第19話 怪しい来訪者

 村を出てから3日で帰って来るとは、村人の誰も思っていなかったらしい。

 村に到着した途端真っ先に失敗を疑われ、会う人会う人に励ましの言葉を頂いた。

 その度に剣を見せて説明し、驚かれ、謝られ、喜ばれ、そんな面倒を辟易するほど繰り返してやっと村長にお目通りだ。


「これが勇者の剣ですか!素晴らしいですね!」

「ふーむ、オーラというか、威厳を感じますなぁ。」

「全くだ。何とも霊験あらたかな剣ですな。」

「今夜はお祝いをしないと!」


 それ、本気で言ってるならあなた達詐欺師の格好のカモですよ。

 骨董的な価値はあるかもしれないけど、これで魔王倒せるって疑わしくない?

 実際に力を見た私ですらそう思うよ?

 とりあえず、用件を伝えなければと咳払いする。


「実は、島でライア教徒の襲撃に遭いました。」


 ご機嫌に剣を褒めていた村長らは、顔を青くして私を見る。

 すぐに追手がかかる可能性がある、明朝にでも魔王城に向かった方がいい、と伝えたい、が───素直に口から出て来ない。

 行きはいいとして、私達がいなくなってからジュリアさんは無事に帰って来れるだろうか?

 この村がライア教徒に襲撃されたりして、被害を受けたりしないだろうか?

 あ~、帰りに寺田さんがあんな事言うから、余計な心配ばかりしちゃうじゃん。

 あとは魔王城に行って元の世界に帰ればいいだけなのに。


「島で撃退してきた連中だが、人とは思えない膂力や反射速度だった。あれがただの坊主なわけがない。何か知っているか?」


 珍しく寺田さんが積極的に話してる。

 うわーそれ気になるけど聞いてどうすんのよー。

 首突っ込む気満々じゃないのよ寺田さんー。


「それは私から説明しましょう。」


 よく通る声が集会所のドアの辺りから発せられた。

 振り向けば、黒い外套を着て深々と帽子を被った男が、いつの間にか村人達に紛れて立っていた。

 誰?誰?と村人達がざわつく。


「寺田さん。」

「ああ。」


 私達は剣とジュリアさんを背後にして警戒した。

 その男の耳に、真っ赤なピアスが見えたからだ。

 ジュリアさんも剣を持って構え、私に耳打ちする。


「キララ様、剣様が邪気を感じると仰っています!」


 そっか。

 ごめん、何て言ったらいいかわからない。

 剣様が仰られたのね。


「警戒しないで下さい……と言っても、難しいですね。申し遅れましたが、私はレプロス領主ルチャ・レプロスの侍従、ミゼットと申します。領主の下命で参りました。」


 ミゼットと名乗る男は帽子をとって書簡を取り出し広げて見せる。

 おお、ア○ンジャーズのバッ○ー風のイケメンだ。

 最初困惑していた村長を始め村人達は、領主様の!と安堵の声を出して歓迎モードだ。

 ちょっと待て、領主の〜っつったって、そいつ見た目が怪しいってば。

 あなた達はもうちょっと人を疑うという事を知ってよ。

 

「どんな用件ですか?」


 まだ警戒を解かない私達に、ミゼットは苦笑いして降参ポーズをとる。


「構えないで下さい。あなた方を害する気はありません。」

「それを真に受けるほど無垢じゃないわ。」

「うーん、信用頂けませんか。……しかし、それはあなた方も同じではないですか?」


 ミゼットは肩をすくめて見せる。

 その顔には明らかに疑心が浮かんでいる。

 うん、まあ確かに私達も素性を明かしてないけど。

 いや、でもこいつ絶対ライア教関係者じゃん。

 

「その耳飾り、お前も軍属か?」


 寺田さん直球だな。

 ミゼットはピアスを撫でてちょっぴり気まずそうに笑った。


、ですが、ね。」


 怪訝な目で見る私達から、ミゼットは一旦視線を外して村長に向いた。


「村長、人払いをお願い出来ますか?」

「あ、は、はい、畏まりました。」


 ずっと挙動不審だった村長が村人達を集会所の外へ追い出す。

 私は不安げなジュリアさんに剣を持って外で待つように促した。

 村長はドアを閉めると、中央のテーブルに腰掛けてふう、と息を付いた。


「………」

「………」

「……申し訳ありません村長、あなたも外に出て頂いてよろしいですか?」

「……え?……あ!はいっ。」


 村長はごゆっくり〜と呑気な声を掛けて照れ笑いしながら出ていった。

 天然か。


「……血統でしょうかね。彼らはいつも天真爛漫で親切だ。私のような脛に傷のある者には悔悟の念を感じさせるほどね。」


 ミゼットは自然な動作で椅子に腰掛けた。

 私と寺田さんは顔を見合わせた後、同じように着席する。


「単刀直入にお伺いします。あなた方は何者ですか?」


 空気が変わった。

 私の目の奥を探るような鋭い目付きのミゼット。

 ヤバい、イケメン……BBBのス○ィーブとかネコ恩のバ○ンが性癖の私に貴方はクリティカル………言ってる場合か!

 こっちこそ問い質したい事はあるけど、腹の探り合いをしてたんじゃいつまでも話が進まないし、仕方ない。


「私達は……ある人物に勇者の護衛をするようにと呼ばれて、ここにいます。」

「ある人物とは?」

「依頼主については、勇者の魔王討伐を歓迎し賛助する人物、としか、今は明かせません。」

「ふむ……。国はどちらで?」

「日本という島国です。」

「日本?聞いたことがありませんが……」

「極東の小さな国です。」

「極東の……ね…。」


 ミゼットは吟味するように私をじっと見詰めながら長考する。

 うーん、我ながら言ってる事が嘘臭く聞こえるよな〜。

 本当の事しか言ってないんだけどな〜。

 嘘なんかついてないのに嫌な動悸がするよ。

 しばらくしてから、ミゼットは笑いを漏らすように息を吐いた。


「やめましょう、ブロディ聖部隊を撃退するほどの猛者だ。もし籌略ちゅうりゃくがあっても、そもそも手も足も出ません。こちらは最初からあなた達を信用するしか無い。」

「何も謀ってはいない。お前こそ何者だ?目的は何だ?」


 寺田さんの問いに、ミゼットは笑顔を崩さない。


「私は元聖部隊……いや、実験的にライアの赤紋を施された軍人です。脱走兵としてここに流れ着き、今は領主の侍衛をしています。」

「ライアの赤紋……それは魔法か何かなんですか?」

「ははは、魔法ですか。そんな空想上のメルヘンなものではなく、もっと質の悪いものですよ。あなた方も目にしたはずです。」


 そう言われて、老人のように萎んで絶命したリーコくんや司教の姿が思い起こされる。

 

「ライアの赤紋の正体は邪気なのです。」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る