵っておっしゃいましたよね?大丈夫なんですか?そのピアスは情報が……」


 確か司教がピアスに通信機能があるらしい事を言っていた。

 それ付けてると筒抜けなんじゃなくて?


「ああ、ナンバリングストーンは試験体から実験データをとる為のタグなので、死亡しなければ居場所や情報が漏れる事はありません。正教会では、タグのある者は使い捨てという認識ですから、あなたが危惧するような事はあり得ませんよ。」

「そうなんですね……。すみません、余談でした。」


 試験体ってのはそういう事なのか。

 私の偏見だろうけど、機密部隊の脱走兵って裏切り者として追われたり抹殺されるってイメージがある。

 でも、この人に追われてる緊迫感のようなものを感じないのは、多分、放置しても問題無いくらい敵が圧倒的で、死んだら実験結果が取れてオッケーくらいの些事なんだろう。

 淡々と話すけど、モルモットにされてるわけで。

 聞いといてなんだけど、何と言えばいいのか……ごめんなさい……。


「何故、正教会が教義を曲げてでも勇者と聖具を葬りたいのかという事情は、わかっていただけたと思います。」

「そうですね……勇者は邪気には優位ですもんね。最強の軍隊を倒せてしまう脅威という事ですね。」


 ミゼットは頷くと、外套のポケットから何かを取り出す。


「私はあなた方と同じく、勇者を庇護し、古い伝承を守る為にここへ来ました。」


 テーブルの上に置かれたのは白い菊のような花の紋が入った印籠だ。


「私はライア修道会の原理派、秘密結社「イバンの目」の諜報員です。ロアに聖剣をもたらしたあなた方を見込んで、助勢を仰ぎに参りました。どうか、お力添えをいただきたい。」


 そう言ってミゼットはテーブルに手を付いて頭を下げた。

 秘密結社て。フリーメーソンとかKKKみたいな?

 何かまたややこしくて面倒そうな案件来たんじゃない?


「話を聞こう。」

「いや聞かないから!」


 またこのワニは!!


「寺田さん!私達もう魔王倒して終わりなんだよ?私言ったでしょ?こっちの厄介事は首突っ込まないって!」

「俺達はそれで帰って仕舞いだが、いいのか?あの奇妙な連中はこの村を標的にしているんじゃないのか?」

「そ、そうかもしれないけど……私達二人に何とか出来る事じゃないでしょ?相手は国を牛耳ってる軍隊なんだよ?」

「お前は人に道徳を説く仕事をしているんじゃないのか?ジュリア達を見捨てて呵責を感じないのか?」

「う…でも…」

「敵が軍勢だから逃げるのか?お前は逃げる事が何より嫌だと言ってたじゃないか。義を見てせざるは勇なきなりという。お前は」

「もう!わかったよ!聞くだけ聞くよ!無理だったら無理って言うからね?!」


 振り向いたら、ミゼットは穏やかな笑顔で私達を見ていた。

 ……ちょっと恥ずかしい……イケメンですね……


「おほん……話なら、聞きます。」

「ははは、ありがとうございます。ところで、遅れ馳せながらお名前をお伺いしても?」

「ああ……キララです。こっちはテラダさん。」


 ちょっとキララに抵抗無くなってきてる気がする。

 まあ、これだけキララ連呼されたらねぇ…。


「キララ様とテラダ様。お二人のご懇情に感謝致します。ところで依頼された、と仰っていましたが、お二人は傭兵なのですか?」

「え、違います。」

「しかし、報酬を受け取って護衛をしているのでしょう?」

「いいえ、あー、その……何というか……人質というか……この依頼を果たさないと取り戻せないものがあってですねぇ……」


 どこまで明かしていいかわからずどもる私に、ミゼットは顎を撫でながら納得するようにほう、と声を漏らした。


「成程……安心しました。」

「…え?安心……ですか?」

「あ、いや、失礼しました。私の個人的な持論ですがね、タダより高いものは無い。私は善意を行動指針にしている者を信用しないのですよ。善悪の秤は天気と同じでコロコロ変わる。それから、金で動く者は扱い易いですが、金の切れ目は縁の切れ目。これも報酬額で傾く危うさがある。詮索はしませんが、あなた方が質に取られているものは金に替えられない大切なものだと見受けました。だから、あなた方は信用出来る。」


 そう言ってニッコリと笑うミゼットの笑顔が恐い。

 この人、腹黒だ絶対。


「それで、頼み事というのは何だ?その軍勢と戦う事か?」

「いいえ、まさか!お二人といえど多勢に無勢、そんな無茶なお願いはしませんよ。」


 慌てて否定した後、ミゼットは地図を取り出して一箇所を指さした。


「このレプロス領にはもう一つ、勇者レイの末裔の隠れ里があります。」


 そこで顔を上げるミゼットと私の目が合った。


「……また、聖具を取りに行く、というお願いですか?」

「ご明察です。」


 ミゼットは更に目を細くして笑うが、また地図とは違う紙を取り出した。

 字は読めないが、ホテルのような建物の絵の入った紙。

 興行のポスター?


「しかし今回向かって頂くのは、聖域ではなく、ここ。豪商リベラの私邸です。」

「……そこに聖具が?」

「はい。実は、レイの一族は聖具を………借金の形に取られてしまったのです。」

「はあ?!」


 勇者何やってんの?!

 


 


 

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