第17話 正教会と魔王さん

 リグレンス連合王国は4つの王国から成る合議制の連邦国家だ。

 4国の国教であるライア教の教皇は実質的に王よりも強い権限を持っていて、その影響の強さから連合国家の元首と呼んでも過言ではない。

 どの国を、領地を見ても、王宮より大きく絢爛な聖堂が建てられており、ここ教皇直轄地はまるで金城鉄壁の要塞だ。

 その教皇の次点に権力を持つ枢機卿の一人が、数人の大司教に囲まれて、真っ白な大聖堂の長い回廊を足早に歩いていた。

 眉間の皺は更に深い溝になっていて、その表情と足取りは不機嫌そのものだ。

 取り囲む大司教らの喧々諤々とした声が聖堂内にこだましている。


「やはり、旧式の試験部隊には荷が重かったらしいな。」

「辺境の害獣駆除も出来んとは!」

「レプロスと魔王領は隣接しております。事態は一刻を争います、早急に手を打たねばなりません。」

「大連隊を派遣するか?」

「大袈裟な!大隊は今ピリクスの遠征でそれどころではないわ!」

「ラットリア王国は修道会派閥の強国だぞ?それに、レプロスだけで一国と渡り合う兵力を保有している。送るなら大軍でなければ国境も越えられんぞ。」

「しかし、そうなっては我々の損害も大きいだろう。最悪、修道会派閥の台頭を許してしまう事になるやも……。」

「しかし、そもそも魔王を討伐されては正教会の力が…」


 ずっと黙っていた枢機卿が立ち止まり、大司教達は逆に黙して枢機卿を見た。


「……危惧していた通り、聖具の力はライアの赤紋を消失させるものだった。そして古い伝承にあるように、恐らく勇者は魔王討伐に向かうだろう。その足は、最早今から聖部隊を送った所で追い付けまい。」


 大司教達がざわめく。


「……しかし、そのまま捨て置くわけには…」

「わかっている。」


 枢機卿の視線の先には小走りで駆けてくる助祭の姿。

 助祭は何やら枢機卿に耳打ちすると、すぐに下がって行った。

 落ち着きを取り戻すように枢機卿は深く息をつくと、先程までの不機嫌が嘘のような笑顔をした。


「修道会であるラットリア王国はもともと正教会の権威の外にある。だからあの国には、以前から少しづつ、こちらの間者を送り込んでいた事は、皆様もご存知だろう。」

「し、しかし枢機卿、それは政争の金策に放たれた非武装の近習ですぞ?」

「そうです、二流品とはいえ聖部隊を退けた勇者に戦素人では荷が勝ちすぎるのでは?」

「だから都合が良いのだよ。」


 怪訝な顔の大司教らに、枢機卿は一計あると人差し指を立てた。


「レプロスに潜んでいた近習の一人が傭兵を雇い、勇者の追跡に放ったようだ。赤紋を持つ聖人でない、聖具の通じない人間ならば、対勇者に有効に働くだろう。」


 ハッと合点がいった顔付きになる大司教らに、枢機卿は大仰に頷いて見せる。


「ただの人間の傭兵団など、時代遅れの穀潰しだと思っていたが……物は使いようだな。」

「成程、レプロスは傭兵を多く抱えておりますからな。金に靡く者などいくらでもおりましょうし、傭兵が闊歩していても何ら不自然ではない。」

「いや、相手はあの勇者様だぞ?農夫の方が安上がりで十分な働きをしてくれるのではないか?」


 大司教らの間に笑いが起こる。

 同じように笑いながら、枢機卿は形だけの静止の手をかざして大司教らを見渡した。


「真に、人を慈しむ勇者の尊く儚い命運を祈りながら、皆様、吉報を待つ事にいたしましょう。」


 一同は、先程とは打って変わった緩慢な足取りで、朗らかに談笑しながら真っ白な回廊の奥に消えていった。

 


──────────


「………といった具合ですな。」

『ふむ。テラダとキララはよくやってくれたな。ここに帰ってくるまで、勇者の足ならば……2〜3週間というところかの?』

「滞りなければそのように……しかし、そうスムーズに事は運ばないでしょうな。」

『だろうな。』

「魔王様、随分と嬉しそうですね。」

『いや、儂だって悪いと思っとるよ?キララはさっさと帰りたいようだしな。しかし、テラダのあの性分はそう易易とキララの思惑には乗らんだろうし、儂の気掛かりも何とかしてくれそうじゃろ?』

「まあ、その為に彼を指名したのですから。」

『うむ。星もそれを望んでおる。』

「しかし、魔王様も人が悪いですね。最初から教えて差し上げればいいのに。」

『何を言う、魔王は人が悪いもんじゃ。それに、言ってしまったら奴らは迷うか、最悪拒絶されかねん。』

「……キララ様は確かに、嫌と言いそうですね。」

『うむ。あれはただの女子おなごのようだしな。しかし、ただの女子ならばこそ、無碍にしないでくれる物もあるだろう。』

「こちらの勝手で呼び出しておいて何とも酷な事を……魔王様は本当に人が悪いですな。」

『だって魔王じゃもん。』


 一人ワクワクしている魔王に、セ○ス…もとい、腹心のシーバは深いため息をして、再び「千里眼」で勇者らの動向の観察を始めた。

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