第18話 大西きららという女
水平線に赤い朝日が昇るのが見える。
一晩中走っていたジュリアさんとムタくんは今、船酔いも忘れて船の中で丸くなって眠っている。
船を漕ぎながら、私は二人の寝顔を見て思い出し笑いをしてしまう。
ムタくんはオラウくん達との別れが余程悲しかったのか、ずっとメソメソ泣いていた……と思ったら、船に乗った瞬間爆睡。
子供か。
いや、子供だったな。
ジュリアさんは「剣様が私に、あなたが勇者です、おめでとうと仰ったのです!」と興奮気味に教えてくれて、私も最初は
いや、見た目もなんというか……郷土資料館とかにありそうな弥生時代の剣みたいでさぁ……
錆びっ錆びだし、柄は金メッキみたいだし?
「本当なんです!」とジュリアさんが必死に、剣様!剣様!と話し掛ける姿が痛々しいというか……
ジュリアさん、不思議ちゃんだったんだな。
見た目は美人なのに勿体ないな。
寝言でも剣様って言ってるのには、私も苦笑いだ。
「思ったより早く帰れそうで良かったね、寺田さん。」
相変わらず無表情の寺田さん。
起きてるのかな?と思って話し掛けたら、目をパチリと開いてふうんと息を付いた。
「お前は、このまま真っ直ぐに帰れると思っているのか?」
「やめてよ。そういうのをフラグって言うの。絶対に真っ直ぐ帰るからね?」
「お前は気にならないか?あの奇妙な連中の事。」
「気にしたってどうしようもないじゃん。私達はこの世界の人間じゃないんだし。」
寺田さんの言わんとする事はわかるけど、でも、私達は勇者を連れて来るっていうお使いで呼ばれただけだ。
あんまり余計な事に首を突っ込むのは良くないと思う。
日本に異世界人が来て、「この世界の政治制度はおかしい!」とか言って攻撃仕掛けて来たら迷惑この上ないでしょうに。
「早く帰らねばならない理由があるのか。」
「いや、寺田さんこそ、自分の体が身も知らない女に乗っ取られてるんだよ?しかも自分はワニだし。早く戻りたいんじゃないの?」
「俺は、これは何かの宿縁だと思っている。五体も満足だし、不自由は無いぞ。」
「そっすか。」
前向きだな。
私だったら爬虫類なんて冗談じゃないぞ。
「待たせている誰かがいるのか?」
「いないわよ、そんなの。」
気にならないと言いながら、やはり寺田さんは自分の中にいる女がどんな女なのかとソワっとしてるんだろうか。
幻想でも抱いてるなら打ち砕いてとっとと帰りたくなるようにしてやろうか。
「……あのね、私はいわゆる醜女なの。背が高くて太りやすくて、力士かプロレスラーですかってくらいガタイが良くて、顔面は肉まんにマジックで線引いたみたいな目してる。縮毛矯正したら落ち武者みたいになるから天パをガチガチに固めて結んで、ついたあだ名は「大仏」よ。彼氏どころか、男の人にまともに話しかけられないわよ。笑われるだけだから。」
幻滅しただろうと思って寺田さんを見るが……
うーん、何考えてんだ、この顔?
「仕事があると言っていたな。帰りたい理由はそれか?」
おっと、話題を変えたな。
大人なのか、中身ブスには触れたくないのか、何なんだ。
「それもねぇ……。私、講師なのよ。」
「講師……尼なのか?」
「違う違う、常勤講師。つまり教師見習いみたいなもん。」
「正式な立場じゃないという事でいいのか?」
「そう。……だから、私がいなくても非常勤が穴埋めに入るだけでさ……別に代打の利かない重職ってわけでも無いんだけどさ……」
ああ、言ってて気分が沈んで来た。
教材研究に生徒指導、部活動顧問、全部無駄な事してる気になる……。
ブスで非正規が体を乗っ取っているって、どう思います?
私なら叩き出してやりたくなるわ。
「それでも帰りたいんだろ。気がかりはご母堂か?」
「ご母堂て……母親は看護婦長でお金には困ってないし、彼氏がいるみたいだし、正直私とは関わり無いわ。父親はとっくの昔に再婚しちゃってるしね。私を待ってる人も、仕事も、気掛かりも何も無いわよ。」
そう、帰るべき理由なんてのは無い。
でも、どうして帰りたいのか。
「ならなぜ、そんなに急ぐ?」
「いや、だから寺田さんにも悪いしさぁ……」
「俺はいい。お前の事を聞いている。」
何だよこのワニ。
そんな事聞いてどうすんだよ、どうでもいいじゃん。
どうでもいい女の、どうでもいい話なんか───
「───気に入らないだけよ。」
「気に入らない?」
「……私はね、自分の名前が大嫌いなの。きららなんて、ジュリアさんみたいな美人なら違和感無いかもしれないけど、大仏にきららなんて寒いジョークだわ。似合わない名前、並以下の容姿、才能とか要領の良さも無い私は、人に笑われる事はあっても、人に期待されたり褒められたり、好意を寄せられる事なんか無い。世界は私に無関心どころか、冷たい逆流みたいなもんよ。」
そんな世界に未練なんか無い。
捨てちゃったっていい。
「でも、だからってさ……」
私をお払い箱にしてせいせいしました、なんて思われてたら癪じゃない?!
何かだんだん腹が立ってきたぞ。
「いなくたっていい、なんて思われてて、その通りにしてやるなんて、悔しいじゃない。逃げて、避けて、思い通りに消えてやるなんて、それが気に留められないなんて、一番悔しい。許せないわ。私はね、逃げるのが一番嫌なのよ。教師になろうと思ったのも、もし私と同じ境遇の子がいたら言ってやりたいからよ。それでもそれなりに楽しく生きれるもんだぞって、それは悪い事でも何でもないだろって。堂々と、ふてぶてしく、最初から歓迎されてないなら好き放題振る舞ってやりゃいいのよ。……そうよ、不幸な星の下に産まれたからって何だっつーのよ。王子も魔法使いもいなくたって、ドラゴンも継母も自力で倒す覚悟がありゃいいのよ。」
独り言みたいな愚痴を、寺田さんはずっと黙って聞いていた。
……聞いてたよね?
うーん、寺田さん基本的に話聞いてないからなぁ。
「きらら、という名前は、どう書くんだ?」
「流星って書いてきららって読むのよ。いわゆる、当て字で付けるキラキラネームよ。」
「流星か。そんなに可笑しな名前か?」
「その言葉、あたしの顔面見てもっかい言ってごらんなさいよ。きっと笑っちゃうわ。」
流星……流れ星か。
流れ星って確か、死んでいく星なんだよね。
終わって落ちていくだけ、最初からオワコンな私に、そんな所だけピッタリな命名だわ。
「流星は夜空で、何より目を引く星だ。暁は朝夕拝めるが、流星を見るには運が必要だぞ。」
「……何よ、寺田さんもしかして、私を励ましてる?」
「お前に肉体を預ける事になったのは幸運かもしれんぞ?それに、俺はお前の話を聞いて、お前を好ましく思った。」
そんなの、私の体を見てないから言えるんでしょ。
そんなおべんちゃらでぬか喜びする程、私は単純な人間じゃないのよ。
なんて、捻くれた言葉はどんどん浮かんで来るけど、一つも口から出て来なかった。
やめてよ。
私の事なんか何も知らないくせに。
泣きそうになるじゃない。
「……ありがと。」
それっきり、私はひたすら無言でオールを漕いだ。
出発した港が水平線上に見えてくる。
黄色い朝日が差し込む港はキラキラ光って眩しくて、あんまり眩しいから、私の目に少しだけ涙が滲んだ。
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